第四幕【不幸なドラゴン】

第22話「片角の折れたドラゴン」

 ドラゴンってさ、やっぱり一度は憧れるじゃん?


 かくいう俺もさ、昔は憧れててさ、「俺、大きくなったらドラゴンになる!!」とか本気で言ってた頃があるんだけど、ドラゴンより強くなってしまうと途端にその憧れが弱くなるのは切ない話だよね。


「のう、貴様」

「ん?」

「当のドラゴンを前にしてそれを言うのはどうかと思うのだが……」

「いやいや、ちゃんと憧れてたよってことを伝えた方がいいかなって思って」

「いや、その、まあ……うむ……」


 世界で三番目に高い山の麓にある村で宿を取っていたら、住民に「この山にはおそろしいドラゴンが住みついているんです」と言われ、俺は相棒たちを置いて山に登ることにした。

 おそろしいかどうかはさておき、ドラゴンなんてずいぶん見てなかったし、俺自身確かめたいことがあったので、好奇心優先で動いた次第だ。


 道中、何度かほかの魔物に出くわしたが、村人たちが「ほかにもおそろしい魔物がうじゃうじゃと……」というわりにはみんな温厚で、「腹が減った、食材をくれ」と言うとなぜかみんなそろそろと尻尾を巻いて逃げて行った。


 『お願いです、食べないでください……』


 ふざけるな、腹が減っているのになにも食うなとはなにごとだ。


「ちょっとくらい恵んでくれてもいいのに……」

「まさか貴様、ここまでそんな魔力を垂れ流しながら登って来たのか……」

「え? たしかに俺は腹が減ると魔力が垂れ流しになるって家のメイドたちに注意されてきたけど、別にそれはたいした量じゃない」

「いや……その……貴様の垂れ流すばかげた魔力に地脈炉が感応しているのか、終始山が揺れておるのだが……」

「揺れてるのは山じゃなくてお前たちだ」

「ええ……」


 俺を歩く自然災害みたいに言うんじゃない。風評被害だ。


「山に住みつく魔物たちが恐怖に身をすくめていたのもうなずけるというものだが……」


 なんで怖がるのが俺のせいなんだ。風評被害だ。

 

「ま、まあいい。とにかく、よくここまで登って来られたな。……よく山の方が持ったと思う」


 俺が山のてっぺんに辿りついたのはつい数分前のことだ。

 村人たちのいうとおり、たしかに頂上にはこうして赤い体表のドラゴンがいた。

 平らにならされた限られたスペースの半分ほどを埋め尽くす体躯。

 今は畳まれているその翼は巨体を浮かせるに足る巨大さと力強さをたたえているのだろう。


「ところで貴様……あ、いや、貴殿きでん

「ん?」


 と、ドラゴンが伏せっていた状態から身を起こし、まるで王の御前に居直る騎士のようにぴんと背筋を張った。

 改めてみるとなかなかでかい。

 直射日光が遮られてちょうどいい。


「余の気のせいかもしれんが……どこかこう、貴殿は昔会った魔王の息子殿に顔が似ている気がするのだが……」

「気のせいです」

「いやしかし、その黒い髪に紅い瞳……」

「人違いです」

「右目の下の泣きぼくろとちょっと垂れている目尻……」


 よくそんなこまけえところまで覚えてるな。

 ドラゴンの無駄に優れた記憶力に感嘆は表したい。


「俺、ドラゴンとかあんまり会ったことないし」

「本当か?」

「うん」

「誓って?」


 しつこいな。


「んんー……あ、そういえば昔、一体だけ赤い体表のドラゴンに会ったことあるわ」


 思い出した。


「でもそいつ、すげえ厳めしい顔して『我こそは魔王陛下の忠実なる配下、竜王〈ガレスティール〉である』とか超かたっくるしい言葉遣いしてたから、お前とは違うと思う」


 はじめてドラゴンを見てはしゃいだ俺は、親父の許しもあってそのドラゴンの背に乗って空を飛んだことがある。

 ちなみにそのとき、ついはしゃぎすぎてハンドル代わりに握っていた角を一本折ってしまった。

 ドラゴンは再生力にも優れていて、怪我の一つや二つ瞬く間に治るのだが――


「そ、そうか……。ちなみに余はかつて、とある高貴な方に角を折られてしまったことがあってな……。いまだに角の周囲をその方の魔力がうずまいていて治りが遅いのだ……」

「おお、かわいそうに」


 世の中にはひどいやつがいたもんだな。

 会ったらしょっぴいてやる。


「ちなみに余の名前はガレスティ――」

「ところでさ」


 ドラゴンっておいしいのかな。

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