第25話「ドラゴン・パワー」
そういうわけで、ほかの部位を保存食に加工し、一部を新鮮なうちに山の麓の村に転移魔術で届け、俺は仲間たちのもとへ戻った。
最初に俺を出迎えたのは、脇に自分の首を抱えたデュラハン娘――〈デ子〉である。
「マ、マスター! 心配したんですよ!」
「え? なんで?」
村長に貸してもらった宿に戻り、どっこいしょ、と銀テーブルを置くやいなや、デ子は俺に飛びかからんばかりに抱きついてきた。
やわらかいものが胸に当たっている。――でかい。
「ずっと山が揺れていたんです! 村の人たちは竜神の祟りだーって言って……!」
「山は揺れてなかった」
「ええ……」
揺れてたのはお前らだ。
「別になにもなかった。ドラゴンはいたけどおいしかった」
「えっ!? た、食べたんですか……?」
「尻尾だけな」
本当はほかの部位も食べたかったがゴンには逃げられてしまった。
「お前たちにもあとで紹介しようと思うけど、旅の仲間――というより遠征交易係みたいなのが加入した」
「交易係……ですか?」
「そう、俺たちとは別に世界中を回って、うまそうなものを見つけてもらう係の人。あ、人じゃねえや、竜だわ」
「マスター……まさか竜を……」
デ子が驚愕の表情で俺を見つめている。
体は俺に抱きついたままだが器用に片腕で首を掲げている状態だ。
デュラハンおそるべし。
「ゴンってやつなんだ。まあそのうち会うだろ」
「ゴン……威厳が……竜の威厳が……」
そんなもの最初からやつにはなかった。
「んで、ひとまずゴンは近場を回ってみるって。俺たちが自力で立ち入るのが難しそうな場所でも、あいつなら空からひとっ飛びだからな」
「ちなみにそのドラゴンはメスですか?」
それ重要な情報なの?
「オスだな」
「ならいいです」
「お、おう」
デ子、最近妙に人間っぽくなった。
人と関わるようになったからだろうか。
出会った当初より我を出すようになってきたし、仕草や表情も妙に女っぽい。
風呂に入りたいというので温泉を探して、ついでに一緒に入ろうとしたら桶一杯の血をぶちまけられたこともある。――どこから出したんだ。
「あ、そうだ、先にゴンの肉を村に転移させておいたんだけど、村長気づいたかな。よかったら食べてくれってメモも一緒につけといたんだけど」
「それならさっき村のみなさんで食べてました。すごくおいしいって言ってましたよ」
「おー、よかったよかった」
「それに、なんだか力が湧いてくるとか、体の底から感じたことのない魔力がとか、そんなことを言って最近村の娘たちをさらっていったっていう奴隷商人を追っかけて行きました」
「ああ、そういや人さらいにあったって言ってたな」
もともとこの村は周辺国家の戦乱に巻き込まれてこの山の麓へ逃げてきた者たちの村だ。
なにも悪いことはしていないのだが、戦火とは時に無節操に無辜の民を焼くものである。
この山へ移住してきたのは山に竜がいて、また強い魔物たちもいるから人間も容易に手が出せないと踏んだからだろう。
まあ、それはそれで魔物と人間の戦争屋の板挟みになって抜き差しならないわけだが、頭上を飛びかう戦火に焼かれるよりはマシだと思ったに違いない。
「山に住む魔物たちにも話はしておいた。俺が人間の料理を振る舞ったら、えらく感激してな。食材をこの村の人間に提供するかわり、料理を振る舞ってもらうように提案したらどうだって。村長にもその話をしようと思ってんだけど、今いるかなぁ」
「二日で帰る、と言ってましたよ」
ああ、やっぱり村長も奴隷商人追っていったんだ。
「でも娘たちが攫われたのって一週間前だよね」
「マスターに届けられたお肉を食べてから、びっくりするくらいの魔力を発して『これなら世界を一週間で踏破できるわい……!!』って言いながら肉体強化の魔術をかけて駆けだしていきました……」
じじい、無茶すんな。
「そっかー。じゃあ大人しく二日くらい待ってみるかー」
本当に戻ってくんのかな。
◆◆◆
「旅のお方!! この度はご助力いただきなんとお礼を言ったらよいか……!!」
じじい――もといなんか若返ってマッスルになった村長が戻ってきたのは明朝だった。
「奴隷商人をひっとらえて村娘たちを救出できたのもすべては旅のお方のおかげ!!」
「お、おう、よかったな」
じじいの声で宿が揺れる。
力強さがドラゴン級。
「それに、この山の魔物たちとの橋渡しもしてくれたようで!!」
「ま、まあこれでこの村にもうまいもんが現れるといいなぁって」
軽い気持ちでやったんだけど。
「まさしく救世主!! このご恩、一生忘れませぬ!!」
「わかった、わかったから落ち着けじじい。……じじい?」
見た目全然じじいじゃなくなったけど面倒だからじじいでいいや。
「ちなみに奴隷商人どこまで行ってたの?」
「〈城塞の国〉でしたな!!」
あそこまで何キロあると思ってんだ。
マジかよ、こいつあの距離を一日で往復して来たのかよ。
「あの奴隷商人は城塞の国の手のものであったらしく、すでに国の中に逃げ込み守りを固めていたのですが、そこはこの鉄拳で城塞を一殴り! 穴をあけて村人総出で娘たちを救いに行きました!!」
あの城塞って世界で一番強固なことで有名だった気がする。
「いますぐにでもお礼がしたいところではありますが、なにぶんまだこの村には十分な物資がなく……」
「あー、いいよいいよ。物もらっても荷物になるだけだし」
「しかしそれではなにもお礼が……」
「んー、じゃあさ、この村でなんかうまい食材見つけたらそれを教えてよ」
「それだけでいいのですか……?」
「いいもなにも、それが一番だ」
伝達はゴンにでも任せるか。
「たまにあの山の頂上にドラゴンよこすからさ。そいつ見かけたら報告してくれ」
「よもやあのドラゴンまでを手中に……」
じじいがなんか目を見開いているが、俺はじじいの方が怖いよ。城塞の国の城壁を拳でぶち抜くって人間かよ。
これがドラゴン肉の力なのかな。
「まあ、そういうわけでよろしく。短い間だけど世話になったな」
そういって俺は銀貨を数枚村長に渡して村を去った。
いただけませぬ!! とか言っておっかけてきたが、宿代は宿代だ。渡さないわけにはいかない。
「さて、次はどこに行こっかなー」
「ンモ」
ああ、サトウさん、今回はあまり出番がありませんでしたね。
「ンモゥ……」
「本気で落ち込むなよ……」
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