第18話「天性のドジっ子(※死霊系)」

 正直、三度目も来るかどうか心配だった。

 

 ――来たけど。


 あいつ馬鹿なんじゃねえかな。

 どうやらなにがなんでも俺に血を掛けたいらしい。


「なりふり構わなすぎだろッ‼」


 すでにぶち壊れている扉から、首無し馬コシュタ・バワーごとすげえ勢いでつっこんできた。

 もはやこいつにデュラハンらしい体裁など微塵も感じられない。

 轟音とともに駆けて来たそれは、勢いあまって対面の壁に激突し、その壁をぶち破っていった。

 そのかんに首無し馬に乗りながらぶちまけられた血は、家の中の壁を横一線に赤く彩る。

 ちなみに俺は屈んで避けた。

 勢いあったから掛からなかったわ。

 ホントドジだなぁ、あのデュラハン。

 ……あっ、


「サトウさん……」


 サトウは腹部を斬られた人間のように腹のあたりを赤い一文字いちもんじに彩っていた。

 またサトウだけとばっちりである。

 さすがのサトウも少しお怒りのようである。

 とってつけた赤い鼻がぴくぴくしていらっしゃる。


 すると、デュラハンが馬に乗ったままぶち抜いていった壁側から、俺たちの様子を窺うように犯人がちょろっと首を出していた。

 首は無いんだが、身体の動きが首を幻視させる。

 手を壊れた壁の枠に掛けて、こそこそしている。

 少し屈んでいるところを見ると、やっちまったとは思っているのかもしれない。

 サトウにビビっている可能性もある。


 そうしてデュラハンはこちらの様子に気づき、


「ッ――!」


 ぷるぷると震えながら完全に跪いてしまった。

 すごく悔しそう。


 デュラハンはそのまま背中を向けて、ついに座り込んでしまった。

 背中から哀愁が漂っている。

 指で地面に何か文字を書いていた。

 いちいちすね方が人間的すぎるんだよ、お前。


「はあ……なに? なんでそんなに俺に血を掛けたいの? マジで死の予告とか宣告なわけ? 俺お前の同類の死霊系魔物の知り合いたくさんいるんだけど、そいつらいわく『あなたはたぶん私たちより死にづらいです……』とかヒき気味に言われてるんだけど。お前は違う見立てなの?」


 死霊より死にづらいって、もうわけわかんねえな。たしかに呪いとかそういう感じの魔術はまったく効かないけど。

 すると、俺の言葉を受けたデュラハンは、ハッとしたように立ち上がり、俺の方に小走りに駆けて来た。

 そうして俺の手を取って、てのひらになにやら指で文字を書きはじめる。――指文字か。


「ちょっと待て、ゆっくりかけ」


 俺の声をどう聞いているのかもわからないが、デュラハンはまるでその言葉をたしかに聞き取ったように、ゆっくりと俺の手に文字を書いていった。

 ふむ、なになに――


「首を、なくし、ました。かわの、むこうに、あって、とりに、いけない、ので、とってきて、いただけ、ませんか。――やっぱりドジっ子じゃねえかッ!!」


 びくっと肩を跳ねさせるデュラハンにいっそのこと愛嬌さえ見て取れる。

 こいついちいち反応が少女然としててあれなんだよ。ちょっとかわいいとか思えてきちゃった俺やばいかもしれない。


「てか川渡れねえのってコシュタ・バワーの方じゃなかったっけ? あれ? デュラハン本体も川渡れねえの? くそう、お前らの伝承って誤差あるからわけわかんねえな。もっと種族に統一性持たせろよ」


 まったく、死霊系は同じ系統でも微妙な差異があってわかりづらい。

 

「そもそも川渡れねえって。そんなに身体でけえくせに……ん? ……これでも、おんな、です……? あっ、ホントに、女性で……」


 でけえ女がいたもんだ。

 俺よりでけえ。

 たしかに言われてみれば、首元の鎧の隙間から見える身体は女性らしいスレンダーさも見えなくもない。いやでも背がたけえ。

 鎧着てるから余計にこう、ね? ――別に悔しいなんて思ってない。種族のチガイデスカラ。


「はあ、ともかく、謎な弱点持った魔物がいたもんだな。――てかなんで渡れねえ川の向こうに首を忘れるんだよ」


 言うと、またデュラハンは俺の手に文字を書いていく。

 一旦女だということがわかると、なんだかその仕草が艶めかしいものにさえ見えてくる。やっぱやばいかもしれない。


「ふんふん。……綺麗な景色の場所を見つけたので、そこに首だけおいて景色を楽しみながら、身体は別行動していたら、運悪く豪雨がやってきて、洪水やらなにやらで微妙な川が出来て――お前不幸属性もあんのかよ……」


 こいつすげえな。不幸とドジあわせもっちゃってる天性のドジっ子だよ。


「わかったわかった。なんかよくわからんが、とにかく首を取ってきて欲しいのね。てか街にも人いるんだし、そいつらに頼めばよかったんじゃ――」


 と、言いかけて、俺は次に手のひらに描かれた文字を見てそうすることができなかった理由に気づいた。


 どうやらこのデュラハン、自分のせいで誰かを悲しませるのが嫌だったらしい。


 デュラハン=死の予告だなどと、そんな伝説を立てられてしまっては、たとえ他意がなくてもやられた者は悲しむ。

 魔物に耐性のある者ならば、「そんなもの」と思うかもしれないが、街の人間はそうはならないだろう。

 それにしてもこのデュラハン、変なところで律儀すぎる。

 

「方法が極端すぎるんだよ、まったく――」


 まあしかし、そういうところは嫌いではない。


「……あ、少し話変わるけど、なら今までの血液ってどっから持ってきたんだ?」


 訊ねると――『来ればわかる』。そうデュラハンは言った。


「ふーん。まあいいや、じゃあひとまずお前の首を取りに行こうか――『デ』」

「っ!?」


 俺が不意に言うと、デュラハンは肩をあげてびくりと反応した。

 どうやらそれが自分の呼び名であることはわかったらしい。


「いやぁ、デュラハンって種族名だし、それでずっと呼ぶのもあれじゃん? デュラ子にしようとも思ったけど、普通すぎておもしろくねえから略してデ子な」

「ンモウ……」


 俺の肩をおもむろにサトウが叩いてきた。

 なんだよ、相変わらず俺のネーミングセンス最高じゃねえか。

 お前はいつも俺の最高なセンスに文句を言いやがるな、サトウ。

 なに? タマもなんかあんの? 


「やだやだ、俺これがいいー!」

「ンモ……」

「キュ……」


 サトウが今度はデ子の肩を優しく叩いて、タマはデ子の逆の肩に乗って身を寄り添わせた。


「なんだよ、すぐに仲良くなりやがって」


 魔物同士、なにか通ずるものがあるのだろうか。

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