二択でスキルが手に入る世界に転移した俺は最強になれるはずなのに、世話のかかる後輩ちゃんを面倒見るために全然攻撃スキルが得られない!?

2R

第1話 流れ星に願いを

 その日は、風も吹かない静かな夜だった。


 スマホも時計も持たず、近所の裏山へと足を運ぶ。ここは地元で有名な裏山だ。整備された、小さな丸太で階段を作った登山道を登ると町が一望できる小さな櫓が建っている。特に目立った場所のない平凡な町でも、上から眺めると少しだけ特別な気分に浸れるからと、近所の人たちに愛されたスポットだ。


 だが、この山には裏の顔がある。この櫓がある方とは反対側の、人の手が一切つけられていない未開の地。そこが、俺とあいつの集合場所だった。熊が出るだのお化けが出るだのと噂になっている山の裏だが、そんなものはいない。幾度となく足を運んだが、そこにいるのは自分かあいつだけだった。

 そして今夜、俺はあいつと星を見に、昼間ですら見落としそうな獣道をかき分け、約束の場所へと向かうのだった。



「先輩、今日は良い天気ですね」

 冬の夜空を眺めながら、高校の後輩である真鍋風子は呟いた。吐き出した言葉は白い息になり、空気に溶けて消えていく。

「寒くてたまらんけどな」

 身震いしながら俺、木島啓介が答える。ポケットの簡易カイロはすでに役目を終えゴミと化していた。

「十二月も終わるって頃に、防寒を怠るからですよ」

 少し離れた場所で大きな岩の上に座る風子は、勝ち誇ったように鼻で笑った。手の届く範囲にいたら叩いてやろうかと思ったわ。


 約束の場所は、うっそうと広葉樹林が生い茂る中で唯一、ぽっかりと穴が空いたように空が見える不思議な場所だった。そこには九畳ほどの広さを持つ平らな岩が埋まっており、そこだけ木が生えていない。自然が生み出したプラネタリウムだ。街の灯りも届かないここを照らすのは、何もない夜空に浮かぶ丸い月だけ。静かな時間を過ごすには、ここを超える場所は無いだろう。


 俺がそこに着くと、あいつはもう岩の真ん中に座っていた。

 木島風子。高校でも有名な残念美少女だ。街を歩けば誰もが振り返るような、幼さの残る端正な顔つきに、日々の手入れの成果であろう肩まで伸びた深い黒髪。スタイルは発展途上ながら、どんな服でも似合うようなスラっとした体躯をしていて、本人からの話だがスカウトを三回は受けたことがあるそうだ。

 よほど嬉しかったのだろう。そのスカウトマンとわざわざツーショットを撮ってもらい、それを俺に送ってきたくらいだ。写真に写る美少女は、薄っすら青みがかった透き通る瞳を光らせて笑っていた。


 そんな有名人との出会いはいつだったろう。気が付いたら仲良くなり、連絡先を交換していて、たまにゲームセンターに行ったり、買い物に行ったりもしていた。

 人との付き合いなんて、長くなると始まりが曖昧になってくるもんだ。それだけ積み重ねてきた時間が多いというもの。いつも振り回されているとはいえ、俺も風子に誘われたりするのが楽しかったりもした。

 だから、このクソ寒い日に家を抜け出し、制服にマフラー一つで裏山に来たのだ。

 断るのも無粋だと思って。


「私は先輩と違って、制服の下にカイロを沢山貼ってますからポカポカです」

「そいつは用意周到で羨ましいこった。一枚くれよ」

「いいですよ……って、あれ?」

 ガサゴソを服の中をまさぐる風子は、戸惑ったような表情で俺を見た。

「貼ってこようと思って、机に出したまま忘れてきました」

「お前は勘違いで暖をとれるのか。純粋に凄いな」

「途端に寒くなってきました。助けてください」

 さっきまで余裕そうだった風子は、急に体を震わせすり寄って来る。

「やめろ、犬かお前は」

「私を犬に例えるなら犬種は何ですか? チワワ? ゴールデンレトリーバー?」

「パグとブルドックの雑種」

「限りなくブルドックに近い存在じゃないですか。乙女心としては複雑ですよ!?」

「可愛いだろ、ブルドック」

「私は柴犬派なんですよ。へっくし」

 隣でくしゃみをする風子に、仕方なくマフラーを巻いてやった。

「ほら、これ使え」

「ありがとうございます~家宝にしますね」

「何を持って帰ろうとしてんだ。俺も寒いんだから半分は俺が使う」


 二人で長いマフラーを巻き、空を見上げた。

「今日は月が大きくて綺麗ですよね。ラッキー」

「綺麗って分かってたから誘ったんじゃないのか?」

「私がそんな計画的な女だとお思いで? まだまだですね、先輩」

「次、調子に乗ったらマフラー没収な」

「女の子の身ぐるみを剝がないでください」

「人聞きの悪い事言ったって、そもそも人がいないからどうって事ねぇよ」

「鼻水がついてるから剥がさないでください」

「おう、しっかり洗って返せよコノヤロウ」


 その時、一筋の光が月の横を通り過ぎた。

「流れ星!!」

 風子が突然叫んで立ち上がったため、マフラーに引っ張り上げられて俺も立ち上がらされる。

「痛いわ!」

「だって見ました? 流れ星ですよ、流れ星!」

「流れたか? 俺も見てたけど、それらしきものは見えなかったが」

「先輩は目の前の幸せを手にできないタイプですね」

 マフラーを少し引っ張ってやると、モゴモゴと苦しそうに慌てていた。

「流れ星に願い事はしたか? 三回いうと叶うって言うじゃん」

「それ、本当に可能なんですかね。あんな一瞬で三回も唱えるとかムリゲーですよ。自分の名前すら言えませんって」

「願い事が簡単に叶えられちゃ、神様もたまったもんじゃないからな。それ相応の難易度なんだろ」

「意地悪ですね~神様って。先輩にそっくり」

「俺のことを神と崇めても良いんだぜ?」

「先輩んちに遊びに行くことがあれば、御両親の前で呼んであげますね」

「波乱しか呼ばないから止めてくれ」


「でも、どうにか願い事を叶えたいな~」

 眉間に皺を寄せながら、空を睨みつける風子は、寒さで耳が真っ赤になっていた。

「あ、また流れた!」

「本当か?」

 釣られて空を眺める。だが、言われてから見上げても間に合うわけがない。

「また見逃した」

「まったく……先輩はどこを見てるんですか」

「…………空をちゃんと見てるが?」

 風子の耳を見ていたといえば、また何か言われるに違いない。

 なんてことを考えながら風子と一緒に空を見ていると、今度は俺もしっかりと流れ星を見つけることが出来た。

「お、流れた」

「見ました? なんか今日はいっぱい流れる日ですね~嬉しいな~」

 パタパタと手を振りながら、目を皿にして空を睨む風子は、ムムムッと唸った。

「う~ん。でもやっぱり早すぎて願い事が全然言えませんね」

「何を願おうとしているんだ?」

「乙女の願いが聞きたいんですか? 褒められた趣味ではありませんね」

「良いじゃん、どうせ聞かれるわけだし」

「その理論だと『腹に入るのは一緒だからケーキとラーメン一緒に混ぜて食べよう』ってのと同じですよ」

「そうかな?」

「『どうせ夜寝るから今寝ても同じだろう』ってテスト中に寝た私と同じくらいにダメダメです」

「それは確かにダメダメだな」


 風子の話に適当な相槌を打ちながら空を見上げ続けると、なんと今度は続けざまに複数の流れ星が夜空を駆けていった。

「なんだ、今日は流星群か何かか?」

 調べようかと思ったが、スマホは家に置いてきた。今頃充電が切れているだろう。

「あ、私気付いちゃいましたよ、先輩!」

 突然飛び跳ねた風子は、夜空に負けないくらい目を輝かせながら俺の顔にズイッと迫った。

「ゆっくり流れる流れ星を見つければいいんですよ!」

「……」

 そんなものは無いだろう。

 無粋を通り越して、当然すぎて酔狂な反論も出来ず、ただただ風子がゆっくりな流れ星を見つけられるように、普通の流れ星に無言で願った。


 それからどれほど経っただろう。もう二十くらいの流れ星を見たが、勿論ゆっくりと流れる流れ星は見つからなかった。

「……続きは明日にするか?」

「そうは行きません。あと一つだけ……一つだけ流れ星を見たら諦めますから」

 どうしても今日ゆっくり流れる流れ星が見つけたいらしい。

 それとも、明日だって明後日だって、ゆっくり流れる流れ星が見つからないことを知っているのか。

 どうしても、今の時間を少しでも長く伸ばしたいのか。


 何を思っているのか分からないが、後輩にこうも懇願されては無下に出来ない。

 凍える体をさすりながら、渋々頷く。

「あと一個だからな」

「ありがとうございます!!」

 太陽のような笑顔を振りまいた風子は、鼻息を荒げながら夜空を見上げる。


 そして……見つけた。

 月の近くに、星にしては一際輝く小さな光が、ゆっくりと動いているのを。

「先輩……あれ……見えてます?」

「あぁ……信じられないけどな……」

 光は、ゆっくりと月の近くを移動していた。初めは飛行機か何かかと思ったが、まっすぐ進んだ光は突然弧を描き、まったく違う方向へと動いていく。明らかに飛行機が為せる業ではない。

「ユーフォーか……?」

「いえ、あれは流れ星です!」

 流れ星も、あんな曲がったりウネウネしたりしないだろ。

 結局実態が分からない光が、夜空をあっちにこっちにと彷徨っていた。


 すると突然、光はピタッと止まって、動かなくなった。さっきまで動き回っていたのに、まるで嘘のように空に固定された。

「動かなくなっちゃいましたね、あの流れ星」

「どうなんだろ、まだあの光の事を流れ星と呼んで良いのだろうか?」

 ここまで来ると、二人で何かを見間違っていたのではないかと思ってしまう。


「あれ? あの星、大きくなってませんか?」

「何を言ってるんだ?」

 言われて、注視してみる。確かに、最初に見えていた時よりも目立つ大きさになっているような気もするが、そんなに変わってるかな……?


 ……いや、変わってる。それどころか、徐々に明らかに大きくなっている。

 星はどんどんと大きく輝き始め、すでに月よりも大きくなっていた。

「待て待て、あれ星でも何でもないだろ!?」

「じゃあ何ですか?」

「何だろうね! 俺にも分からないよ!?」

 もはや人間の常識を超えた天体ショーに、恐怖すら感じてきた。

 無意識のうちに風子の腕をとり、何かあったらすぐに対応できるように引き寄せる。

「あら、先輩積極的ですね。私は構いませんけども」

「随分余裕だな……俺この異常事態に恐怖すら感じてるのに」

「ビビりですね」

「俺の方が多数派だと思う。自信あるよ」

 大きくなる星がいよいよ月を覆い隠し、空すらも覆い始めた。俺たちを照らす光の強さも激しさを増し、もはや直視できないくらいになる。

「これ、もしかして……近づいて来てないか!?」

 何かが落ちてくるような音はしないが、とてつもなく大きな光の玉がこちらに降ってきていた。

 何なんだ、これは!!


 何をしても無駄かもしれないが、風子を抱きしめて庇い、光の玉に背を向けた。

「先輩、ドキドキしますね~」

「何なの!? その度胸は何なの!?」

 肝が据わった後輩は、ふと声を上げた。

「せっかくだし、願い事を言わないと損ですよね」

 風子は俺をそっと抱きしめ返し、俺の胸に顔を押し付けた。

「とはいえすでに、ちょっと幸せといえば幸せですが」


 大きく息を吸い、風子は光の中で叫んだ。


「ここじゃない世界に行きたい! ここじゃない世界に行きたい! ここじゃない世界に行きたい!!」

「そんなことを言うためにここまで流れ星を待ったのか!?」

 叶うわけないだろ、そんな幻想的な夢が……!


 光が一層強くなり、抱きしめる風子の顔すらも見えなくなっていく中、急に意識が遠のき始めた。眠気に抗えない時のような、不可抗力な引力に吸い込まれていく。

「風子……」

 腕の中にいる風子の感覚が、離れていく感じがした。

 あとで何と言われてもいい。

 力の限り、そこにいるであろう風子を抱きしめ続けた。


 そして、俺は深い眠りの奥へと飲み込まれてしまうのだった。

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