第20話 復讐
一方会社では、バチバチと火種が上がっていた。
「なんで阿賀くんだけ解雇という話になってるんですか!」
「い、いや、だからねぇ……僕に言われてもねぇ……」
山口が彼女の上司をまくし立てる声が、オフィス中に響き渡っていた。
山口の上司は40過ぎの男だが、彼女の剣幕に圧倒されている。
「先に問題があったのは絶対に相手の方です! 阿賀くんが理由もなく暴力を振るうわけがありません!」
「でもそれを証明する方法がないからねぇ……。僕も阿賀くんがそんなことをする人だとは思ってないけどさ……」
「でしたら!」
山口は上司にすがるように言った。
上司も同情をしている節があるので、もしかしたら上司がかけ合ってくれるのではないかと期待をしていた。
しかし。
「相手の社員はうちの会社の有力な株主の一人だったみたいでね……。彼がうちに来たのもいわゆるコネ入社というやつらしいんだ……。だから上の方としては阿賀くんに責任を取ってもらう方が助かるって」
「そんな……!」
山口は力を失ったように、上司のデスクにへなへなと倒れ込む。
期待が少し見えたばかりに、それが否定されるとその反動が大きかった。
「彼がいなくなるのは僕もすごく寂しいんだけどね。でも根が真っ直ぐだし、とても誠実な人だから、他のところでもやっていけるよ」
「そ、そんなの……」
諦めた方がいいという上司の言葉。
それが今の山口には重く重くのしかかった。
山口はその日、全く仕事ができなかった。
そして時を同じくして、オフィスでは別の動きもあった。
「小林さん」
「あれ、星崎じゃないか。どうしたの?」
星崎が、阿賀と同期の小林のデスクに訪れていた。
二人は阿賀を介してお互いに知っているというくらいで、一緒に仕事をしたことはない。だから星崎が自分のところを訪ねてくることが、小林にとっては新鮮だった。
「一体どうしたの? 何かあったか?」
「小林さん、今朝のことはご存じですか?」
質問に質問で返す星崎。
小林はそれに対して素直に「ああ」と応じた。
「暴力事件があったんだってな。うちの会社も怖いもんだよ、まったく」
ただし小林は詳細な部分については知らなかった。
会社に来たら同僚が話していたという程度である。
星崎はそのことを確認して、次の言葉を言った。
「小林さん、私——復讐したいんです」
「……もしかして、誰かを殴ったのは寿彦か?」
星崎が遠回しな言い方をしたが、小林はその一言で事件の全てを理解した。
「殴られた側、だとは思わないんですね」
あまりの察しの良さに星崎は驚きを隠せなかったが、小林は肩をすくめる。
「あのバカが殴られるわけないしな。というかすぐに手が出るバカなんてあいつくらいだろ」
「……どういう意味ですか」
「ああ、違う違う」
むっとした顔をする星崎に、小林は補足する。
「今どきリスクも
本題に戻す小林。
それに対し星崎は顔色を変えずに答えた。
「先輩が辞めさせられると聞きました」
小林の顔が
「……どういうことだ?」
「先輩が殴った相手がこの会社のパトロンの息子だったらしくて、会社も先輩を辞めさせることで手を打とうとしているらしいです」
「なるほど、な……」
苦虫を噛み潰したような顔をする小林を見て、星崎は彼に頼ったことが正解だと確信した。
自分が尊敬する先輩が無意識のうちに築いていた人脈が、たしかにここにあったのだ。
それを裏付けるように小林に質問をする。
「——小林さんはこの会社の社長の息子、ですよね」
「……へえ知ってたんだ」
核心をついた質問をすると、小林は意外そうな顔をした。
「社長がオフィスに来た時あなたの方に視線を頻繁に向けていたので、何かあるのかと思いまして」
「寿彦は気が付かなかったんだけどなぁ」
「先輩は……まあ、その……そこまで余裕があるほど優秀な方ではないですから……」
「寿彦が聞いてたら泣くかもしれんな」
星崎が恐る恐る言うと、小林はここにいない阿賀のことを思い浮かべながらそんなことを言って笑った。
しかし星崎はそこで終わらなかった。
「でも先輩はこの会社には必要な人です。現に小林さんも先輩がいたからこの会社に残っていたのでしょう? そもそも必要ではなかったとしても、先輩の人柄で一方的に辞めさせられるのは不公平です」
その目に嘘や忖度は一切見えず、真っ直ぐなものだった。
小林もそれを見て、星崎の話に乗る決断を決めた。
「あーあ。めんどくさいことをしたくなかったから、社長と血縁関係にあることも黙ってたんだけどな」
「すみませんが、お願いします」
「最後に一個聞いていい?」
「なんですか」
小林は首を鳴らしながら星崎に尋ねる。
「あいつが人を殴った理由、知ってるか?」
「……それは」
そこで初めて言葉に詰まる星崎。
それを見て、もしかしたら答えは聞けないかもしれないと小林は思った。
だが星崎は、悔しそうに、それでも答えた。
「噂ではありますが……私への
小林はそれを聞いてすぐには意味がわからなかった。
だが自分の同僚の性格を思い出して、妙に腑に落ちた。
「あははっ! あいつらしいな、まったく」
小林の笑い声を聞いた他の社員が、ぎょっとした顔をしていた。
自分だけを残業にしてくる女上司と同棲することになった 横糸圭 @ke1yokoito
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