第17話「空振りまくる死の宣告」

 間髪入れず、とかろうじて言えるくらいの速度で、俺はそれがデュラハンであることを認識した。

 その直後だった。

 そのデュラハンが、片腕に抱えていた少し凹んでいる『たらい』を、まるでその中身を俺にぶちまけるようにして思いきり振るっていた。

 それが振るわれるまでの数瞬で、俺はデュラハンの性質を思い出していた。


 ――〈首無し騎士デュラハン〉、『死の予告者』、玄関を開けた者にたらい一杯の血をぶちまける。近々死ぬ者の家に現れ、一説には死者の選定に関わってうんぬんかんぬん。


 なんで扉開けた途端血なんかぶちまけるんだよ、めんどくせえ嫌がらせしやがるなこいつ、と昔は実家にある魔物図鑑を見て笑ったものだ。

 だが実際にそれをやられると身体が固まる。

 気づいたときには俺の顔目がけてたらいに入っていた大量の赤い液体がぶちまけられていた。

 だが、俺とてただでそれを掛けられてやるほどぬるくはない。

 なんといっても、着替えこれしか持ってないからな。


「ふんッ!」


 魔術性の物理障壁を展開する。

 紙一重の差で、赤い液体はその障壁に遮られて地面にびちゃびちゃと落ちる。

 少しばかり家の中に飛び散ったが、俺自身には掛かっていない。

 それを確認した俺は、目の前のデュラハンが微妙にたじろいだのを確認して、


「――フハハ、ばぁかめ!! タダでかけられると思うなよ! 俺の死を宣告したければもっと本気で血を掛けに来い!!」


 久々のイタズラにちょっと楽しくなってきてテンション高めに言い放っていた。

 実家の城周辺だともう俺にちょっかい出す魔物とかいなくてつまらなかったんだけど、いやぁ、外に出るとこういうことがあるから素晴らしいな。

 俺が両手を腰にやって堂々と言うと、またもデュラハンは面食らったようだった。まあ、首無し騎士デュラハンだから肝心の面がないわけなんけど。

 こう、わりと身体のリアクション出るタイプらしい。


「ッ!」


 デュラハンは二歩ほど後ろにたじろいで、今度は隣に控えさせていた首無しの馬コシュタ・バワーに乗って一目散に逃げて行った。

 コシュタ・バワー、馬車じゃねえんだな。

 最近のデュラハンは身軽さを重視するようだ。


「あー……逃げちゃったぁ……」


 もう少し遊びたかったが、あえて追いかけるほど元気でもない。

 こちらは寝起きだ。


「また来るかもしれないし、もっかい寝よっと」


 なんともなくこぼした言葉だったけれど、わずか十数分後にその言葉が現実になることを俺はまだ知らなかった。


◆◆◆


 しばらくすると、また玄関の扉がごん、と音を立てた。


「え? マジで来たの? なに? あいつ結構負けず嫌いじゃん」


 もう一度俺に血をぶちまけようというのだろうか。

 もしそうならその根性は見上げたものだ。

 デュラハン的に、かなり律儀である。

 よほど俺に死を予告したいらしい。


「あ、でもこれ、そもそも扉開けないで放っておいたら朝まで待ちぼうけじゃね? あー、その絵も見たいなぁ、朝まで血の入ったたらい片手に待ちぼうけするデュラハンとか、爆笑もんだなぁ」


 またちょっとテンションあがってきた。

 結局、俺はあえて扉を開けないことにした。

 一応いつでも動けるように適度な緊張を身体に敷きつつ、向こうの動きを待つ。


 五分ほどして、またごつんと扉が音を鳴らした。


「ていうかあいつ自分の首持ってなかったな。もしかして失くしたのか? なんかいきなりドジっ子臭してきたぜ……」


 デュラハンは自分の首を片手に抱えているものだと聞いていたが、さっきの姿を見るとたらい以外に持ち物が見られなかった。

 騎士甲冑を身に纏って、同じく鎧を装備した首無し馬を横に従えていただけだ。

 身体は細身だったが、もしかして女だろうか。――デュラハンに性別ってあるの?


「いや、待てよ……?」


 ふと俺はそこであることを思い出す。

 この家のことだ。

 この家は何度も壊されたようなあとがあった。

 つぎはぎ感があると言ったのは何を隠そう俺自身だ。

 そのことに気づくと同時、俺は嫌な予感を覚えた。

 よく見ると、玄関から一直線に何かが突き抜けて行ったような奇妙な痕が床についている。

 しかも、玄関の対面にある壁が、また何度もつぎはぎされたようにぼろぼろになっている。

 

「……もしかしてさ」


 これ、開けないでいると――


 そう思った直後、俺の予想は口に出す前に現実になった。

 ばきり、と。

 炸裂音がなったと思ったら――


「うおっ」


 玄関の扉が蹴破られていた。

 そうしてもくりもくりと木端こっぱと埃が舞う中、その向こう側から、


「お前、どうしてもそれを俺にかけたいのなっ!!」


 肩で息をしたデュラハンが、またたらいを片手に中へと踏み込んできていた。


◆◆◆


 今の音でサトウとタマが目を覚ましたようだ。

 なにごとかと首を振って周囲を確認した二人は、俺とデュラハンがじりじりと見合っている状況に気づいたらしい。

 すかさず俺との間に入ろうと動き出したが、


「大丈夫だ、二人はじっとしてろ」


 俺はにやりと笑って二人を制した。――便宜上いつも二人っていうけどこいつら人じゃねえよな。サトウは怪しいけど。

 まあいい。

 ともあれ、これはこれで結構楽しくなってきたのだ。

 このデュラハンは根性がある。

 俺もこいつとは正々堂々と勝負をしたい。


「さあ! どっからでもかかってこい! 絶対かかってやらねえからな!!」

「――ッ!」


 かもんかもんと手招きをすると、デュラハンが右に左にフェイントを掛けはじめる。

 ぶっちゃけ物理障壁を全身に張ればなんということはないが、それはなんかおもしろくないので俺も身ひとつで対応することにしよう。

 軽くステップを踏みつつ、デュラハンの攻撃(血ぶちまけ)を待つ。


 ――っ。


 来た。

 右に二度のフェイントをかけた直後、デュラハンは急激な方向転換を見せた。

 その勢いでたらいの中の赤い液体がこぼれそうになるが、それを見事にすくいあげながら、勢いをそのままにたらいを横に傾ける。

 中に入っていた赤い液体が横薙ぎに俺に迫った。

 それを俺は、


「甘いわッ!!」


 跳躍して避ける。

 魔術は使わない。

 それでも俺の本気の跳躍は、この身体をたやすく天井から吊られた燭台付近にまで飛ばした。

 デュラハンは俺の跳躍を見てまたぎょっとしている。――何度も言うが顔はない。あいつリアクションうますぎるだろ。

 また二歩ほどたじろいで、よろよろと後ずさりながら、俺の方を身体で仰ぎ見ている。

 しばらくして俺の身体が下りていく。

 着地。

 足元に赤い液体がぶちまけられていて、着地と同時にそれらがびちゃびちゃと音を鳴らした。

 だが俺の身体には一滴たりとも血液は掛かっていない。


「あ」


 でもよく考えたら、横薙ぎってサトウとタマに――

 振り向くと、サトウが心なしかジトっとした目で俺の方を見ていた。

 胴の一部が赤く濡れている。――なんかすまん。

 いや待て待て、俺じゃない、あいつだから、あいつ。


「も、文句はあいつに言えよ……」

「ンモ……」


 タマは無事だったらしいが、サトウは身体が大きいためもろに余波を喰らったらしい。

 そのまんまるな目をデュラハンに向けている。

 デュラハンはサトウのつぶらな瞳に睨まれてまたたじたじとしていた。

 そしてサトウがおもむろに立ち上がると、デュラハンはぺこぺこと高速で頭を下げはじめた。――いやホント、頭ないんだけど、こいつ身体の表現力だけで飯食っていけるんじゃね?

 最近一芸に秀でた魔物が多くて俺は嬉しいやら悲しいやら、なんとも言えない気持ちです。


「まあまあ、サトウも落ち着けって。削れば元に戻るだろ?」

「ンモウ……」


 さすがサトウ。「しょうがねえな」と言わんばかりに肩をすくめて、また座り直した。


「ほら、お前もちゃんと礼を言っとけよ。サトウ優しいからな」


 デュラハンがまた高速でぺこぺこした。

 そうして何度かぺこぺこしたあと、デュラハンはとぼとぼと肩を落としてぶち壊した扉から外に出て行った。

 ――あ、これの修繕費とかもしかして俺持ち……?


 やべえ、次来たらあいつ捕まえよう。

 うちに余剰金などというものは存在しない。


「サトウ、次来たらあいつ捕まえよう。金がない」


 かなり内容を端折ったが、そう言うとサトウは力強くうなずいて、三本指の一本をグっとあげて答えてきた。

 さすがサトウ、察しの良いゴーレム。

 ゴーレムってなんだっけ……。


 俺は外から聞こえた馬の蹄の音にため息をつきつつ、またベッドに座り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る