【BL】マリーゴールド【読み切り短編】
サーモンハンバーグ
マリーゴールド
夕焼けに照らされオレンジに染まった、都会のビル群の間にある信号の前に俺は立っていた。風はずいぶん秋らしくなっていて、わずかに金木犀の匂いもする。
周りにはたくさんの高い建物があって、俺を見下ろしている。それらがまるで、先程失恋した俺嘲笑っているかのように感じた。
泣かないように、と思ってもつい涙が溢れてしまう。
しかし、都会の人々は皆自分のことに忙しい。誰も、俺の涙なんかを気にしてはいなかった。それは、目の前にいるカップルも同じだ。
「やっぱり誠は、お前なんか眼中にないぞ。そう、眼中にない。対象外。だから無駄だよ、彼を思うことなんて。無駄、意味なし。もうやめちまえ……」
自分自身を責める言葉が、俺の頭をノイズみたいに占領している。
井上誠(いのうえまこと)は俺の親友で、幼馴染で、クラスメイトで、大好きな人だ。いや、大好きな人だった。
しかし、俺は見てしまったのだ。彼が、同じクラスの朝倉絵里と一緒に街を歩いているのを。片手には、何やら大きな袋を持っている。朝倉に渡すプレゼントだろうか。
一緒に、出かけていただけかも。そんな浅はかな希望が胸に湧いては消えてゆく。
十七歳、年頃の男女が意味もなく一緒に出かけたりはしないだろう。そんなこと、わかっている。でも、決して本人に事実を確かめることはできない。
だって、俺は幽霊だから。誠への想いが未練になって、成仏できない幽霊だ。
トボトボと、いや、脚はないので的確な表現ではないが。とにかく俺は、誠たちのあとをついていった。
このあと、人目のないところでキスしたりなんかするんだろうか。
はじめてのキスは、俺だったのに。これは、彼が決して知ることのない事実。
幼稚園の頃のお泊まり会で、みんなが寝静まっている間に、彼の唇にキスをしたのだ。
その時俺はキスの意味も知らないようなお子様だった。でもなんとなくしてみたい、と思ったから。
それが恋愛感情だ、と自覚したのは小学校に上がってからだった。
その時点で俺は、男は女とくっつくものだって知っていたから、この想いは伝えないことにしていた。だけど、もしかしたら、なんて淡い期待を抱いていたのも事実だ。
二人は電車に乗って、家に帰るようだ。俺は宙に浮いて、人にぶつからないようにして電車に乗り込む。
帰宅ラッシュが始まっており、電車の中は少し混雑している。誠はたまたま空いた目の前の席を朝倉に譲っていた。
やっぱり、誠は優しいな。そういうところが好きだったんだぜ、俺。なんて声も、彼には届かない。
「死にてえな……あ、もう死んでるか」
なんて明るく一人ツッコミをしたところで、笑ってくれる者もいない。仕方ない。俺は、はは……と力無く笑った。
二人は、最寄りで降りていった。俺と誠、毎朝通学のために一緒に利用していた、いつもの駅だ。
でも、いま彼と並んでいるのは俺じゃない。朝倉だ。その事実が悲しくて、目から一筋の涙が流れた。
なぜか二人は、同じ方向に向かって歩いていく。誠の家は駅の南で、朝倉の家は北。しかし、二人はまっすぐ西に向かって歩いている。
西の方には、田んぼと畑以外何もない。後は、墓場くらいだ。まさかこの二人、人目がないのをいいことにやることやっちまう気じゃ……
制服の二人は、どんどん進む。俺は不安でいっぱいの中、二人の後をついていった。
誠が他のやつを抱いているところなんて見たくない。だけど、気になってしまう。もう死んだ俺に、どうこう言う権利なんてないのに。
そして、二人がついたのは墓場だった。その時俺は、不安が一周回って怒りに変わっていて、
「お前ら不謹慎がすぎるぞ! 罰当たりなやつらめ!」
なんて後ろから叫んでみたりしていた。当然、彼らには聞こえていない。
しばらく彼らは墓地を歩いていき、ある墓の前でその足を止めた。
そこに掘ってあるのは『新庄家之墓』の文字。新庄、は俺の苗字だ。
二人の目的地は、俺の墓だった。
「まさか、びっくりしたよ。井上くんが新庄くんのこと好きだったなんて」
その場にしゃがんだ朝倉が、膝を抱えながら言った。
えっ、と思わず声に出してしまった。誠が、俺のことを好き? いきなりの衝撃的な言葉に、俺は口をぽかんと開けたままその場に固まってしまった。
「そりゃそうだよ、絶対バレないようにしてたんだもの」
誠も俺の墓の前にしゃがみ込み、二人は手を合わせた。俺は、彼らの前に回り込みその様子を眺めた。
「お墓参りのルールとか全然わからないけど、それでも伝えなきゃって思ってさ。今日は付き合ってくれてありがとうね。おかげで勇気が出たよ」
誠が、手に持っていた袋から何かを取り出そうとしている。
それは、マリーゴールドの花束だった。
「私の花言葉で選んだらってアイデアはナイスだったね」
朝倉が誇らしげに誠の顔を見た。
「マリーゴールド、花言葉は『変わらぬ愛』」
「新庄、僕さ、お前のことずっと好きだったんだよ。だった、じゃないね、今も好き。多分、ずっと好きだと思う。死んでから告白なんて、おかしいよね。でも、大好きだよ」
誠の目から出たいくつもの涙が、彼の頬を伝っている。
「私ったら、敵に塩を送っちゃったわね。告白したら好きな人がいるって断られて、どういうわけか告白の手伝いをさせられているんだから」
誠が申し訳なさそうな顔で答えた。
「ごめんね。でも、君のおかげでちゃんと気持ちを伝えられたよ。本当にありがとう」
「なによ、もう……別に、感動なんてしてないんだからね……」
朝倉は、泣いていた。誠も泣いていた。
「誠、俺も、お前のことが大好きだ」
そして、俺も泣いた。
みんなが泣いている。夕方の終わり、薄暗い中にあるマリーゴールド達だけが、微笑みをたやさずにそこにいた。
【BL】マリーゴールド【読み切り短編】 サーモンハンバーグ @salmon_hamburg
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます