第9話 血の樹ラーゼス6

 ケスカの膨大な魔力をすべて血液に変換した質量攻撃。ケスカの目的は自身の血液をレイドに付着させる。ただそれだけのための攻撃だ。ケスカの目論見は単純であり、明白である。そう、レイドの攻撃を受けたケスカだからこそ考えた結果である。

 レイドの攻撃はまず自身の魔力を光に変え、光速で確実に相手を捕らえる事が定石だ。そして光の光子が付着した部分をさらに遠隔での魔力操作によって不可避の攻撃を実現している。ケスカ自身様々な光魔法使いと出会い、戦闘を繰り返していたがここまで高度に魔法を操った人間は、いや魔人でさえも居なかったと確信する。



 ケスカは自分の魔力を血液に作り替える事が可能だ。だがそれは遠く離れた魔力まで行えるかというと否である。それゆえ自身の強みである無限に近い魔力をそのまま血液へ変換するという発想になったのだ。あとはレイドに付着させた血液を基点にして同様に不可避の攻撃を与える算段であった。少しでもいい、1滴でもケスカの血がレイドの体内に入ればケスカは勝てるからだ。


 空中に生まれた血液の海。それがケスカの狙い通りに形を変えレイドを包み込むように飲み込んだ。しかし次の瞬間、紅い海が弾け光を纏ったレイドが空中へ飛びあがり、そこから発せられた一瞬の光。それを知覚した瞬間、ケスカは13個の肉塊へ変わる。


(あれを突破してなおここまでの魔法をッ!?)


 ケスカの魔法の余波はすさまじい。自ら作り上げた都市の半分は血で埋め尽くされ、ラーゼスは血に染まった。普通の人間の軍であろうと一瞬で崩壊出来る力であり、先代の魔王ですらあの一撃は避けられないという確信さえある一撃だった。それでさえもいまだケスカはレイドに一撃も、いや血の一滴さえ触れられていない。


 瞬きもしない間に再生したケスカはレイドを近づけさせないように空気中に血液を作り更に凝固させ弾丸のように打つ。数百、数千を超えるであろう血の弾幕。ダメージは与えられずともせめて足止めだけは。そう考えた攻撃だった。



 閃光が走る。




「ぐッ!」



 打ち込んだ血弾は一瞬で砕け散り、ケスカの首と胴体が別たれた。さらに周囲に浮かんだ光の粒子がそのままケスカを包み込む。レイドの圧縮された魔力により変換された光の粒が収縮され先ほどとは違い血も残さず、完全に消滅させるだけの力で圧殺された。



 そしてケスカはまた蘇る。レイドから少しでも離れた場所で復活だった。しかし、ラーゼスを包み込む程の膨大なレイドの魔力探知によりケスカの居場所は一瞬の間も持たずに発見され、頭部を潰された。そしてその場で頭部が再生し復活する。その時にケスカは自分の身体が動かない事を気づいた。


「これはッ! 拘束系の魔法か!」


 光の帯がケスカの身体を巻き上げており、そこに棘のような物が何本もケスカの身体を貫通するように地面に縫い付けられていた。そしてケスカの視界いっぱいにレイドの拳が迫り、また頭部が果実のように破裂した。


「なるほど、やはり身体がそこにあればいくら死んでもそこに復活するんだな。ならそのまま身体を固定してお前が滅ぶまで頭を潰してみるか」

「なッ!?」



 レイドの右手がまたケスカの頭部を弾き飛ばした。飛び散った血液がレイドの右腕や身体、顔に付着する。そして再度復活したケスカが自身の血に染まったレイドを見て内心ほくそ笑んだ。


(馬鹿が。調子にのって近づくからそうなる。手始めに余の血で染まったその右手を潰してくれる)


 そう考えケスカがレイドの右手に付着した自分の血に魔力を籠めた。




 だがなんの反応もない。ケスカは確かに魔力を籠め付着した血が数百の針のように突き刺さるように操作している。


「な、なぜだ?」



 すぐに手ではなく顔の血へ、その次は身体に付いた血へ魔力を籠めるが反応がない。



「ぐぁあッ!」


 レイドの手がケスカの身体を貫通し心臓を握られている事にケスカは気づいた。だが――。


「ほら、やってみろ」

「な、なんだと?」

「お前の体内にわざわざ手を入れたんだ。やってみたらどうだ? 血液操作で俺に攻撃してみろ」

「ッ! 後悔するがいいっ!!」


 ケスカは額に血管を浮かべ、目を充血させながら全力で魔力を練り上げ自身の身体に刺さっている異物を潰すように自身の血を操作する。それだけではない、ここまで至近距離にいるレイドを殺すため空気中に魔力を巡らせ渾身の力で血槍を作りだした。


「死ねッ! レイドッ!!!!」





 心臓を掴んでいる手を潰すためにケスカの体内の血が、レイドを刺し殺すために高密度の魔力で作り上げた血槍が、目の前の勇者を殺すために牙をむき攻撃を加えた。血の魔力操作は言うまでもなくケスカに近ければ近いほどその精度は高くなる。ましてや血を大量にめぐる体内からの攻撃。それに加え今回作った血槍はその1本で龍の鱗さえ容易く貫くほどの力が籠められている。だというのに――。



「――な、なん、で」


 ケスカの心臓を引きちぎるように抜き出したレイドの右手に傷はない。そして渾身の力を籠めて放った槍はすべてレイドの皮膚を少しも削る事が出来ず静止している。



「何度か手を合わせて見て良く分かった。って知ってるか?」


 レイドがそう語り掛けるがケスカは目の前の現実を受け入れられなかった。それを無視してレイドは語り続ける。


「俺の父から聞いたんだが、空気中の魔力は無色なんだそうだ。そしてそれを、魔法を使うものが自分の色に染めて使っているらしい。そして魔法使い同士が戦う場合はその色の押し付け合いが前提になるんだそうだ。まぁ何が言いたいかっていうと……魔力の質に差があると、。ようはお前の魔法では俺の色は染められない」



 ケスカの目が大きく開き、口元が少しずつ震えている。



「お前と戦闘が始まる前から俺は全力で魔力を籠めて身体を覆っている。最初お前の身体を貫いた時に血を浴びた。それが俺の身体から消え去ったのを見て何となくそうなのかと思った。核心したのはお前の質量攻撃を受けても付着した血がすぐに消えた時だ。どうやらこの状態だとお前の魔法じゃ俺に傷は付けられないみたいだな。ほらこの通り――」


 レイドの身体に付着したケスカの血がまる塵のように消えていく。



「無限に近い魔力があろうと量が多いだけだ。お前自身が一度に使える魔力量が。正直助かった、お前の血が魔力そのものだからこれが終わった後に服の手入れが面倒だなって思ってたんだ。本当に良かった。



「た――」



 レイドは無表情のまま拳を振い頭部を潰す。



「たす――」



 手刀で首を撥ね。




「嫌だ」






 光魔法を使い作った剣で心臓を突き刺す。





「――許して」






 繰り返すほど数百に及ぶレイドの猛攻は一切休むことなく、続けられている。決して解かれることがないレイドの拘束魔法によりケスカは逃げる事が出来ず、ただ作業のように殺される。もうケスカは限界だった。絶えず与えられる痛みが、決して逃れられない恐怖が、不死であるが故に終わりがない、しかしレイドと言え人間だ。数日我慢すれば魔力も枯渇するはず。それだけがケスカの心のよりどころになりつつあった。



「ふむ、一晩殺し続けてもだめなのか。仕方ないな」



 その言葉を聞きケスカは歓喜した。思ったより早く解放される。レイドがいなくなったらすぐにこの場から逃走する事を決意する。数年かけて作ったこの都市にもはや未練はない。ただただレイドから逃げるという事がケスカの至上命題になっていた。



「ちょっと待ってろよ」

「――は?」


 そういうとレイドは一瞬でその場から消えた。それを見てケスカは生きていた中でもっとも強く魔力を籠める。ここで逃げなければもう後はないかだ。



「はぁああああああ!」




 真祖としてのプライドなんてもう消えている。ただ今すぐ逃げなければならない。そうしなければ次にこのチャンスがいつ訪れるか分からないからだ。



「ああああッ!!!」



 レイドにかけられた拘束魔法を何とか弾け飛ばしすぐこの場から去ろうとした瞬間、ケスカの足が切断され地面に叩きつけられた。


「ヒィッ!」


 ケスカの目の前に何やら串焼きのようなものを食べているレイドがいた。



「お、あの程度の拘束なら解けるのか。こりゃ失敗した次はさっきの10倍くらいは強度上げておくか?」


 その言葉を聞きケスカの身体はまた小刻みに震え始める。あの拘束を解くだけでも全力を出したのだ。それの10倍以上の強さで縛られればもう逃げられない。足を再生させつつケスカは必死に考えた。どうすればいい。どうすれば逃げられる。その思考の果てにたどり着いた答え。それは――。






「ゆ、許してくれ。余、余はもう人を食わないから」



 

 情けない命乞いだった。





「……言っただろう。お前を殺せって命令なんだ。ただお前中々死なないからな。まぁでも安心しろ、さっき転移で確認した限りだとちょっと離れているが人間の都市があったしそこで食料が調達できる。飯さえ喰えば俺の場合、魔力切れを起こしたないからとりあえず眠くなるまであと7,8日程度は続けられる。んでそのあと十数分休憩してまた続きをやるって感じになるな。一応俺としては1、2年目安で考えてるからそれまでに死んでくれると助かるな」



「あ――あ……」

「一応休憩するときは四肢を捥いで死なないよう厳重に、それこそさっきの数百倍以上の強度になるように全力で拘束するからその程度の強さなら逃げられないだろ、まぁ諦めろ」


 





 その言葉を聞いてケスカの心は完全に折れた。僅かな反抗心も消え去えり、真祖の矜持などは最早なく、ただどうすれば目の前のレイド怪物から逃げらるかを考えた。そうして思いついた。




「あああああああああああッ!」


「なんだうるさいなって!?」




 レイドは驚きで目を見開いた。突然ケスカが叫び、突如爆散したのだ。そうケスカは自身の体内にある血液を総動員させ周囲へ飛び散るよう意図的に魔力を暴走させた。ケスカは身体が完全に霧散した場合、自分の血が僅かにでも残る場所に復活する。だがレイドはその事に気づいていない。それに賭けたケスカの最後の秘策だった。



「どこに行った?」



 レイドの膨大な魔力でラーゼス全域を探知するがケスカの反応がどこにもない。そのまましばらく探したが結果的にレイドはケスカを見失ってしまった。









 ツヒベルム大陸北部。ウサラガル大渓谷がある大陸から北にある大陸で年中雪が降る雪原地帯として有名な場所だ。常に極寒に見舞われているためあまり人も近寄らない死の大陸などともいわれている。そんな大陸で1人の男が全力で走っている。


 彼の名前はセルブス。ケスカの血を与えられた魔人でありレイドがラーゼス侵入し、仲間である血の紋章たちブルート・クルールズが全員死に、ケスカに報告を上げた直後にセルブスはラーゼスから密かに脱出していた。セルブスは闇魔法の使い手であり影を利用した転移を得意としている。それを使っての長距離転移をしようした逃亡だ。




「はぁ、はぁ――ッぁあああああ!!!」



 雪原を移動中セルブスの身体に異変が起きる。まるで体内に異物が生まれたかのような感触。それはセルブスにとって待ち望んでいたものであり、ある意味では来てほしくないものであった。


 セルブスの腹が裂け、血が噴き出る。極寒のためすぐに血が凍ったが、その血液が膨張し少しずつ人の形へなっていく。金髪の髪、まだ少し幼さが残るが美しい美貌を持った少女へと変貌した。



「ケスカ様! ご無事ですか?」

「はぁ、はぁセルブス。お前のお陰で助かった。本当に助かった。死ぬかと思った……怖かった……」



 ケスカの両目に溢れんばかりの涙が溜り流れていく。そう相手が勇者という事もありケスカは保険のつもりでセルブスに1つ命令を与えていた。それはケスカがレイド相手に一度でも殺された場合、すぐにその場から逃げるというものだった。当初ケスカにとって本当に保険程度のものだった。だが今日この日はその指示を出した過去の自分をほめたいと本気で思っていた。



「ケスカ様、あのレイドめは――」

「やめろ! その名前を余の前で二度と出すな! もう会いたくない。絶対に会いたくない! 嫌だ。逃げなきゃ、もっと遠くに……」



 変わり果てた自分の主を見てセルブスは残った自分が支えなくてはならないと強く考えた。



「どこまでもお供致します」

「……いや、お前とはここでお別れだ」

「なッ!? どうしてですか!」

「セルブス。お前は余の、私の生命線なんだ。もしまたレイドに見つかった場合、また同じ方法に逃げる必要がある。だからお前は私とは別の場所に逃げろ。出来るだけ人目を避けるように。幸いセルブスはレイドに見られていないからな」



 もうケスカの頭の中にはどうやってレイドから逃げるか。それだけを考えている。絶対だと思っていた自分を粉砕され、残ったのはただ死にたくないという気持ちだけだった。







 ――こうして後に、数年に渡る鬼ごっこが始まった。





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ケスカ編は以上になります。

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この勇者、10年後に世界から追い出されます。~世界から追い出され地球で霊能者として活躍する勇者の嘗てのお話~ カール @calcal17

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