たぬきのタップダンス 👞

上月くるを

たぬきのタップダンス 👞




 最後の患者さんを1階の玄関まで送って出た歯医者さんは、ドアを閉めようとして向かいの弁当店の旗かげからこちらをうかがっている、ふたつの影に気づきました。


 犬でも猫でもありません。🐕🐈

 まちでは見かけない生き物です。


 歯医者さんは、ははあんと、うなずきました。


 行きつけの居酒屋『くノ一』で常連の洋画家が「どうやらそこの寺の境内にタヌキの親子が棲んでいるらしくてね、ここからの帰りにときどき見かけるんだ。昨夜も、自転車で角を曲がったとたんに鉢合わせさ。びっくりしたのなんのって。もっとも、あちらさんの方が、もっとびっくりだったろうがね」と話していたからです。🏮🍶

 

 ――そのタヌキが、なんの用だろう?(・´з`・)

 

 歯医者さんが毛むくじゃらの腕を伸ばして、おいでおいでをしてみると、大きいのと小さいの、ひとかたまりになった影は、大慌てで店の裏に引っ込んでしまいます。

 けれども、しばらくすると、おそるおそる(笑)といった感じで出て来るのです。


 そんなことを何度か繰り返したあと、やっと近づいて来たところを見ると、いかにも気のよさそうな母さんタヌキと、クリクリと丸い目をしたぼうやのタヌキでした。


 そして、母さんタヌキは平べったい頭を下げて、しきりに手を合わせるのです。

 

 ――先生、どうかこの子を助けてやってくださいまし。(ノД`)・゜・。

 

 見ると、子どものタヌキのほっぺは、飴玉でも入れたように、ふくらんでいます。


 ――これは痛かったろうね。

   すぐに診てあげますよ。

   さあさあ、お入りなさい。


 歯医者さんは眼鏡をキラリと光らせて、親子のタヌキを玄関に招き入れました。

 

      *

 

 ある秋の夜のこと。🍂

 歯医者さんは、古くからお付き合いのある、お百姓の家に往診に出かけました。

 武蔵野名物の雑木林のうえに、大きな満月がかかる、冴え冴えと明るい晩でした。


 寝たきりの主の往診を済ませた歯医者さんが、ゆっくりと自転車を漕ぎながらお寺の近くまで帰って来ると、どこからともなく軽快な音楽と足踏みが聞こえて来ます。

 

 ――タンタッタ、タンタッタ、タンタタタン、タンタッタ……。 🎶 🎶

 

 はて、こんな時分になんだろう? 

 ふしぎに思った歯医者さんがそちらへまわってみますと、青い月明りに照らされたお寺の庭で、小さなふたつの生き物がタップダンスを踊っているではありませんか!


 太くて短い首に真っ赤な蝶ネクタイ、短いうしろ脚にピカピカのダンスシューズ。シャレた格好で巧みなタップを踏んでいるのは、いつかのタヌキの親子のようです。


 歯医者さんは自転車を止め、タヌキのパフォーマンスを見物することにしました。


 すると、どうでしょう。🎀👞🐻🐵🐐🐑🐇🐤🐕🐈

 キツネ、クマ、サル、シカ、ヤギ、ヒツジ、ウサギ、リス、モモンガー、イタチ、アヒル、カモ、それに見慣れた近所の犬や猫まで、いつの間にかたくさんの動物たちが集まって来て、タヌキの親子と一緒に踊ったりやんやと囃したりし始めたのです。


 すっかり愉快になった歯医者さんも、毛むくじゃらの腕を振りエールを贈ります。

 月と星と生き物と雑木林と湧き水と……みんながひとつになりました。🌕🌟🍁💦

 

      *

 

 満月が西の空に傾くころに、タップダンスショーはようやく終演となりました。

 踊り終えた親子のタヌキは、息を弾ませて歯医者さんのもとへやって来ました。

 

 ――いやあ、十五夜にふさわしい、すばらしい出し物を見せてもらったよ。👏

 

 歯医者さんの心からの言葉に、タヌキの親子はとても満足そうにしています。


 ぼうやの歯痛を助けてもらったお礼に、毎週末、居酒屋のそばのダンス教室の窓の下に隠れていてタップダンスを覚えたことはもちろん、得意のおまじないで、桜紅葉の葉っぱを蝶ネクタイに、松ぼっくりをダンスシューズにしたことも、ブティックの倉庫から失敬した返品で(笑)小じゃれた衣装をつくったことも告げずじまいでした。

 

      ****

 

 つぎの夜、居酒屋『くノ一』は、タヌキのタップダンスの話題でもちきりでした。

 武蔵野の、とあるまちの小路から小路へと、親子のタヌキが駆け抜けて行きます。

                                  

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たぬきのタップダンス 👞 上月くるを @kurutan

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