モモンガの赤ちゃん 🚼

上月くるを

モモンガの赤ちゃん 🚼



 太古の自然がのこる武蔵野でも奥まった地域にある「はなやま動物クリニック」のコウイチロ―院長は、近所の子どもたちに「ドクターはなやま」と呼ばれています。


 黄色いくちばしをヒクヒクさせていたツバメの赤ちゃん。🐥

 蕗の葉っぱのかげに、うずくまっていたカエルの子ども。🐸

 親とはぐれて、しょんぼり国道を歩いていたキツネの子。🐕

 ビニールひもに絡まれ、もがいていたオオタカの子……。🐤


 どんな重症患者であっても「はなやま動物クリニック」に連れて行けば、ドクターはなやまが、神の手&最新の医療技術を駆使して、魔法のように治してくれるので、子どもたちには「校長先生よりずっとえらい先生」ということになっています。(笑)

 

      *

 

 うららかな春の午後、ふたりの小学生が駆けこんで来ました。🎒🎒

 

 ――ドクターはなやま、大変です!

   この子、道に落ちていました!

 

 あいにくその日、院長先生は学会に出かけていて、奥さんのサチエ先生が留守番をしていましたが、サチエ先生も獣医師さんですから、ぜんぜん問題はありません。👍


 ――どおれ、見せてごらんなさい。


 給食のナプキンを広げてみると、ちっぽけな生き物が、くるんと丸まっています。


 小さな黒ボタンをプチッとはめ込んだような、無邪気なひとみがふたつ。

 ムギュッと結んだ口もとから、一人前にひげが生えかかっています。


 先端に行くほどすぼまる手足の細さときたら、サチエ先生の老眼ではよく見えないほどですが、そのかわり尻尾はいやに立派で、5センチほどの体長と同じくらいで。


 なにより目を惹かれるのは、前脚とうしろ脚をつなぐ、やわらかな皮膜ひまくです。


 ――まあ、珍しいわね。\(^o^)/

   これ、モモンガの赤ちゃんよ。


 サチエ先生の弾んだ声につられて、拾い主たちもにわかに興奮し始め、「やった、やったあ! この子、ぼくが拾ったんだぜ」「あら、あたしが先に見つけたんだよ」手柄を名乗り始めたので、サチエ先生はモモンガの説明から始めることにしました。

 

 モモンガはリス科の動物。

 同じ仲間のリスやネズミとちがうのは、空中を飛べること。

 鳥のような飛翔ひしょうは無理だけど、木から木へ自在に飛び移ることはできる。


 ふたりの小学生は目を丸くして聞いています。👀 👀

 家に帰り、家族に大いに自慢することでしょう。(笑)

 

      *

 

 小学生たちを送り出すと、サチエ先生はあらためて小動物の観察を始めました。

 赤ちゃんのモモンガはあまりにも小さくて、少し目を離せば消えてしまいそう。

 

 ――この子、無事に育つかしら。

   あっ、そうだわ!(´ω`*)

 

 赤ちゃんモモンガを手の平にのせたまま、サチエ先生はスリッパをバタバタさせて棟続きの自宅へ走って行くと、リビングの戸棚から花もようの巾着を引っ張り出し、赤ちゃんモモンガをそうっと入れると、ヒモを長くして自分の首に掛けました。👡


 ぷっくりふくらんだ巾着袋は、サチエ先生自慢の大きなおっぱい(笑)のあいだに、すっぽりと、ほどよく収まりました。まるで子育てカンガルーのモモンガ版です。


 ママと同じ心臓の音に安心したのか、赤ちゃんモモンガは寝息を立て始めました。

 

      *

 

 その夜、帰宅した院長先生は、ピクピク動く奥さんの胸を見ても驚きもしません。

 

 ――おんや、またしても母さんのお節介が始まったようだな。

   困る困ると言いながら、なんだかうれしそうじゃないか。

 

 そうなんです、サチエ先生は、訳あり動物赤ちゃんのベテランママさんなのです。


 ――あら、いいでしょう?! (・´з`・)

   これがわたしの生き甲斐なんですもの。


 ツンとねてみせたサチエ先生は、そんな自分に照れて、少し赤くなりました。

 

      ****

 

 日ごとに秋が深まりゆくころ。🍃

 雑木林に囲まれた「はなやま動物クリニック」では、落ち葉掃きに大忙しです。


 ゆたかな胸の谷間に大きな巾着袋を下げたサチエ先生が竹ぼうきを使っていると、どこか高いところから、なにかに呼びかけるような動物の声が聞こえて来ました。

 

 ――クーックックッ、クーックックッ。

 

 サチエ先生が見上げても、葉を落とした木々の梢が鈍色に光っているばかり。

 へんねえ、気のせいかしら?……ふたたび竹ぼうきを動かし始めたそのとき。

 胸の巾着袋で「クーックックッ、クーックックッ」小さな声が応えたのです。

 

 ――クーックックッ、クーックックッ。

 ――ク―ククク、ク―クク、クー……。

 

 太い声と細い声がこだまのように呼び交わし合っていたかと思うと、つぎの瞬間、大きな膜を広げたコウモリのような黒い影が、すぐ目の前の枝に舞い降りました。


      *


 切なげな影の様子に、サエコ先生はすべてを了解しました。

 

 ――あなたの大切な子ども、ちゃんと返してあげますよ。

   今度こそ、親子水入らずで幸せにお暮らしなさいね。

 

 サチエ先生はそう言いながら、肌に馴染んだ巾着袋をそっと引っ張り上げました。


 赤ちゃんと呼ぶのは似合わないほど大きく育っていたモモンガは、いつものように袋の入り口からチョコンと顔をのぞかせ、もの問いたげにサチエ先生を見ています。


 黒いボタンをはめたような小さな目にうなずき返してやると、子どものモモンガは精いっぱい大きく被膜を広げ、大きな影のいる枝に向けて、一気に飛び立ちました。


 同じ枝に仲よく並んでとまった親子のモモンガは、さよならのあいさつをするかのように「クーックックッ、クーックックッ。ク―ククク、ク―クククク……」揃って鳴き交わすと、母と子とぴったり寄り添って雑木林の奥のほうへ飛んで行きました。


      *


 サチエ先生は、ぺちゃんこになった胸のあたりが、妙にすうすうしてなりません。

 傾き始めた太陽が「はなやま動物クリニック」の庭をやさしく染めています。🌅

                                 

            (ご注意:野生動物の保護は法律で禁じられています)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モモンガの赤ちゃん 🚼 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ