7話 あなただけ
魔王を継承する条件は幾つか示されている。
一つ、魔界に存在する生命であること。
一つ、現存する魔王を超える力を有していること。
一つ、支配者たる精神であること。
以上三つの条件を満たすものが存在しなかった時のみ、無作為に魔王候補が選定される。
本の記述にはそのような条件が書かれていた。
「俺は魔王を討伐したことで超える力があると判断されたんだろう。魔界に立っているだけで生命として成立するのなら、俺が対象なのは納得できる」
魔王討伐は俺一人の力ではなかったが、トドメを刺したのは俺の一撃ではある。
倒したら継承など、最早呪いに近いのではないかと思うが……。
だが最後の一つは、他二つ比べても曖昧な条件だ。
「俺、支配者のような精神をしているか?」
「……非常に申し上げにくいのですが。とても、そのようには見えません」
「そうか。安心した、見えるって言われても逆に困っていたよ」
自分が魔王だと分かった上で、それでも隠居を続けているような奴は支配者の器ではないだろう。
俺が魔王となったことから、逆説的に記述が誤りであるという結論でもいいが……。
なってしまった以上、そこまで深堀りしても詮無いことだ。
「しかし……そうなると、困ったな」
魔王になったのは、最悪別に良い。
力を振るうのは究極的に俺だ。支配者の誰かに渡ってその力を自由に振るわれるよりも、俺が勝手に持って死蔵していれば良いのだから。
しかし俺は、魔王とは全く別の方向で頭を抱えることになってしまった。
「このままだと、俺は新しく生まれた勇者に討たれることになりそうだ」
――勇者。
当然、なれる者は限られている。
といっても魔王とは違い細かな条件は判明していない。
勇者が強いわけではなく、強いから勇者にもなれる……人間界で広く認知されているのはそれだけだ。
だが。
魔王にこうした条件があるという事実を知ってしまえば、勇者にも今まで見えなかった条件があるのは予想ができてしまう。
即ち、勇者に覚醒する条件は〝魔王が存在する〟こと。
勇者とは、魔王の対抗手段として存在する人間界の切り札だ。しかし、過去魔王がいない時代に勇者が存在していたことはない。
「……ですが、魔王様は」
「ああ、俺の中には勇者の力もある。それは分かっている。だがそれと、新しい勇者が生まれることは矛盾しない」
今、人間界は魔王の存在を知らない。
だから――魔王である俺だけが、勇者のままでいられる。
「恐らくだが、俺の存在が人間界に周知された時、俺の中の力は別の誰かに引き継がれてしまう……と思う」
「ですが、魔王様は誰も傷付けておりません。争う理由は、ないではありませんか」
「前の魔王はそうじゃなかったんだ。これだけ短い期間で再び魔王が現れ、勇者が継承されれば間違いなく魔界にやってくる」
そうなれば魔界に人間が侵攻をしてくる以前の問題だ。
勇者が俺を討つ事態を招いた時点で、もう次はない。
「そこに俺の意志は関係ないんだ。俺が魔王だってことも、その内魔界には知れ渡るだろう。何もせずにいても、いずれは人間界にまで届くのが目に見えている」
「……っ」
「ステラ。そんな顔をする必要はない」
けれど、とステラは顔を曇らせる。
そうだ。いずれ来るであろう未来だが……俺はどうにかする術を見つけられていない。
であるのなら、保険を掛けておかなければ。
「仮に新たな勇者が現れても、ステラを逃せるようにはしておく。俺と繋がりがない、そう思える遠方まで運べば安全は保証されるはずだ」
「……! そうでは、ないのです。違うのです、魔王様」
ステラは首を横に振り、否定する。
「私は、自分の死に不安を覚えているのではありません」
「そうか……だとしても、ステラにはここで死ぬ最期は似合わん。エルフは長命の種だ、どこかで生き永らえればいずれ居場所も見付か」
「――魔王様」
ぺしん。頬に、彼女の手の平が触れた。
いや……触れたというより、平手を打たれたのか。
痛みは感じなかったが、静謐な部屋に高い音が響いていた。
呆然とする俺に、彼女は続けて言う。
「怒りましたか?」
「……いや、なんだ。どうしたんだ」
「そのままお返しします。魔王様に、ここで死ぬ最期など似合いません」
「――ステラ」
「ですから、どうにかしましょう。私を逃がすなどという術に、時間を割く必要はありません」
……まさか、ステラにそんなことを言われるとは。
俺は、頬に触れていた彼女の手に、自らの手を重ねた。
温かな手だ。
魔王である男の頬を、一介の魔物が叩いたのだ。
それはどれほど勇気の要る行動であったか。
「……すまない。俺の身を案じてくれていたとはな……だが、怖くはないのか?」
「いいえ。全く」
「死ぬこと、ではないぞ。俺という魔王はステラにとって……怖いはずだ」
「どうしてそう思われるのですか?」
どうして? 彼女はそう言うが、俺は魔王だ。
それとも、魔物にとっての魔王はそうではないのか?
人間にとっての勇者は、魔王が居なければ恐怖の対象だというのに。
――それに、彼女は前魔王から暴虐を受けているのに。
「俺は……やろうとすれば、ステラを殺せてしまうんだ」
「……魔王様は勘違いをしております。私は〝あなた〟に助けられたのですよ? 想いあれど、どこに怖がる理由がありますか」
「結果的にそうなった。俺はステラを助けようとしたわけではないぞ。本質的には、俺は誰であれ魔物は殺していたんだ」
「構いません。他の誰もが結果を出さなかった中、私も殺すはずだったあなただけが私を救ったのです。それで、充分ではありませんか?」
「そう、か。それで、充分なのか」
「はい。そうです」
こんなに据わった目つきのステラを見るのは初めてだった。
だが、思い返せば、彼女は最初からずっと強い意思を持っていた。
言われるがままであったなら、きっと解放した次の日には居なくなっていたはずだ。
……そうか。
彼女は、俺を怖がっていない。だから俺を信頼している。
平手を打っても、意見を挟んでも、決して俺が激怒することはないと信じている。
彼女は、はっきりとした口調でこう告げた。
「――魔王様。提案があります」
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