第20話「二色の宝石パスタ」

 空家に戻ってきた。

 あのあとデ子の身体の方から凹んだ『たらい』を貸してもらって、そこにあの赤い宝石ソースをすくい、持ち帰ってきた。


「あー、道具がないな」


 ふと思い出す。

 銀のテーブルはあるが、パスタを茹でるための鍋がなかった。

 我ながら手持ちが悪い。


「あの爺さんちに押しかけて借りるか」


 宿泊者にちゃんと説明しなかった罰もあるので、適当に言いがかりつけて押しかけよっと。


◆◆◆


「な、なんじゃあ……この状況は……」

「やあやあ、爺さん。良いこと教えてやるぜ。俺は結構根に持つタイプだ」

「な、なにをじゃ……」

「あれだよあれ――めんどくせえ、いいから鍋と火を貸せ。このさびれた街に一大ムーブメントを起こしてやる」


 宝石ソースの源流たるあの森に近いこの街は、もし今回のパスタ製作がうまくいけば似たようなことをして人を集められるかもしれない。


「街がさびれたことをわしがうれいていると知っておったのか……」


 いや知らないけど。

 あてずっぽうでそんな感じかと思ったらマジでそんなだったんだな。

 ならあんな空家残しておくなよ。


「怪談話で注目を集めようとしておったのじゃが……」

「怪談にマジもんの死霊系魔物を使うんじゃねえ」


 そんな話をしながら、こんなこともあろうかとタマの中で熟成しておいた黄金パスタを取り出し、鍋に水を入れて茹ではじめた。


「ちなみにこの鎧の女子おなごは……」


 じいさんは家の中に押し寄せてきたサトウ、タマをビクつきながら見つつ、さらにひときわ物々ものものしい鎧に身を包んでいる長身のデ子を見ていた。

 今は首がついていて――本当は乗せてるだけでくっついてないけど――見た目だけはマシだ。


「デ、デ子です……」


 面妖な、とでも言いそうな顔で固まった爺さんだが、デ子の一礼と恥ずかしそうな仕草にイチコロされたらしい。――おいデ子、気をつけろ、今首が横にズレてたぞ。


 そうしてどうにかこうにかごまかしつつ、俺はパスタを茹で上げた。

 

◆◆◆


 ゆで上がったパスタを皿に乗せ、その上から例の宝石ソースを掛ける。

 やっぱりまともな光があるときらきらと輝いていていっそう綺麗だ。

 タマコーティングした黄金パスタとの相性もばっちり。


「ふおお……」


 爺さんが昇天しそうな声をあげている。


「まあ食え。爺さんの分も作ってやった」


 パスタの量がぎりぎりだったが、まあ今回の客ということで多めに見てやろう。


「で、では」

「いただきますっ」


 爺さんのあとにデ子が声を嬉しげに声を張り上げる。

 爺さんとデ子は、同時にフォークで二色の宝石パスタを巻き取り、口に運んだ。

 すると、


「う、うまい!」

「おいしいっ!」


 二人が同時に飛びあがるようにして椅子から立ち上がった。

 なんだか目が輝いている。――あれ? マジに輝いてない? 物理的に目から光溢れてない?


「うおっ、まぶしっ!」


 また変な効能出やがった!!

 食ったら眼がきらきらするパスタとかイロモノすぎるだろっ!

 うまいのはいいことだが、これはまた不思議なことになった。


「穀物の甘みを増幅させつつ、一噛みごとに口の中に広がっていく上品な旨味! そしてなにより心地よいソースののど越し! 不思議じゃ、喉を撫でるようなのに、まったく不快感が無い!」


 そこらへんの爺さんなのにいろいろと言葉が出て来るな。


「老いぼれの身に若さの輝きが戻ってきたようじゃ!」


 え? そんなに? あっ、まぶしっ! その目でこっち見んな!


「こ、これじゃ! これで街に活気を! ど、どうやって作るのか教えてくれ!!」

「よし、なら取引をしよう。まずあの空家をぶっ壊した弁償代をチャラにしてくれ」

「構わんぞ!」

「いっそあの家誰も住んでないなら俺にくれ」

「うむ!」


 気前良いなこのジジイ


「よし、あとは――もしこの街の活気が戻ってきて、街のふところが潤った暁には、あの空家にいくらかの金を入れてくれ」


 これが通れば食材費が浮く。

 わりといつもいっぱいいっぱいだから、どこかに蓄え置いておきたいわ。


「無論じゃ! 街の救世主になるからの!」


 うわあ、なんかすらすら要求通っていくの見てるとこの宝石ソースやばい効果あるんじゃねえかと思えてくるわ。

 ――おい、デ子、お前は一心不乱に食いすぎだ。

 俺は爺さんの隣でひたすらもっきゅもっきゅとパスタを頬張っているデ子を見て思った。

 しかしまあ、感動しているようだから水は差さないでおいてやろう。


「なら交渉成立だ。――この『二色の宝石パスタ』のきもとなるのは上に乗った赤い宝石ソースの方でな」


 タマ特製の黄金パスタはさすがに無理だろうが、おそらくこのソースだけでも十分なうまさにはなるだろう。

 『二色の宝石パスタ』は我が銀のレストランの特別メニューに加えるので、こちらよりうまいものが街に並ぶの良くない。うん。


 俺はその後、爺さんに赤い宝石ソースの場所を教え、さらにそれを使った新製品を作ったら俺に報せるという確約を取ったうえで、採取権を分けることにした。

 まあ決まりとかないし、別にほかのやつが見つけても文句は言わないけど。一応ね。


 それから俺は名残惜しそうに最後の一口を食べたデ子を連れて、爺さんの家を出た。

 成功を祈るぜ、爺。


◆◆◆


「デ子、今度からあの空家に住むといいよ」

「えっ!?」


 空家への帰り際、俺はデ子に言った。

 実をいえば、あの空家を買ったのはデ子のためである。

 この感じだと、デ子は特に家族――魔物的には群れ?――を持っているわけではないらしい。いやデュラハンの群れとかおっかなすぎるんだけどさ。


「デ子、このへんに一人でいるんでしょ?」

「は、はい……」

「じゃあ、寂しくなったらそうやって首を乗せて、街で暮らせばいい。たぶん、注意してれば大丈夫だよ。――あ、首無し馬コシュタ・バワーもちゃんとバレないようにね」


 言うと、デ子は黙り込んだ。

 不意に黙りこんだデ子を不審に思った俺は、斜め後ろを歩いているデ子の方を振り返り――


「うおっ」


 直後、身体から飛び跳ねるようにして俺の胸に飛び込んできたデ子の生首を受け止めた。――なにこれめっちゃホラー。


「あ、あの、ついていっちゃダメですか……?」


 俺の胸の中で顔がもぞもぞ動きながらこちらを見た。――なにこれめっちゃホラーマジホラー。


「い、いや、別にいいいいいけど」


 勢いに負けて考えもせずうなずいてしまった。――ちょっと、お前それかろうじて絶世の美女面だから許されるけど一歩間違ったら動きだけで人失神するからやめて。


「じゃあ、ついていきます!」


 麗人風の顔を少女のような明るい笑みに彩って、デ子は頭を俺の胸の方に寄り添わせてきた。――喜んでいいの? 首だけしかないけど、喜んでいいの? わかんねー!

 デ子の今の心境を表現するように、ぴょんぴょんと飛び跳ねている鎧甲冑の身体の方を見ながら、俺は嘆息することしかできなかった。


 ――まあ、首を乗せておけばひとまず街中でも大丈夫か……。


 俺はデ子をどうやって普通の街中に連れて行こうか一人で考えていた。

 まあ、サトウでもぎりぎり大丈夫だし、なんとかなるだろう。

 うん、大丈夫大丈夫。

 ふー。


 ――これ首くっつけられたりしない?


 実家のメイドに手紙送って訊いてみよっかな……。あいつら魔物にくわしいし。

 なんか知らないかなあああ!

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