第16話「深夜の首無し騎士」

 着いた。

 赤い屋根の、なかなか大きい木材建築の建物。

 なんでここだけ木材建築なんだよ。

 発達した文明どこいった。

 変に雰囲気重視しやがって。


「それにしてもつぎはぎ感がやばいな……」


 何度も壊れたあとに適当に直したかのような、とってつけたような板材が壁に張り付いている。

 隙間風とかすごそう。


「まあいいや。サトウも入れそうだし」


 料金も取られなかったし、なんか爺さんの対応からもタダっぽかったし、文句は言うまい。


◆◆◆


 中に入ると、天井の四隅に張られた蜘蛛の巣が出迎えてくれた。

 ベッドは一つ。

 近場に薄くもやのかかった姿見のおいてある化粧机があって、あとは高い天井からつるされた申し訳程度の照明器具があった。

 魔術灯火だなんて洒落たものではなく、手動、ついでに蝋燭。……文句は言うまい。


「サトウ、そこらへん適当に座れるよな」

「ンモ」


 サトウが狭苦しそうに空家の玄関をくぐって、中に入ってくる。

 適当にそのあたりを指差して言うと、サトウは片手をあげて答えた。「大丈夫だ」そう言わんばかりの仕草である。――お前、実は中に人が入ってたりする?


「タマは――まあ適当で」


 面倒だ。好きなところで寝ろ。

 お前はその身体ならどこにでもいけるだろ。


「キュピ」


 金色のタマが数度跳ねた。

 まったく、手がかからないやつらで俺も大助かりだ。


「じゃあ、することもないし、ここの街もなんか陰気だし、大人しく寝て、明日早めに別の街に向けて出発するか」

「ンモ」

「キュピッ!」


 決まりだ。

 俺は外套を脱いでこれでもかと硬いベッドに横たわった。

 思えば死霊レイスの気配もない。

 あの爺さんの思わせぶりな態度に期待をして損をした。


◆◆◆


 深夜。

 気づくと寝ていたようだ。


 ――さみいな。


 ベッドから起き上がって身体をぶるりと震わしたあと、周りを見渡す。

 灯火は消えていて、月明かりがかろうじて天井窓から差し込んできて部屋をほのかに照らしている。

 俺は最近慣れた動作で指先に魔術炎を灯し、淡く周囲を照らした。

 

 サトウは寝てて、タマは――タマも寝てるな。


 サトウが電池の切れたおもちゃのようにだらりと前のめりになって寝ていた。

 微動だにしていない。

 こう見ると白い岩石そのものだ。

 くたびれたぬいぐるみみたいな妙な哀愁を漂わせてもいるが、決して死んでいるわけではない。

 こいつ岩石のくせに寝てるとき鼻提灯はなちょうちん作るからな。……その水分どっから出てんの?


 タマはそんなサトウの肩の上でぷるんぷるんとゆっくりたわんでいた。

 あれも寝ている。

 お前も鼻提灯つけてるけど、それ流行ってんの? ……まあお前は中に水分あってもおかしくない格好してるからいいけど……。


「万事問題なし、と」


 寒さで起きただけか。

 殺気やらなにやら、そういうものに反応して身体が起きるように実家のメイドたちに訓練されたものだが、どうやらそれ関連ではないようだ。

 ちょっと訓練から遠ざかって感覚が鈍ったのかな。


「まあいいや。もっかい寝よっと」


 指先の魔術炎を消して、俺は再びベッドに横たわった。

 勢いあまって後頭部をぶつけるが、痛くない、痛くない。……やっぱ痛い。枕くらいおいておけよ。

 

「化粧台の中に入ってないかな……」


 やっぱり枕が欲しくなった。

 ここにあるものは姿見と化粧台くらいだが、もしかしたらと思って俺はもう一度身体を起こし化粧台に向かった。

 三段ある引きだしを一個ずつあけていく。


「ない」


 二段目。


「ない」


 三段目。


「な――ん?」


 枕はなかった。

 が、別のものを発見した。

 それはぼろい紙切れだった。

 よく見ると手紙のようだ。


「明かりは――」


 魔術炎を灯しそうになって、思いとどまった。

 火はだめだ。


「月明かり、月明かり」


 天井から月明かりが差しこんできている場所に歩いていって、そこで手紙に光を照らした。

 なんとか見える。

 たしかに文字が書いてあった。


 『逃げろ。深夜になる前に』


 赤黒い文字で描かれている。

 まるで古い血のようだ。

 内容が内容だけに、少し胸が高鳴った。


 と――


「ん?」


 今、外から音が聞こえた。

 がたん、と、硬いものをこの木材建築の建物にぶつけたような音だ。

 そのころになって、俺はこの建物の姿を思い出した。

 何度も壊されて、そのたびにつぎはぎされたかのような、ぼろい建物。

 こんな街中で、一体なにに家を壊されたのだろうか。

 野原ではないので、魔物はさほど出そうにない。


 ――確かめるか。


 俺は外の様子を確かめることにした。

 時刻はおそらく深夜。

 まさしく手紙に書いてある時分だ。


「……」


 一歩。


「…………」


 二歩。

 ゆっくりと音をたてずに玄関の扉へと歩み寄る。

 そこから大股の三歩目を踏み、ついに扉の前に立った。

 当然のぞき穴なんて気の利いたものはなく、扉もまたここだけ新しいもののようで、隙間がない。

 新調されているということは、もしかしたらいつも壊れるのが扉なのかもしれない。


 ――なら、開けるしかないな。


 俺はわりと物怖じしないで扉に手を掛けた。

 そして――


「――」


 開ける。


 目の前に首のない馬に乗った、〈首無し騎士デュラハン〉が立っていた。

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