8話 勇者を作る

 ――提案があります。

 告げる彼女の目は、確かな力を伴っていた。


「提案というのは?」

「魔王様を討たれぬよう、〝勇者〟を私達で作ってしまうのです」


 聞けば、彼女は自信ありげにそう言った。

 俺は思わず顔をしかめる。何を言っているのか、真面目に分からなかったからだ。


「ええと……なんだって?」

「勇者が魔王様の仲間であれば、討たれる心配は消えるでしょう?」

「それは、そうだが……言うからには方法があるんだな。どうやる?」


 如何せん荒唐無稽な話に思える。

 こちらの意志で自在に勇者を選定できるなら話は別だが、そうではないのだから。


「魔王様の中には、勇者の力が残されているのですよね?」

「ああ。だが魔王の力とは相性が悪く、上手くは扱えないぞ」

「むしろ、その方が都合も良いかもしれません。お待ちを」


 彼女は一度俺から離れると背後の本棚へ向かう。

 そこから本を一冊抜き出し、すぐに戻ってきた。


「力を魔王様から分離し、別の器に流します。深い繋がりが残るよりも、反発していた方が抵抗は薄いはずです」


 差し出された本を受け取る。

 そこに書かれてある表題と最初の頁を流し見て、俺は目を剥いた。


「魂魄剥離――魂を分ける、ということか」

「ええ、禁術の一つです。勇者という存在を分けるには適していると言えましょう」

「ふむ。力が継承される前に抽出し、人工的に勇者を生む……考えたな」


 確かに、その手法なら可能性はある。

 ほぼ無作為に近い継承とは違い、力そのものを移植できるなら確実だ。


「だが、移植には適切な器も必要だ。俺の勘になるが、器は人間でなければならないだろう」

「無機物や、魔物を器とするのは駄目なのでしょうか」

「分からない。魔物でも良いかもしれないが……勇者の条件に当てはまらない気がする」


 魔王の条件は魔界の生命、魔王より強き者、そして支配者たる魂の三つ。


 勇者の場合、まず人間界でしか生まれないと予想できる。魔界で誕生した勇者の話は聞いたことがない。

 そして、強き者という特徴はどちらも似通っていると言える。

 最後に支配者たる魂だが――魔王を討てるような精神の持ち主、ということになるだろう。


 条件や数が一緒だとは限らないにしても、当たらずとも遠く外れた考えではないはずだ。

 少なくとも、その条件は満たした上で実行するに越したことはない。


 適当な魔物などに付与したところで、勇者として認められるとは思えないのだし。

 認められる……? そうか。


「いや、必ずしも人間である必要はないのかもしれないな。ただ、器が勇者であると人間に認められなければならないはずだ。魔王とは違い、勇者は魔王を倒してくれないのであれば勇者足り得ない」


 つまり、こうか。


「魔物が勇者だったとして、ソイツは本当に魔王を倒してくれるのか?」

「……勇者の力を持った魔物は、人間からしてみれば魔王と同じ、ですか」

「そうなるな」


 事実、そうだった。

 人間が持ってさえ恐れられる力を魔物が持っているなど、到底受け入れられるはずがない。そうなれば、折角切り離しても別の人間に継承されかねない。


「確かに、器は人間の身体を用いた方が良さそうですね。ただ、人間を呼ぶ魔法書などありません。一から作る必要が出てくるでしょう」

「そのつもりだ。器に魂が入っていては、切り離した魂を入れた際にどうなるか分からない。ステラ、身体を二つに分けることは可能か?」

「……それは。魔王様の身体を?」

「そうだ。俺という存在は魔王だが、切り離した方は人間となれるはずだからな」


 俺は力を持ってはいるが、身体は人間そのものである。

 ならば俺という素体から器は作成できるだろう。

 その空の器に魂を結びつれば、生きたまま魔王と勇者を分離させられる。


 しかし俺は魔法に精通はしていない。

 ただ、魂さえ分ける術があるならば、肉体も可能だと考えただけだ。後は、ステラの知恵に頼るしかない。


 ――ステラは。

 微妙な顔をしていたが、答えた。


「ただの肉の身体なら、魂より容易いでしょう。しかし、魔王様自らの身を削るおつもりですか。自らの身も心も二つに裂く、というのは流石に……」

「他に方法があれば、そうするが」

「……そう、ですね」


 彼女は何かを言おうとして、言葉を呑み込むように口を閉ざす。ごくりと喉が鳴る音を聞いた。

 それから、彼女は小さく首を横に振る。


「ありません」

「そうか。人間を捕らえて素体にすれば、身体は造れるか」

「……お見通しのようですね」

「いや、良い。こうして暴いたのは、可能性までは掲示しておいた方がいいと考えたからだ。その上で、俺は犠牲を生む選択肢を取らない」


 他人を素体にする。その肉体から魂を消去して器とし、後から切り離した魂を入れれば確かに成立はする。


 だが、やってはならないことだ。一線を越えてしまう悪行だ。

 その行為に対して踏み留まる心がなくなった時、俺は本物の魔王に身を堕とすのだろう。


「それに、乗っ取った肉体を使い勇者と名乗るのもな。素体の調達に関しても、俺が人里に現れて攫ってくるだけ……そのような単純な話では済まない」


 攫った時点で新たな魔王として広まり、詰みである。実際のところ、俺にやる気があったところで無謀な試みの一つでしかないか。


「ステラ。頼めるか?」

「……私が魔王様を、ですか」

「俺は自分自身でその魔法は扱えないだろうしな。実行には、ステラの魔法の腕が必要不可欠だ」

「――承知しました」


 俺の言葉に覚悟を決めたか、彼女は目を閉じ深々と頷いた。


「私に全てを預けてくれること、絶大の信頼を頂けること、光栄に思います。一日、私に準備時間を下さい」

「いや……一日で良いのか」

「構いません。時間を掛け過ぎて、もしも魔王様の中から勇者の力が抜けてしまえば元も子もありませんので」


 ですから、と彼女は注意を告げる。


「必要な準備を終えるまで、私は一室借りて籠もります。それまで……部屋に入らぬようお願いしたいのです」

「元からそのつもりだが……何をする?」

「私もそのような魔法に長けておりませんので、集中力を欠きたくないのです。万が一にも失敗するわけにはいきません」

「そうか。分かった……すまないな、無茶を頼んだか」

「いいえ。魔王様のためなら、私はどのような無茶もやり遂げましょう」


 ステラは再度頭を下げ、さきほどの一冊と新たに本棚から加えた一冊を持って「これより準備を致します」と書庫から出ていった。

 後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、俺は手元にある本の山へ目を落とす。


「……任せると決めたのなら、俺も出るか」


 このまま本を漁ったとすれば、それは今から準備を行う彼女を信頼していないのと同義だろう。

 一日、ステラの居ない日がある。彼女が部屋から戻ってきた時のため、せめて食事の用意くらいはさせて貰おう。


 そう決め、俺も書庫を後にした。

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