第4話 加藤葵さんは狙われている

あれから5ヶ月が経ち、今日は高校の卒業式だ。


式が終わり、友達とも別れ僕は教室に1人で待っている。

あれからハルさんを待ち続けている。


僕は自分の机に座り窓から運動場を眺める。


すると教室の後ろのドアがガラリと音を立てて開いた。

僕が振り返るとそこにはヒナさんが立っていた。


ヒナさんは僕の方に歩み寄ると

「ハルト君ひさしぶりだね。」

そう微笑んだ彼女に僕も微笑み返した。


「あれから5ヶ月ずっとあなたを見てたわ。自分で克服できたね。」

「ヒナさんのおかげです、ありがとうございました。それが言いたくてずっと放課後教室で待ち続けていました。」

ヒナさんはちょっと困った顔している。


「雨の日も雪の日も熱が38度あろうとも、盲腸で入院していても、尿検査で陽性だった時でさえ待ち続けました。」

「いや、尿検査は関係ないでしょう?しかも陽性って何に反応したの?ねえ?」


「ヒナさんに一言お礼を言いたくてずっと待っていました。ありがとうございました。」

「…お礼を言われる筋合いなんてないわ。あなたが頑張っただけなのだから。」


「いえ、ヒナさんがあの時現れなかったら、ヒナさんが来てくれたから勇気が出せたんです。」

「そう、そう言ってもらえて私も嬉しいわ。」

そういってヒナさんが見せた笑顔に僕の胸が高鳴る。


今日が多分ヒナさんに会えるラストチャンスなのだろう、思いの丈をぶちまける。

高鳴る胸の鼓動を押さえつけ、勇気を出して僕は言った。


「ヒナさん、あなたは誰なんですか?」

「…………………………。」


「この学校の上級生に遠藤ヒナという人はいませんでした。もちろん今までの卒業生の中にも。」

「…………………………。」


「あなたがうちの高校の制服、上級生であるバッチをつけていたので何の疑いもしていませんでした。でもあの後僕は必死にあなたを探しました。近隣の高校や隣の高校などにリヤカーを引いて。」

「リヤカー?なぜ引いていたの?何を探していたの?」

常に僕のボケを拾ってくれる。やっぱりヒナさんだ。例え偽名だとしても。


「そうね、そんな謎めいた美少女設定ではないけど実は私は23歳なの。」

「えっ23歳で高校の制服着てるって…そういうお店にお勤め?」


「美少女は何着ても似合ってるからいいの〜5年ぶりに着たけど似合ってるからいいの〜。そんなこと言ったら神●隆之介くんなんて28歳になっても今だに高校生役やってるのよ。それと一緒よ!」

「一緒ではないと思いますが…確かに似合っていますよヒナさん。」

僕は素直に褒めた。悔しいけど。


「そうでしょそうでしょう。もっと褒めてもいいのよ。」

彼女は満足そうだ。

そして今までのおチャラけた雰囲気を整え真面目な顔で僕を見た。


「西村ハルト君。これからもあなたには色々な困難が待ち受けているわ。でもきっとあなたなら乗り越えられる。決してあきらめないで。ありきたりだけど、私があなたに伝えたい最後の言葉よ。」

「ヒナさんは僕のこれから起こる出来事を知っているみたいですね。だけれども教えるつもりはないという事ですか?」


「あなたにはもう必要ないわ。私が助言しなくても自分で解決できるのだから。」

「最後に1つだけ教えてください。未来の僕は死の間際、あなたに何って言ったんですか?」


「…あなたは最後の病床で、高校時代に私に会いたかったと言ったの。あのころの鬱屈とした心のわだかまりを私に吹き飛ばしてほしかったって。」

ヒナさんはその時の事を思い出したのか悲しそうな顔をした。


「だから私はあなたに会いにこの高校へ来たの。あなたを救いたい、いえ、少しでも助けになれたらと思って。」

「確かに僕はあなたのおかげで救われました。あっ僕のおかげでもありますね。」

二人で笑い合った。


しばらく見つめ合ったまま言葉がでない。そんな沈黙に終わりが近づく。


「それじゃあ、もう行くわね。」

彼女は僕を背にドアに向かって歩き出した。


「ハルさん!本当の名前は教えてもらえないんですか?」

「…さっき最後に1つだけって言ったわよね?2つ目よそれ。」


「僕はハルさんの事が好きです!好きなんです!だからこれからも一緒に…」

「駄目よ、あなたはまだ若いんだからこれから色々な人との出会いが待っているわ。それに私はもててもてて困るぐらいだって言ったわよね、ふふふ。」

そう言ってハルさんはこちらを一切振り向かずに出て行った。

僕にはハルさんの声が震えていたように思うことが精一杯の自分への慰めか…


僕の初恋は実らないまま終わった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あれから6年が経った。

僕はシステムエンジニアになった。ホワイト企業に就職して3年目で会社の一大事業のプロジェクトメンバーに選ばれた。


そのプロジェクトメンバーをまとめるリーダーは加藤葵さん(29歳)だ。彼女は優秀な男性社員を押しのけて最年少で課長にまで昇進した女傑だ。


一見クール系美女に見えるがとても気さくで誰に対しても分け隔てなく接してくれる姉御肌でみんなに人気がある。うちの会社のエースである錦織さんや、部長の近藤さんとお付き合いしているんじゃないかという噂話もチラホラ聞いたりもした。


今日もブロジェクトの会議があった。


会議が始まり、加藤葵リーダーが進行していく。会議の議題である案件の話し合いが終わり、リーダーがみんなに質問はないかと聞いた。


僕は挙手をしてみんなが注視する中リーダーに対して発言をした。

「加藤葵さん、あなたは狙われています。」


会議場がざわつく、それはそうだろう。いきなりプロジェクトとは関係のない突拍子もない発言をされたのだから。

リーダーは驚いた顔をしたがすぐに表情を整え直し僕に聞き直した。


「…誰に狙われているのかしら?ふふっ」

リーダーはつい我慢出来ずに吹き出した。


「僕にですよ、ハルさん。」

僕はとびっきりの笑顔で答えた。


そして他のメンバーを置き去りにして僕たちは笑った。笑い合った。6年越しの告白をあの日の意趣返しに行ったのだ。


「ふふ、わかった。それじゃあ後で私宛にレポートを提出するように。それでは解散。」


僕はその後メンバーから質問攻めにあったが誤魔化しておいた。


そして今日中に6年分の思いを込めてレポートを提出するのだ。

遠藤ヒナさんに対する想いと、加藤葵さんに対する想いを。


あの時の自分を信じて。


これから一緒に歩むあの人の分まで信じて。


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僕を狙う上級生のヒナさんは、未来から助けに来たという設定らしい。 大口真神 @MAKORUN

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