第三幕【律義なデュラハン】
第15話「霧の深い街にて」
別に、死霊系の魔物だからって、必ずしも悪者ってわけじゃない。
ときには可愛らしくドジなやつもいる。
ああ、でも可愛らしいゾンビとかはちょっとアレだな。
いや、可愛らしいならまだしも、愛嬌のある、とか、人になついた、とか、そういうのになってくるとアレだな。ちょっと遠慮願いたいな。
――話が逸れたから戻そう。
俺は育ちの関係でそういうものに慣れ親しんでいる方だけど、その日に出会ったやつはそんな俺の経験の斜め上をいこうとしていた。
民間の『伝承』に律儀になるあまり、なんとしてでも俺に『とあるもの』をぶちまけようとしてくる、変に律儀な魔物の話である。
◆◆◆
頭に金色のスライムを乗せ、横に相棒たる砂糖仕立てのゴーレムを控えさせて、その日も俺はさびれた街道を歩いていた。
場所は――
「どこだっけ?」
「ンモゥ……」
正直よくわかっていない。
砂糖仕立てのゴーレム、その名も〈サトウ〉が、俺の横で「マジかよこいつ……」と頭を抱えている。
白いブロックにそれこそとってつけたような二つの眼と、赤い鼻を完備し、しかしただそれのみで感情を表す術を習得しているあたり、こいつはそろそろレベルカンストに迫ってきているはず。
進化とかはないようだ。
いや、その身体の特製砂糖を料理や酒の隠し味に使っているから、変に進化されても困るのだけれど。
「それにしても、このへんまったく客の姿が見当たらねえな」
昨日今日と、てんでレストランの活躍の場がない。
しかも昨日あたりからやけに濃い霧が道々に掛かっていて、薄気味悪い雰囲気の街道がずっと続いている。
どこかで客を捕まえて身銭を稼ぎたいところであるが、すれ違う旅人すら見当たらなかった。
「キュピ」
頭の上でぴょんぴょんと跳ねるタマが、可愛らしい鳴き声をあげている。
「ゲボァ」
「お、今回の熟成は早いな」
唐突なのはいつものことだ。
「うーむ、タマコーティングした食材も増えて来たのに、食べさせる相手がいないんじゃなあ……」
タマが吐き出した金色の羊肉の塊を回収し、魔術で冷凍保存できるように細工した食材袋の中に放り込む。
この袋もそろそろいっぱいだ。
「しかたねえ、客がいないようならあとで自分たちで食うか」
こうして食材の保管はしているから、餓死するということはない。
「あれ? そうなるとタマ、共食いになるのか?」
「キュ?」
最近は言葉こそわからないものの、こういった魔物たちの動きを見てそれが疑問調か否かを判断する程度の能力は身に付いた。
それにもとづいてタマの返事を吟味するに、まあ自分でもよくわかっていないらしい。
しゃーねえな。所詮はスライムだしな。――ああっ! 悪かったよ! 謝る! 謝るから硬化したまま頭の上で跳ねないでっ! 結構痛いわそれっ!
ひとまず今日もいけるところまでいって、どこか泊まれる場所を探すことにしよう。
「ンモ」
「お前ナチュラルに俺の内心読みとんのやめろよ」
「ンム」
あとそろそろマジでお前喋れるよね。
サトウは我が〈旅する銀のレストラン〉の自慢すべき広告塔である。
でも喋られたらちょっと怖い。
知能が高すぎるのも問題である。
◆◆◆
街を見つけた。
よかったー。四日連続野宿とかさすがにきついよなー。
「街っぽいけど人いんのかよ」
さびれた門をくぐると、そこには霧に包まれた街があった。
街燈はある。
文明度的にはなかなか発展していそうなのだが、いかんせん人気が少ないのと、この霧とでホラーな雰囲気ばかりが際立つ。
「裏路地とかで連続猟奇殺人事件とか起こりそうなんだけど」
ひとまず歩きながら人と宿を探す。
しばらく歩くと、ようやく少しまともな光の灯った家を発見した。
煙突付きで、その煙突からもくもくと白い煙があがっている。
すぐにそれは霧に混じって、霞むように消えてしまっていた。
「よし、人はいそうだ。ちょっといってくるから、サトウとタマは待っててくれ」
俺は頭の上からタマをおろし、そのままサトウに手渡した。
巨人のごときサトウが街中をうろついている時点でアレだが、まあ人の家を訊ねるのにわざわざ披露することもあるまい。
「すいませーん」
俺は家の玄関扉をノックした。
三度ほどノックして、
「はい」
ようやく中から人が出てくる。
「あ、すみません、この辺に宿か空家ってありませんかね?」
出てきたのは年季の入った皺顔の爺さんだった。
片手に杖をついていて、しかし妙に目がギラギラとしている。
爺さんは俺の顔をじろじろと見たあと、ふと杖を持っていない方の手である方角を指差した。
「向こうに、空家が」
「そこ使って大丈夫ですかね? 一泊なんですけど」
「うむ。――なにが出ても知らんがな」
キリッ、と目を細めて爺さんは言った。
あ、なんだろう、一気にこの爺さんうさんくさくなったわ。
別に怪しいとかじゃなくて、こう、三文芝居が鼻につく感じで。
「設定?」
「ぬ?」
「いやなんでもない」
あらかじめ台詞を用意しておいたような奇妙な感触である。
なんかもう、出ること確定してるよね。
「おもしろそうだから行くけど」
「えっ?」
爺さんは俺の反応をちらちらと後ろ手に窺っていたが、俺がそう言うと少し驚いた声をあげていた。
――ばかめっ! なにか出ると行ったら行くに決まっているだろう!
この雰囲気。
たまにはそういうのもいい。
「別に
「……」
爺さんが口をぱくぱくさせているが、無視した。
「なんか目印とかある?」
「あ、赤い、屋根じゃが……」
「わかった、赤い屋根ね」
俄然テンションがあがってきた。
これでただのレイスだったりしたら許さないからな。
俺は実家の関係上そういうのにはうるさいんだ。
親父がいっつも「なあ、このレイス、勇者に差し向けたらおもしろくねえ?」とか訊ねてくるからな。
ちなみにそのとき親父が見せてきたのは旧勇者の死霊だった。
ホントあいつ趣味わりいな。
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