プロローグ2
ちゅんちゅん。
ああ、今日はいい天気だな!
庭に咲いた花たちも嬉しそうに揺れているし、鳥たちが奏でるメロディーは流行りのオペラよりも心を躍らせる。
きっと、今日もいい一日になるな。
下に降りて郵便受けに入っている新聞を見てみると、昨日のことが載っていた。
「
一晩経っても指輪のことに気づいていないのか。
……面白い男だな。
しかし、昨日と言えば何かあったような…………あ。
そうだそうだ、彼女と一緒にコーヒーを嗜むんだったな。
では、早速。
「何で私がこんな目に。
何で私がこんな目に。
何で私がこんな目に……」
あの場所へと戻ってみると、彼女が何やら熱心に話しかけていた。
彼女の前には誰もいないように見えるが、この地面と一緒できっと私には見えないだけで誰かがいるのだろう。
持ってきたコーヒー豆の袋を開けると、途端に鼻孔をくすぐる何とも言えない香りが辺りを包み込んだ。
「なんで私がこんな……くんくん、なにこれ?
なんか、いい匂いがする…って、あんた!?
い、いいいっ、今まで一体どこに行ってたのよ!!!
私をこんな目に合わせて、責任取ってくれるんでしょうね!?」
責任とは何のことだ……っと、それは淹れたところだからまだ熱い…もう遅いか。
「あちあちっ!
ふー、ふー。
ひーひ?
あなたはわたひをこんな目に合わせたんだから、ふー、ふー、こっくん。
もう「月落ち」では許されない!
神様だからって全員が優しいと思ったら大間違いよ。
あなたにはこれから「異界送り」を行います!!!」
ミルクはこれを使うといい、砂糖はいくつだ?
「あるだけよこしなさい!!!
アンタ私を何様だと思って……甘っ!?
こんなの飲めるわけないじゃない!!!
あ、でも待って?
……こくこく。
意外と悪くないかも……ごっくん」
おお、分かるか?
実はこの砂糖はだな、甘味はそのまま残しつつ、身体に作用する有害な部分だけを取り除いた我が家に伝わる特別なもので……
「そんなことはどうでもいいのよ!
それより「異界送り」にされる前に何か言いたいことはある!?」
特には思いつかないな。
女性のやることにいちいち口を挟むのは紳士的ではない。
「いい心がけね!
そこだけは褒めてあげてもいいわ。
異界はとぉっても良いところだからきっと死ぬまで幸せに暮らせるわよ?
なんて羨ましいの!
じゃあ逝ってらっしゃい!」
ほぉ、ここはそんなにいいところなのか。
何やら獣臭いし、薄暗いし、木の腐った臭いが鼻につく森の中といった印象だが……まあ、感覚は人それぞれだ。
彼女には何やら迷惑をかけてしまったようだし、ちょうどいいお詫びになりそうだな。
「ふふふふふふ!
やったわ!
やってやったわ!
あの「異界送り」をお見舞いしてやったわ、ざまあ見なさいっ!
私をコケにした報いを思い知るがいいのよ!
あーはっはっは!
……って、私まだ「落月」の中じゃない?!
どうしよ……え、なっ、何であなたがまだここに?」
「お詫びがしたいと思ってな」
「お詫び?
なら、ここから出してくれる?
あと、怒ってないでしょうね?
私は悪くないものね?
……ね?」
「もちろん怒ってなどいない。
それより、何をそんなに怯えているんだ?」
――私はただ、君も一緒に異界へ行こうと、誘いに来ただけだというのに。
「は?
……え、待ってどういうこと?!
ぜんぜん話が見えないんだけど!
やっぱり怒ってるんでしょ!?
怒ってるんだ、怖いっ!!!」
さっぱり意味が分からない。
私が異界へ行くことに対して「羨ましい」と言っていたから、彼女も誘っただけだというのに。
いや、もしかすると、ここにまだ、やり残したことでもあるのかもしれない。
「君はここから出たくないのか?」
「出たいです!」
……なんだ、じゃあやっぱり異界へ行きたいんじゃないか。
ええと、さっき送られたのは確かこっちだったな。
本来は、こう何度も頻繁に使うものではないのだが、今回ばかりは仕方あるまい。
行き先どころか、足元も見えないこんな場所を、アテもなく歩くことほど無駄なものはきっとないのだから。
ちょうど、骨休めのバカンスにでも行きたいと思っていたところだったし、都合がいい。
それでは、「異界」とやらへ向かうとしよう。
いざ――
【神出鬼没】
「いやぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!!!!
わたし異界なんて行きたくいないぃぃぃいいいいいい!!!!!」
え、そうなのか?
でも、もう着いてしまったし……困ったな。
はっきりとそう言ってくれれば思い違いをしなかったのだが。
……いやいや、そうじゃないだろう私。
いかなる理由があろうとも他者へ、それも女性へ責任を転嫁することなどあってはならない。
そう、紳士として。
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