第23話「断じてトカゲではない」

「くそう、こんなことならサトウを連れてくるんだった……」

「貴殿、その背中の妙な光物ひかりものはなんだ……」

「え? そりゃ決まってるだろ。俺の商売道具だよ」

「商売……?」


 しかし山頂は寒い。

 ひとまず俺は背負ってきた銀のテーブルを降ろして火の魔術を使うことにした。

 というかお前ドラゴンなんだから口から火でも吐いて気温くらい調整しろよ。

 来訪者に対するおもてなしがなってねえな。


「くそ、最近火の魔術使ってなかったから術式が編みづれえ。適当でいいか」

「ちょ、ちょちょ! ま、待て!! 待つのだ!! そんな魔力を込めた火の魔術を使ったら山頂が吹き飛ぶ!」


 え?

 大丈夫だよ。

 いくらおなかが空いて細かいことがどうでもよくなってる俺でもそんなへましないって。


「や、やはりあのときから変わりない馬鹿力……肉体に関しても三歳時点で竜の鱗を撫でて割るほどだった……余は初めてあのとき死を覚悟したというのに……!!」


 だから違うってば。

 

「じゃあそっちが暖めてよ」

「わ、わかった、だから魔力を……」


 しかたなく術式を解く。


「ふう……」


 ドラゴンはいかめしい面に安堵を乗せて、ほっと一息つく。

 それから小さく口を開けて火を吹いた。

 うん、ちょっとずつ暖かくなってきた。


「常人なら皮膚がただれておると思うのだが……」

「いやいや、まだ家のコタツの方が暖かいわ」

「コタツ……魔王城のコタツはそんなにも火力が……」


 まあ親父が最近歳のせいか冷え性って言ってたから、温度設定は高めだったけど。


「しかし、その銀のテーブルも溶けないとはなにごとか……」

「ああ、大事な商売道具だから、防護魔術かけてある」

「おお……隕石メテオが直撃しても壊れなさそうであるな……」


 隕石程度で壊れてもらっちゃ困る。


「ところでさ」

「なんだ」

「ドラゴンっておいしいの?」

「……」


 昔、ある地方の住民が食糧難で俺のところを訊ねてきたことがあった。

 そのとき俺はふと思いついた。

 

「ドラゴンってさ、再生力すごいじゃん?」

「余の場合は角以外がな」

「ってことはさ、ドラゴンがうまかったら食糧難解決じゃん」

「今貴殿の頭の中でどういう帰結が……」

「いやだから――」


 ドラゴン食べる。

 再生する。

 またドラゴン食べる。

 再生する。


「ばんざーい!」

「……」


 あれ?

 俺変なこと言った?

 いたってまともな帰結だと思ったんだけど……。


「やっぱり魔物はバカだな……」

「その元締めの後継者がなにを……」


 親父や家にいるメイドたちもたいがいだったが、やはりどうも俺とやつらは思考水準が異なる。

 だから人間に足元をすくわれたりするんだ。


「なあ、一回翼開いてみて?」

「なにゆえ……」

「いいからいいから」


 俺が言うと、レッドドラゴン――長いから『ゴン』にしよう――が弱々しく翼を開いた。


「もっと」

「はい……」


 おお、なかなか大きい。

 付け根から伸びる骨はごつごつとしているが、翼膜は煮込めば食えそうだ。

 この巨体を浮かせるだけあって肉厚だが、その分歯ごたえは楽しめるだろう。


「息子殿……目が怖いのだが……あとよだれ……」

「ゴン、お前やっぱうまそうだな」

「ゴン!?」

「お前は今日からゴンだから」

「あ、はい……」


 ふむ。

 翼膜もうまそうだが、やはりまずは尻尾だろうか。


「尻尾切っていい?」

「ダメに決まっておるであろう……」

「よし、ありがとう」

「人型なのに竜より人語が通じなぁぁぁい!」


 徐々にキャラが壊れて来たな。

 気の毒に……。


「……」


 すごいジトっとした目で見られた。

 「誰のせいだ」とたぶん言いたいのだろうが、断じて俺のせいではない。


「わ、わかった。尻尾は分けよう……。しかし自分で斬るゆえ、頼むからその服の下に展開させた魔力刀をしまってはくれまいか……また治らなくなる……」


 最近包丁代わりに使うことが増えた魔力刀。

 今のところ斬れないものはないので竜の尻尾くらいなら問題ないだろう。

 そう思ってしれっと魔術を展開させていたが、ゴンは目ざとくそれに気づいたらしい。


「てか自分で尻尾って切れんの?」

「まあ、やむを得ない場合はな」

「トカゲじゃん」

「むぅぅぅぅぅぅん!」


 そういえば昔、親父が『ドラゴンにトカゲは禁句じゃ。トカゲに羽根が生えただけと言うとたいていのドラゴンは怒る。まあ、種のプライドのようなもんじゃな』と言っていた。

 ゴンが体をぷるぷると子犬のように震わせて内なるなにかと戦っているように見えるのはそれが理由だろうか。

 

「……ふう、余、よく耐えた」


 ゴンがようやく大きな息を吐いた。

 内なるなにかに打ちったようだ。


「では、切るぞ」

「わくわく」


 そう言うや否や、ぴしり、と音がなってゴンの尻尾が根元のあたりから綺麗に裂けた。


「おー」

「はあ……」

「あ、でもこんなにいっぱいはいらねえわ」

「ひどい……」


 だって食いきれないし。


「しょーがないなー。保存食にして持って帰るからそう落ち込むなよー」

「ぜひそうしてくれ……」


 さてさて、問題は味である。


「素の味を活かす塩焼き。タマの黄金エキスを使ったソテーとかも捨てがたい……。保存用は燻製にして……」


 衣をふってカツにするとかもいいなぁ。

 肉はさまざまな料理に使えるのが良いところだ。


「うーん……でも最近調味料が不足気味で、あんま持ってこられなかったから、大人しく塩とか胡椒あたりで焼いてみるか……」

「当の食材の元を前にしてこれだけきらきらした目で調理法を考えられるのはある意味才能であるな……」

「じゃあなんだ、『うわ、これまずそうだけど食ってみるかぁ』とか言われながら食われたいのか」

「いや、た、たしかに、それよりはこっちのほうがいいが……」

「そうだろう。お前にも食材としての自覚がでてきたようでなによりだ」

「余、食材……」


 ほろほろとゴンが泣いている。

 あ、その液体もちょっとうまそうだな。

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