第24話「レッドドラゴンの尻尾肉 ~ドリアード・バジルを添えて~」

 まず、ドラゴンの尻尾肉の加工からはじめることにした。

 ドラゴンの肉の表面には外傷から身を守るための分厚い鱗が張られている。

 なので、まずは魔力刀でその鱗をきれいに剥がしていく。


「できるだけ肉ごと斬りおとさないようにっと」

「魔力が肉に染みわたってはいまいか……」

「大丈夫だ、俺の魔力が通るとたいていの肉は身が引き締まる」

「おそらく根源的な恐怖に身がすくむからであろうな……」


 鱗を剥がし終えたら、肉の表面に張った皮を剥がす。

 この皮はなかなか張りがあって、なにより丈夫だ。

 今回は使わないが、別の食材で料理をするときに肉詰め用に使ったり、長期間放っておいてもめったに腐らないため保存食の入れ物にしたりもできるだろう。

 

「なかなか脂が乗ってるじゃねえか」

「近頃は運動不足であった」


 曰く、竜の尻尾はトカゲと同じように自力で斬り落とすことができるらしいが、なにもなければそのまま維持することがほとんどとのこと。

 そして肉体に繋がっている期間が長ければ長いほど、中に魔力が蓄積され、ときに魔力瘤となり、それが独特な旨味の素になるらしい。


「ちなみにこの尻尾、どんくらい繋がってたの?」

「三十年ほどであろうか。ほとんど余に比肩する外敵に出会わなかったゆえ、尻尾を切ることなどめったになかった……。なかった……はずだったのだぁ……」

「そうか、よくやった」


 三十年物だ。

 中の肉は引き締まった赤みが多いが、皮の近くの肉にはちゃんと脂身もある。

 付け根の方は尻尾全体を動かすための筋肉が発達していて、歯ごえた良。

 先端は外敵との交戦のときや、細かい作業をするときに一番使う場所らしく、ごりごりとしていて堅い。


「とりあえず味がわかりやすいように塩焼きにして食うかな」


 銀テーブルの上で魔力刀を滑らせる。

 このテーブルの良いところは、まな板がなくてもまな板の役割をこなしてくれるところだ。

 魔力刀を振り下ろすたびにカーンと甲高い音がするが、俺の防護魔術で保護しているので傷はつかない。


「ただの銀のテーブルが城塞国家の城壁より頑強とはいかに……」


 調理の最中、ゴンが横からのぞきこんできていちいち小言を挟むが、面倒なので基本は無視だ。


「よし、できた」


 まずは尻尾の付け根と先端のちょうど間ぐらいの場所を直径三十センチほどの円形に切り取って、それを銀テーブルの上に乗せる。

 やはり肉は豪快に食べるのがよい。


「じゃ、焼くぞー」

「そこで焼くのか……」

「大丈夫だ、この銀テーブルはキッチンを完備している」


 まな板ゾーン。コンロゾーン。

 そのほか魔術の工夫でさまざまな使い方ができるのが金属製のテーブルの良いところである。


「火力はこんなもんかな……」

「料理のときは火力をミスらないのだな……」


 貴重な食材を無にするわけにはいかない。

 俺だって気を使う。

 昔からやれば出来る子だってメイドたちに言われて育った。


「おー、良い匂いがしてきたぞぉ!」


 銀テーブルの下に魔術炎を灯すと、じゅわじゅわ、じゅー、と食欲を促す音が肉からあがりはじめる。

 弱火で表面に少し焼き目がでるくらいが良い。


「無論、とれたて新鮮だから焼き加減はレア」


 表面に交易商人から仕入れた水中都市産の深海岩塩をまぶし、ひっくりかえす。

 じゅー。じゅわじゅわ。


「うまい」

「まだ食ってないではないか……」


 香ばしいかおりが漂ってくる。

 

「あ、今の内に飲み物用意しとこうっと」


 ふと思い出して俺は荷物の中から一本のボトルを取り出した。


「〈果物の国〉のレモン酒! その名も〈レモン・シャンパーニュ〉!」


 世界中の果物を育てていると言われる果物の国。

 いずれは直接出向こうと思っている食の宝国だが、このボトルに入っているほんのり黄色い飲み物は道中の交易商人から仕入れたものだ。


「見ろよ、ボトルの中の泡が宝石みたいだろ……」

「ううむ……それには同意する……」


 ゴンも少し物欲しそうに透明なボトルを眺めている。

 きらきらと日光に反射し、黄色――いやむしろ黄金のようにさえわたる輝きを放つ飲料水。

 果物を使った飲み物は数あれど、このレモン・シャンパーニュは中でも一等爽やかで上品な甘みを持った飲み物である。


「お、焼き加減もこんなもんか」


 銀テーブルの上の尻尾肉がちょうどよい焼き加減になっていた。

 火を止め、テーブルを魔術水で洗い流し、水晶の器を作り出してそこに乗せる。


「うまい……」

「いやだからまだ食っていないであろう……」


 最後に最近タマが見つけてきたドリアード・バジルを乗せ、ついに完成した。


 『レッドドラゴンの尻尾肉、ドリアード・バジルを添えて』。


「うーん、この豪快さと上品さをほどよく兼ね備えたすばらしき肉料理」

「おおむねここまでに至る過程は野蛮人のそれである」


 レモン・シャンパーニュを魔術で作り出した氷のグラスに注いで――


「いただきます!」

「召し上がれ……」


◆◆◆


 じゅわ、じんわり、ほわぁーん、んまぃ!


「ゴン、じゅわ、じんわり、ほわぁーん、んまい! だ」

「なにがであるか……」


 ナイフを突き立てると、思っていた以上にすんなりと刃が肉を裂いた。

 

「思ってたより柔らかいんだなぁ」

「魔力瘤が近くにあったからであろう。あれは周囲の肉の代謝を促進させ、常に最良の状態に置く。尾の中間の肉であればコリなどによって伸縮を妨げぬよう、適度にやわらかい状態を維持するのだ」

「魔力ってのは食材にとって良いものなんだな」

「基本的に自分の魔力は自分の肉体にとって良いものだ。生命エネルギーと相違ない」

「なぁるほど」


 甘みはほどよく、旨味は強し。

 口の中に広がるドラゴンの脂の旨味は、なかなか味わったことのない深さを持っている。

 舌に染み、体に染み、まるで細胞が喜んでいるかのようだ。


「水中都市の深海岩塩が最初に来て、その塩味が次に来る肉のうまみをより強く感じさせてくれる」


 また、味わい深くありつつ、しつこさはない。

 しっとりとしていて、適度に旨味を感じさせたあとは、すとんと胃に落ちる感じ。

 

「無駄がないな」


 ドリアード・バジルを上に乗せて食べてみると、また違った味を醸しだす。

 前にどんな味を備えておくかで、肉の味がまるで虹のように変わっていくのだ。

 そしてそのどれもが美味であるのが、ドラゴンの肉の奥深さであると思われる。


「はあー、レモンでさっぱり、しゅわしゅわー!」


 肉、肉、と続けたあとはレモン・シャンパーニュで口の中の脂を切る。

 また肉を食べる。

 じゅわ、と中から旨味がしみだしてきて、ほんのりと体に広がっていく。


「なるほど、幸せだ」

「うまかったのならなによりだ……ああ、せめてもの」

「ゴンも食べる?」

「余!? 余は……さすがに自分の肉は……」


 まあそりゃそうか。


「しょうがないなぁー、じゃあお前にはこれやるよ」


 俺はレモン・シャンパーニュのボトルを開けて、ゴンの口の中に放り込んだ。


「ボトルごとか!?」

「待ってろって」


 指を鳴らす。

 転移魔術でボトルだけ手元に戻す。


「むぉ!」

「どうだ、うまいだろ」

「ううむ……これはうまいな……すっきりとした味わい……しゅわしゅわとした舌触り……野生界ではけっして味わえないものだ」


 ただのレモンなら食えるだろう。

 しかし食材はなにかと掛け合わせたり加工をすることでさらにうまさを引き出せる。

 それが料理のすばらしさだ。


「というか、転移魔術を使えるのならわざわざ自身で銀テーブルをかついでここまで登ってくる必要は……」

「ロマンがない。おもしろくない。自分の足で歩くことに、旅の情緒がある」


 まあサトウがいれば乗るけど。


「そういうものか……」


 ゴンはまだ口の中でレモン・シャンパーニュをもごもごと味わっている。

 さすがに竜の体躯にあの量は少なすぎたかな。


「人間と魔族が争う時代が終わり、余もここのところするべきことを見つけられず暇であった……。これを機に下界の料理というものに触れてもいいかもしれんな」


 ゴンがなんかしみじみ言っている。


「種族の違いだけで争うのは不毛だからな。まあ、それでもまだあちこちじゃ争いが起こってるけど」


 どいつもこいつももっと料理をすればいいのだ。

 食卓を囲んで一緒にうまいメシを食ってればたいていのことはどうでもよくなる。


「だから俺は自分のレストランで世界平和を実現する……!」

「絶対そんなこと思ってないであろう……」

「え? 思ってる思ってる」


 失敬な。

 まあ全身が美味な種族がいたら手違いで絶滅することもあるかもしれないけど。


「せめて俺のレストランでメシ食ってるときだけでも平和が実現できれば、それはそれでありじゃねえ?」

「まあ、そうかもしれんな」


 ゴンが目を細めながら空を眺めてうなずいた。


「だからゴン、尻尾もう一本――」

「余の心中に平和は訪れぬ……!!」

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