第1話

 あれから大変だった。


 泣いている彼女に話を聞いても「全部アンタのせいよ」と繰り返すばかり。

 なんとかご機嫌を取ろうにも、せっかく周囲の探索に向かった先で見つけた、可愛らしい鳥を連れて帰っても、「化け物~!!!」と叫びながら逃げてしまうありさまだ。


 女性は愛らしい小動物を好むものだと思っていたが、どうやら思い違いをしていたようだ。


「難しいものだな、ナポレオン?」


「ピィィイイイイイイイイ!!!!!!!!!」


 おお、返事をしてくれた!

 賢い子だ。


 それから……なんだったか?

 ああ、そうだ。


 近くに洞穴を見つけたので、中に獣などがいないことを確認した後、彼女に報告してみたんだ。


 すると、ものすごいスピードでその中に潜り込み、そのまま引きこもってしまった。

 そして、それからというもの、いくら待っても出てこなくなってしまった。


 せっかくの観光だというのにもったいない。


「なあ、そろそろ出てこないか?」


「いやよー!

 その化け物みたいな鳥を使って私を襲う気でしょー?

 絶対ここから出ないからー!!」


 化け物みたいな鳥?


 辺りにさっと眼を走らせてみるが、そんなものの姿は見えない。

 となると……また、透明で私には見えない類の物か?


 ふむ。


「ナポレオン、お前にも見えるのか?」


「ピィ?」


 私に寄り添うようについて来たから試しに聞いてみたが、どうやら彼女にも見えていないようだ。


 見えないものを疑うわけではない。

 だが、見えないのでは話し合うこともできない。

 

 一体どうしたものだろうか……


「なあ、いったい何を怖がっているんだ?

 ハッキリと教えてくれないと、私には見当もつかないのだが」


「その鳥よぉおおおおお!!!!

 あんた本当にバカじゃないの!?

 何で隣にそんな化け物がいるのに平然としていられるのよ!!!」


 隣……まさか「ナポレオン」のことを言っているのか?


「待ってくれ。

 確かに大きいかもしれないが、女性に対して化け物はあんまりじゃないだろうか?」


 ああ、可哀想に。

 さっきまであんなにご機嫌だった「とさか」がしょんぼりと垂れ下がってしまっている。


 これでは元気な卵もつくれない。

 何か彼女の心を癒すものを持っていただろうか。


 あちこちと自分の身体を探ってみたものの、残念なことに今日はバカンスのつもりだったこともあり、大したものを持ってきてはいなかった。


 痛恨のミスだ…………いや、待てよ?


 そうだ、そういえばこれがあったな。


 昨夜、資産家の金田松三かねだ しょうぞうが得意げに見せびらかすように身に付けていた10個の指輪。

 これは「十指の指輪」とか「十間の指輪」などと呼ばれているもので、それなりに値打ちがある。


 国宝などと比べるといささか見劣りするが、物自体は悪くない。

 少し手を加えれば、きっと彼女に気に入ってもらえることだろう。


 ええと、確かこの辺りに……あった。


 私が常に持ち歩いている紳士のバイブル。

「紳士ならできる!」シリーズ全巻セットから、細工に関する記述があるものを選び取る。


 これだな。

 ええと、なになに……


 女性はそのままで美しい。

 なので、お前は何もする必要がない、そうだろう?

 そもそもがだ、女性に対していったい何様のつもりだ?

 この勘違い男!

 責任取って私と結婚しろ!!!


 TEL:0〇〇ー34〇3-9〇2〇

 ※女はかけて来るな。

  ブサイクは整形したらかけていい。


 ぱたん、と本を閉じてから目をつぶる。

 はぁ、相変わらずなんて為になる本なんだろう。


 紳士だなんだと言っておきながら、油断するとすぐに自分を相手より優位な位置においてしまう、こういう所が私の悪い部分なんだ。


 そう、女性は生まれながらにして美しく、強いものだ。

 そんな事にも気づけなかったとは……ありがとう、シロナガス先生。


 これで70万円なんて、本当にいい買い物をした。


 まあ、なぜかどれもレッスンは最初の1ページ目だけで、残りのページは、先生のお見合い写真がどれがいいと思うかのアンケートとか、婚姻届けにサインを書く練習などの「おまけコーナー」で占められているところは気になるが……些細なことだな。


 お、付録についてきたこの練習用の婚姻届け。


 女性の欄は既に先生が埋めてくれているのか。

 親切なものだ、これなら本番の練習ができる。


 紳士を名乗るのであれば、こういった所も完璧にこなせるようにしておかなくてはならない。

 つまりはそういうことなのだろう。


 書き終わったら先生のもとに送る、と……なんと、採点までしてくれるらしい。

 至れり尽くせりとはまさにこのことだな。


 帰ったら早速この婚姻届けにサインを書いてみることにしよう。


「ピィ?」


「ああ、もう大丈夫だ。

 ありがとうナポレオン。

 ちょっと待っていてくれ……これをこうして……ほら、これをキミに贈ろう」


 簡単なもので申し訳ないが、彼女の為に十個の指輪を使ってティアラを作ってみた。


 作り方は簡単。


 まず、金属と宝石とをより分けて、金属部分を昔友達に教えてもらったシルバーアクセサリ作りの要領で加工する。


 宝石は、一つ一つ色が違うのが特徴的で綺麗ではあるのだが、1人ですべて身に付けようとすると、上品とは言えなくなってしまいそうだ。


 なので、すべてを「混ぜ合わせる」ことで、大きさはそのままに、角度によって宝石の種類が変わって見えるようにしてみた。


 私のコレクションには多少見劣りするが、国宝に指定されていてもおかしくない程度には美しいだろう。


 これを女性を待たせない様に3秒ほどで終わらせる。

 わがことながら、良い感じに紳士な振舞いじゃないか。


「ピィ?

 ピィ……ピィィイイイイ!!!」


 ふふっ、気に入ってくれたみたいだ。


「あ、ありえない……

 今の原子の動き、あんなの見たことない。

 いえ、前にお父様が確か……はっ!

 ちょっとそれ見せて!」


「ピィ?

 ……ピィ、ピュゥィィイイイイイイイイ!!!!!!!!」


「何よっ!

 あんたなんて、身体がデカすぎてぜっんぜん似合ってないくせに!!

 大体鳥なんかにそれはもったいないわ!

 私が持ってるのより綺麗だなんて生意気なのよ!!!!」


 いつの間にか随分と仲良くなったみたいだ。

 では、私は何か飲み物でも用意するか。


「ピ、ピィィ……」


 ん、どうしたんだ?


 身体が大きいと言われたのが悲しかったのか?

 そうか……なら、少し待っててくれ。


 ええと、確か……「紳士ならティーブレイク前朝飯前! ~合成獣を作ってみよう編~」


 いや、これは前に間違えて買った粗悪品だ。

 まだ捨てていなかったか、次の燃えるごみはいつだったかな。


 なら、こっちはどうだ?


「紳士ならできる! ~大は小を兼ねるのであれば、小は大を兼ねることもきっとあったりなかったり~」


 うん、これがよさそうだな。

 著者もばっちりシロナガス先生と書いてある。


 どれどれ……


 私は昔から体が大きかった。

 そのせいでからかわれた。


 胸も大きかった。

 そのせいでからかわれた。


 お尻も大きかった。

 そのせいでからかわれた。


 小さくなりたいな。


 ……


 …………ん、これで終わりか?


 残りのページは全てシロナガス先生の写真だけ…か。


 ほぅ、確かに大きい……はっ!?

 いかんっ、紳士として、女性の身体をまじまじと見つめるなどあってはならない……っ!?


 そ、そうか。

 先生はそれを私たちに教える為に、あえてこんなきわどい写真を本に……


 シロナガス先生、ありがとうございます。


 ちらっ。


 な、なんだと……これはもうはたして服と言えるのだろうか……


「ピィ?」


「あなた、さっきからいったい何見てるのよ?

 ……って、ちょっとどきなさいよデカ鳥。

 アンタのせいで見えないでしょ!」


 こ、こほん。

 なんでもないんだ。


「待たせてすまない、ナポレオン。

 今小さくしてやるからな


「は?

 アンタ一体何言って……」


「ピィ?

 ……ぴ、ちゅ……ちゅん!」


 よしよし、とっても可愛いぞ。

 ふふっ、もちろん先程までの君も素敵だったさ。


 では、そろそろティーブレイクにしようか。


 この間、港町に行ったときに漁師の娘さんからこれをもらったんだ。

 一風変わってはいるが、とても良い香りがするから、きっと気に入ってもらえるだろう。


「ちゅん!」


「……もう、好きにして」

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