第21話「魔法新聞が言うには(その2)」
あれから数日。
俺は霧の街を抜けて、晴れ晴れとした陽光の中、旅人や商人がちらほらと見える行商街道へ戻ってきていた。
俺はいつものようにサトウの肩に座って景色を眺めている。
特等席だ。
「いやぁ、今日は天気が良いなぁ」
「キュピ」
俺の頭の上ではタマがさらなる特等席でぴょんぴょんと跳ねていた。
そんな中――
「日の光は苦手です……」
俺の斜め下。
視界の端に、黒い鎧甲冑に首から下を包んだ絶世の美女がいた。
首が微妙に横にずれているが、まあ許容範囲だ。――おい、前から聖職者っぽいの来た。ちゃんと直しとけ。
「あ、マスター、魔法新聞売ってますよ」
デ子はその長身を可愛らしく飛び跳ねさせ、俺の方を見上げながら言った。
それにしても、初めてマスターだなんて呼ばれる。実はちょっと嬉しい。
今まで従業員が喋れない魔物ばっかりだったからな。――サトウは怪しいけど。
美女にマスターなんて言われるのも良い気分である。――おい、だから首ズレってから。俺をもう少し感動に
デ子が指差す先には、どこかの国の騎士一団に新聞を押し売っている新聞屋の青年の姿があった。
あれ? あいつどっかで見たことあるわ……。
――ああ、前にタマの黄金肉食った鳥人たちの活躍を記事にして新聞を売ってたやつだ。
「奇遇だな。てかあいつの行動範囲超広いな。……もしかしてあいつも俺みたいに新たな新聞の分野を発掘してるのか?」
一地域ではなく、世界を旅しながらその場その場のコアなネタを扱って、その場で売り払う現場重視の新聞屋。
うーん、ありそうだけど、この世界は広いからなぁ。
もしかしたらまともにやるやつあんまりいなかったのかもなぁ。
「おや、どこかで見た顔っすね!」
「おう、久しぶりだな」
すると、騎士一団に片手で追い払われた新聞屋の青年は、ふとこちらに気づいて快活な声をあげながら近づいてきた。
爽やかなやつめ。――嫌いじゃない。
「あっ、その白いゴーレムは――〈旅する銀のレストラン〉の旦那じゃないっすか!」
俺じゃなくてサトウを見て気づいたよね今。
……あれ? 実はサトウの方が存在感ある……?
「俺が旅するレストランやってるって知ってたっけ?」
「いやぁ、実はあの鳥人の英雄さんたちに聞いたんですよ。あとほかの旅人さんにも聞きました。世界のどこかに不思議な銀のテーブルをトレードマークにした移動式レストランがあるって!」
おっ! 順調じゃん! いいねいいね!
「ンモ」
わかってますってサトウさん。
たぶんあなたのおかげです。
「今日はレストラン、開かないんすか?」
少年のような煌めきのある笑みで、新聞屋は言った。
遠目には青年と言ったが、こうしてみると少し落ち着きのない――されど情熱と活気のある少年のようだ。
明るい茶色の茶髪が、またそんな印象を強くさせる。
「夜じゃないからな」
「えー、残念っす! あ、でもでも、せっかくだから僕の新聞、買ってくれますよね?」
「なかなかしたたかなやつだな。でも俺はお前の新聞好きだから、買おう」
「お、気前いいっすね! あっちの騎士のみなさんはケチだったんで助かりますよぉ」
「ふーん」
俺はサトウの上から銅貨を三枚投げながら向こうに見える騎士を見た。
「あざっす!」
「この新聞って結構手が込んでるよな」
「あはは、実は僕、事情があって魔法だけは得意なんすよ!」
やっぱり魔術じゃなくて魔法か。
「それで、最初はいろいろ物騒なことやらされたりしてたんですけど、もういろいろ面倒になって、全部投げ捨てて今はこうやって好きなことやってるっす!」
「いいことだ。共感する」
俺も似たようなもんだ。
……そういえばあの勇者も、晴れて爆散の呪いが解けたことだし、好きなことやってるといいな。
「そういえば、これはまだ噂なんすけど、『旅する金のレストラン』とかいうものも
そんなことを思っていると、新聞屋が聞き捨てならない情報を口から放った。
「ぬぁにッ!! パクりか! すでに俺のパクりをするやつが出てきたのか!!」
「はは、どうでしょうね。――でもでも、その金のレストランは旦那の銀のレストランと違って、『やたらと飯がまずい』らしいっす」
よし、ライバルにはならなそうだ。
……え? それめっちゃ怖くね? マジもんの飯テロじゃん。
こええ……。
「遭遇した人はみんな怯えた様子で『ギラついた金のテーブルとケンタウロスを見かけたら逃げろ。いいから逃げろ。飯に殺される』って言うらしいっす」
「怪談よりこええな」
「こわいっす……」
ほら、デ子も怯えてる。
こいつ死霊系の魔物だぞ。
それを怖がらせるってすげえぞ。
「最近のケンタウロスは飯テロすんのか……」
「マスターは若い男の人らしいっすけど、その人はむしろ同情してくれるって」
「いやでもマスターなんだろ? マスターならなんとかしろよ。まったく、ダメなマスターがいたもんだな」
ケンタウロスの一頭や二頭、どうにかしろ。
ああ、そういやうちの実家にもやたらべたべたしてくるケンタウロスがいたな。
すごく美人だったけど、下が馬だしなぁ。
嫌いじゃないんだけど、寄られてもどうしようもねえからなぁ。あいつ、元気かなぁ。
「ってわけで、またなんか情報あったら教えてあげますよ。旦那はうちの貴重な常連さんですからね!」
「おっ、いいね、恩に着るよ。ちなみにこの新聞の名前は――」
「あっ、『マツダイラ新聞』っす!」
「なにそれめっちゃ響きに親しみがある」
「えっ? そうっすか? もしかしたら実家近かったりするかもしれないっすね!」
待って、俺、もしかしたら生命誕生と同レベルに近い偶然に立ち会ってる最中かもしれない。
「あっ! もっとお話ししてたいっすけど、時間がアレなんで、今日はこのへんで! またそのうち出会うかもしれませんね! そのときは夜であることを祈るっす!」
「お、おう、ぜひまた来てくれ」
切実にお願いする。
そうして俺は新聞屋マツダイラ(仮)と別れた。
あいつどこ出身なんだろ……。
世界は広い。
……いやいや、たぶん異世界だろ。
◆◆◆
新聞に目を通すと、そこにはまた動く絵が貼り付けてあった。
魔法新聞の特徴の一つ。
しかも前と比べると色彩に鮮やかさがある。
なるほど、常に進歩しているらしい。
なかなかやるな、マツダイラ。
「『霧の街メルドゥーサ、赤い宝石ソースで見事町おこしに成功』か。――やったな、爺」
ついでに俺の懐が潤っていく。
「『町おこしのきっかけは奇妙な銀のテーブルを背負った男の助言。今噂の〈旅する銀のレストラン〉のマスター説浮上!?』……おおう、大げさに報じてやがる。てか爺もずいぶんと律儀だな」
ありがたい。
しかしあまりおおっぴらになりすぎてもワクワク感がないな。
隠れ家的な方が良い気もする。
今度はもう少し深い場所に行ってみようか。
「ま、適当にまたどっか行ってみるか。新しい食材見つかるかもしれないしなぁ」
「私はどこまでもお供しますよっ、マスター!」
デ子がうきうきとして満面の笑みを向けてきている。
お前も結構旅好きなんだな。
まあ話し相手が増えて、俺も実は結構嬉しいけど。
「てかお前、魔物なのに普通に人語喋るよね。もしかしてサトウたちと通訳――」
「頭は人間ですけど、身体は魔物です。通訳はまだちょっと難しいです」
「なにそれ斬新!!」
よくわからないが、デ子がそういうのでひとまずそういうことにしておこう。
なに、問題はない。
俺には魔物テイマーとしての才能が――
「ンモウ」
「そうだね、調子に乗るのはやめておくよ、サトウさん」
いいからお前は俺の内心を読むのをやめなさい。
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