9th

「じゃあ、2回目の乾杯ということで」

「1回目は乾杯という感じでもなかったですけどね」


私はレモンサワー、松木さんはミルクティーをそれぞれ持ち、3人掛けのソファーの両端から手を伸ばして缶とペットボトルを軽くぶつけ合った。


「ジャケット脱いだら?」


ブラウス姿になった松木さんにそう言われたけど、ジャケットを脱ぐのはなんとなく失礼な気がして、それを断った。


 リビングの中央に置かれた黒いソファーから、リビングを見渡す。部屋の雰囲気は、私が抱いていたイメージと大体一致している。黒が基調のインテリアで、このソファーを含めた家具の多くが黒で統一されている。そんなリビングはそのまま仕切りなしでダイニングキッチンへとつながっていて、そちらもやはりテーブルやイスは黒の物が置かれている。


 このリビングには、「遊び」を感じさせる物が何もない。部屋を装飾する置物や壁飾りなどが全く見当たらず、私の部屋にあるようなCDプレーヤーにスピーカー、DVDやブルーレイディスクを再生するプレーヤーもない。この部屋の中で娯楽を感じさせる物といえば、ソファーと向かい合って置かれているテレビくらいだ。そんな淡々としたリビングの中に置かれたケージの中で、カシュがおもちゃを咥えながら1人遊びをしている。


「なんか......何も無いですね」


我慢できず、素直な感想が口を衝いて出てしまった。


「え?」

「ああ、すみません。退屈だ、とかそういう意味ではなくて。シンプルというか、スタイリッシュというか、なんというか......」


自分の思いを伝えるために適切な言葉が見つからず、言い淀んでしまう。ネガティブな意味で言うつもりは無かったのに、松木さんに面と向かって話しているうちに、自分の言葉に含まれるネガティブ要素が目立っている気がしてくる。


「飾りが無いと言いますか.....生活に必要最低限な物しか置いていないように見えます」

「そうかな?」


松木さんがリビングをキョロキョロと見渡す動きにつられ、私も視線をあちこちに向けてしまう。やっぱり、何もない。


 松木さんからのお誘いを受けてから数時間の間、密かに心の中に抱いていた事があった。それは、家にお邪魔すれば、何か真月佑奈の存在を感じさせる物があるのではないかという淡い期待だ。


 私の中で、松木さんが真月佑奈の双子の姉であるという仮説は、ほぼ立証されている。この部屋に来ることで、その確信をさらに強める何かを得られるのではないかと思っていた。真月佑奈のCDが並んでいるとか、ピアノやギターが置いてあるとか。そういう物が見つかれば、私が自ら質問をする必要もなくなるから。


 ところが実際に来てみると、真月佑奈のCDどころか他のアーティストのCDもなく、音楽的な要素を感じさせる物が一切ない。松木さんが音楽を感じさせる物を意図的に避けているのではないかとすら思えるほどだ。それは、私が2人の関係を勘ぐっているから余計にそう思うのかもしれないけど。


 ふと気がつくと、部屋を見渡していたはずの松木さんの視線はケージに向かっていて、短いロープのような玩具を噛むことに夢中になっているカシュに夢中になっていた。途中になっていた会話をなんとか繋げようと、その幸せそうな横顔に声をかけてみる。


「松木さんは、何か趣味とかないんですか?」

「趣味?」


松木さんの眼が私の方に向いた。カシュへ向かっていた視線の余熱が多分に含まれているような気がして、反射的に目を逸らしてしまう。


「このリビングを見る限り、松木さんの趣味を感じさせる物が何もなかったので」

「うーん......言われてみれば、これと言った趣味はないかも」

「ゲームはやらないんですか?」

「私は売る専門。そもそも、ゲームが好きで今の会社に入ったわけじゃないから」


確かに先週居酒屋で長く話した時も、松木さんからゲームの話題は全く出てこなかった。私もゲームをする方ではないから、仕事の現場で会う時以外では、私たちの間でゲーム関連の話が出ることはないだろうな。


 松木さんは両肘を脚の上に乗せて頬杖をつくと、眉間にしわを寄せて真剣に何かを考え始めていた。傍から見れば、とても趣味の事を考えているとは思えない。


「早川さんは、何か趣味あるの?」


しばらく考えても本当に何も思いつかなかったのか、話題の矛先が私に飛んできた。


「わ、私ですか?」

「うん。参考までに」

「えっと......」


ここで「音楽を聴くのが好きです」なんて言ったら、松木さんはどんな反応をするだろうか。


「何を聴くの?」と訊かれたら、どう答えようか。


「真月佑奈っていう人が好きです」と言ったら、何が起こるだろうか。


私の中にある仮説が有力である分、そこへ簡単に踏み込む勇気はまだない。


結果がどうであれ、一先ず音楽の話題は避けるべきだ。


「......映画とか好きです」


なんとか、音楽以外の趣味を例に挙げた。


 私から趣味を聞き出すことに成功した松木さんは険しい顔をするのを止め、「なるほど」と呟いた。そして「私も映画は好きだよ」と言い、テレビのリモコンを手に取った。


「でも、DVDプレーヤーとか無いですよね」

「だって今どき、配信でたくさん観れるでしょう」


そう言うと松木さんは、テレビにインストールされたアプリを立ち上げた。有名な月額制の動画配信サービスで、一応私も契約しているものだ。松木さんはDVDやブルーレイではなく、配信で映画を楽しむタイプの人らしい。


「映画は好きだけど、あまり詳しくはないの。早川さん、何かおすすめの映画ない?」

「おすすめですか......松木さん、好きなジャンルとかあります?」

「基本的にはなんでもOKだけど」


そう言いながら、松木さんは私にリモコンを手渡した。ほんのり温かくなったリモコンを手に、適当に画面を操作していくと、タイミングよく私が好きな映画が画面上に現れた。


「最近観た中だとこれが面白かったです」

「知らない。どんな映画なの?」

「スウェーデンが舞台のホラー映画なんですけど......」


あらすじを説明しようとすると、松木さんが「えっ」と声を上げた。丸い目を少し細めて、上目遣いでこちらを見ている。その表情を見て、すぐに理解した。


「......ホラーは苦手ですか?」


なんでもOKって言ったじゃないですか。そう言うと松木さんは「ホラーは......あんまり観ないだけ」と言って、ミルクティーをひと口飲んだ。


やっぱり、苦手なんだ。


ほんの少し悪戯心が働いた私は、この話題をもう少し続けようと思った。


「この映画、民族学を学ぶ学生が、スウェーデンの伝統のあるお祭りに行くんです。白い服を着た人たちが輪になって踊ったり、楽し気なお祭りなんですけど、少しずつ雰囲気が怪しくなっていって......」

「ちょ、ちょっと待って!それ、この映画のストーリー?」

「そうですけど」

「い、言わないで。いつか観る......から」


口元についたミルクティーを右手で拭いながら、ペットボトルを持った左手を私の方へ突き出し、あらすじの説明を止めようとしてくる松木さんを見ると、さらに悪戯したくなってしまう。


「この映画の特徴は、基本的に画面が明るいんですよ。普通のホラー映画って夜だったり暗いシーンが多いじゃないですか。でも、この映画は明るいシーンが多めで......」

「な、なんでそんなことするの?」

「なんで......とは?」

「そんな映画を作っちゃったら、明るい場所まで怖くなっちゃうじゃない」


そう言って立ち上がった松木さんは、私から逃げるようにカシュがいるケージの傍まで駆け寄り、その場で正座をしてカシュを撫で始めた。


「怖くなっちゃうじゃない」なんて。それはもう「ホラーが苦手です」と言っているようなものだけど。


 少し悪戯しすぎたかなと反省して、そっとリモコンを目の前のテーブルに置いた。松木さんは、あらすじだけで恐怖に包まれてしまった心をカシュで癒しているように見えた。


「気になってたんですけど、どうして『カシュ』っていう名前なんですか?」

「カシューナッツが好きだから」


想像の何倍も早く答えが返って来たことに困惑しつつも、その答えを掘り下げる。


「えっと......松木さんが?それとも、カシュが?」

「私が。カシュは食べないよ。犬にはナッツ類は食べさせない方がいいんでしょ?」

「まあ、そうですね」


お酒を飲まないのにカシューナッツのようなおつまみ系統のものが好きなのか。それに、犬にナッツ類を与えない方がいいという情報を知っているということは、1度はカシュにカシューナッツを食べさせようとしたことがあったのだろうか。


 自分が好きな物を与えようと思って、念のため調べたら犬が食べられない物だったと知ったときの松木さんを想像すると、なんだか微笑ましく思う。きっと表情には出さずに、心の中で落ち込んでいたんだろうな。


 確かにこの部屋を見ると、松木さんには趣味はないのかもしれない。とにかく今は、カシュさえ居てくれればそれでいいのだろうな。


 そう思った時、私の中に少しの出来心が浮かび上がった。悪戯心の余韻が、良くない方向に昇華されてしまったのかもしれない。


カシュの話題から、松木さんの過去の話を掘り下げることはできないだろうか。


延いては、そこから真月佑奈に関する話題が出たりしないだろうか。


 良くない考えなのは分かっているけど、アルコールのせいか、私の中にある「自制心」というやつが薄れているのが分かった。


「松木さん?」


少しだけ頭の中で訊きたいことを整理してから、松木さんに声をかけた。


「なに?」

「どうしてその子を飼おうと思ったんですか?」


まずは、カシュについての話を詳しく聞くところから。


「嘘みたいな話なんだけど、駅から帰ってくる途中に捨てられていたの。街灯の下に置かれた段ボールの中に、茶色くて小さい、生まれたばっかりに見える犬が4匹。現実にこんな事あるんだなって思って。1回は通り過ぎんだけど、どうしても頭から離れなくて。結局そこまで戻っちゃったの。夜だったから保健所も開いてなかったし、とりあえず家に連れてきて。4匹のうち3匹は弱っちゃってて、ずっと眠ってるだけだったんだけど、1匹だけすごく元気な子がいて。ジタバタ動いて、クンクン鳴いて。私の手にすり寄ってきたりして。ずっと見てたらすっかり情が移っちゃって、次の日に保健所に預けに行ったときに、その子だけ引き取らせてもらったの」


 おもちゃでカシュと遊びながら、松木さんは今までにないくらい饒舌に話してくれた。きっとその頃からカシュを育てている松木さんにとって、もはやカシュは我が子のような存在なんだと思う。


 そんな思いを利用して、松木さんのプライベートな部分を聞き出そうとしている事に対して罪悪感を覚えていない自分に驚きながらも、この計画を止めることはしない。


「犬を飼うのは初めてでしたよね。ご実家で飼っていたりはしてなかったんですか?」


初めて、松木さんのパーソナルな部分に踏み込んでしまった。


 私の質問を聞いた松木さんは、うーん......と声を出した後、少し声のトーンを落として答えてくれた。


「......飼ってないよ。初めて」


 私の質問を受けて松木さんが醸し出す雰囲気が変わったのは、いくら酒に酔っている私でも分かった。ケージの中で動き回るカシュを追いかけていた目線が、突然ピタリと止まってしまったのが分かった。


 勢いでそんなことを訊いたことに対する後悔が少しずつ湧いてきた。ただ、その一方で「もう少し踏み込めるのではないか」という欲がどんどん大きくなっていくのも感じる。


「松木さんのご実家って、東京でしたよね?」


あっさりと欲に負けた私は、カシュの話題から繋げた「実家」という部分に話しのポイントを移した。


「そうだよ」

「たまに帰ったりしてますか?」

「......してないかな」


質問をする度に、松木さんの声が鋭くなっていくのが分かる。怖いけど、自分が知りたいことに近づいていく高揚感と興奮が勝り、妙な感覚に陥っていく。


「私も実家は東京なんですけど、あんまり帰ってないですね。たまには顔を見せろっていう連絡は来るんですけど、まだ大学生の妹が実家に残ってるので、その間は頻繁に帰らなくてもいいのかなって思って。松木さん、兄弟姉妹はいますか?」


勢いに任せて、核心まであと一歩というところまで迫ってしまった。もう、後戻りはできない。なるべく平静を装いながら、松木さんの反応を窺う。


 何も言わずにケージの中を見つめていた松木さんは、すっと立ち上がって私の方を見た。口元には笑顔が浮かんでいたけど、カシュに向けられていた笑顔とは全く違う雰囲気で、じっと目を合わせていると背筋が凍りそうになった。


「......妹はいないよ。私だけ」


松木さんは、なんとか私に届くような声でそう呟いた。


 妹はいない?


 私が予想とは違う返答に混乱していると、松木さんはゆっくりとソファーの方へ戻って来た。


 もしかしたら、私の本心がバレてしまったかもしれない。


 そんな事が頭を過ぎったけど、もう手遅れだ。知らないフリを続けるしかない。


 息が詰まりそうになる。冷たい汗が背筋を伝って落ちていくのを感じながら、じっと松木さんの眼を見つめる。


 すると松木さんは、少し柔らかいトーンに戻った声でこう言った。


「どうして、急にそんな事を訊くの?」


その問に正直に答えてしまえば、もう終わりだ。取り返しがつかないことになるかもしれない。必死に頭を回転させ、なんとか絞り出した。


「......松木さんのことを、もっと知りたくて」


 嘘ではない。私が知りたい事は、松木さんにも関連することだから。


 そう自分に言い聞かせるけど、これまで抑え込んできた私の中の罪悪感が急速に大きくなり始めて、つい松木さんから眼を逸らしてしまう。自分を落ち着かせるために、机の上のレモンサワーの缶に右手を伸ばす。


 まだ缶の半分程度の量が残っているレモンサワーを持ち上げたところで、松木さんが私の隣まで来た。ただ、最初とは違い、スペースは空けずに私のすぐ右隣に腰を下ろした。


......近いな。


 そう思いながら、松木さんに腕が当たらないようにと思い、レモンサワーを左手に持ち替える。今までで最も近い距離から放たれるその視線を気にしながらも、慎重にレモンサワーを口に含んだ。少しぬるくなり、炭酸が抜けてしまったそれを飲み込むと同時に、松木さんがぐっと近づいてくるのを感じた。


なんですか?


そう言おうと思ったけど、先手を取ったのは松木さんだった。



「私も早川さんのこと、もっと知りたいな」



私の右耳のすぐ近くで、松木さんがそう囁いた。


初めて聞く松木さんの声がダイレクトに私の右耳に注ぎ込まれた瞬間、それがどのように作用したのかは分からないけど、全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。そして体が大きく震え、その弾みでレモンサワーの缶が左手から滑り落ちてしまった。


 缶から溢れたレモンサワーが私のジャケットの上に広がり、じわじわと染み込んだそれがブラウスとキャミソールを通り抜け、私の地肌を濡らす。温くなったと思っていたレモンサワーは、お腹で受け止めるにはまだ冷たかった。


 急いで缶を拾い上げ、テーブルの上に置いてあったティッシュでレモンサワーを吸収する。私のスーツとソファーに染み込んでしまったレモンサワーは、当然ティッシュではどうにもならない。


「す、すみません!ソファーまで......」


慌てて松木さんの顔を見ると、何故か笑顔を浮かべていた。


 今までの優しい笑顔とは違う、少し恐怖を感じさせるような、目を細めた攻撃的な笑顔。


 その表情を見た瞬間、再び身震いに襲われて動けなくなる。すると、私のジャケットの上で止まったままの私の右手に松木さんの白い手が伸びてきて、そのまま手首を掴まれてジャケットから引き剥がされた。


「ま、松木さん?」


私の呼びかけに反応しないまま、松木さんはもう片方の手で私のジャケットのボタンを器用に1つ外した。それによって大きく露わになったブラウスの染みに、その長い指が伸びる。


「な、なんですか?」


何度も声をかけても私の声が届いていないのか、それとも届いている声を無視しているのか、松木さんは全く返事をしてくれない。その一方で指の動きは止まらず、私のブラウスの染みを人差し指で撫で始める。その奇妙な光景と擽ったい感触に、私の中には遂に「恐怖」という感情が芽生え始めていた。


 人差し指で染みを撫でられてから、ぐっと強く押し込まれる。私のお腹に松木さんの細い指が沈み込み、ブラウスの生地からじわりと液体が滲み出るのが見えた。


 何をするつもりだろう......


 そう思った次の瞬間。


 松木さんはレモンサワーが付着した人差し指を舌で舐めた。


「ちょ、ちょっと!」


叫びにも近い私の声に、ようやく松木さんは私の顔を見た。


「......酸っぱいね」


人差し指の先を咥えたまま、意地悪そうに呟いた。


何をしてるんですか!


そう叫びたかったけど、3度目の身震いに邪魔をされて声が出なかった。


 呆然と松木さんを眺めたまま、体が動かない。


 何と言えばいい?


 松木さんの次の言葉を待つべき?


 そんな考えが脳内を埋め尽くしていく中、松木さんが静かに立ち上がった。


「それ、ベタついちゃうね」


そう言って笑った松木さんは、ティッシュを手に取ってソファーの染みに当て始めた。


「え?あ......す、すみません」

「大丈夫。気にしないで」


松木さんの笑顔は、いつも通りの優しい表情に戻っていた。


 何だったんだ?今のは......


 現実に引き戻されると同時に、私の鼓膜にカシュの鳴き声がフェードインしてきた。もしかしたら、私の叫び声に反応してしまったのかもしれない。


「それより、早川さんのスーツが大変だね」

「まあ、代えはたくさん持ってるので......」

「家にでしょ?ここから帰るのはどうするの」

「......このまま帰るしかないですね」


 つい数分前の出来事が夢だったかのように冷静な会話を続ける松木さんに、動揺しながらもなんとか話を合わせる。


「それ、中まで染み込んじゃってるよね」

「は、はい。お腹まで冷たいです......」


そうだよね、と言いながらティッシュを丸めた松木さんは、何かを思いついたように口を開いた。


「シャワー、浴びる?」

「......え?」

「体、洗った方がいいよ」


それは申し訳ない。初めて来た家のソファーを汚してしまった上に、シャワーまで借りるなんて。それに理由は分からないけど、私の本能がこの家でシャワーを浴びることにストップをかけていた。


「だ、大丈夫です。我慢して帰りますから」

「なんかアルコールが肌に付いたままって、あんまり良くなさそうじゃない?」

「大丈夫ですよ......なんか、消毒になりそうですし」

「何言ってるの。遠慮しないで。廊下に出て、左がバスルームだから。着替えは私のやつを適当に置いておくね」

「でも......」


すると松木さんに手を引っ張られ、無理やり立たされてしまった。ソファーから引き剥がされた瞬間、背中が急に冷たくなり、同時に湿っぽさも感じた。


......めちゃくちゃ汗かいてるな、私。


「ほら、行きなさい」

「......すみません」


そう言って頭を下げると、松木さんは人差し指を私の口の前に立てた。


私のブラウスに染み込んだレモンサワーを舐めた人差し指を。


そして、「謝るのは禁止でしょ」と笑った。


その声に少し小さい震えを覚えた私は、松木さんから逃げるようにリビングを飛び出した。

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