第13話「命を刈り取る鍋」
金のテーブル盗んできた。
僕元勇者だけど、グランドニアには恨みいっぱいあるから、オッケーオッケーね。
むしろよく今まで我慢して来たよ。僕の良心強靭過ぎたね。
「よし、盗んできたな」
「うん。これどうします? 結構重いけど」
「お前が背負っていけ」
ですよね。
「あとはレストランで出す食材の調達だが……まあ、それくらいは私も手伝ってやるか」
「おお、ンタさんの狩りが見られるのか」
「いや、魔獣と交渉する。再生力の高いやつらなら、腕の一本や二本くれるだろうからな」
魔獣とか魔族って怖いね。いろんな意味で。
「じゃ、それを料理して出す感じ?」
「そうだな」
そういえば、肝心の調理は誰がするのだろうか……。
「調理は私がする」
「お、ンタさん料理できるの?」
「できないから私がやるんだ」
「なに言ってんだこの人」
おっと、思わず悪態ついちゃった。
「大丈夫だ。いずれうまくなる。ヴラド様に手料理を……」
目がキラキラしてる。美人の目が。でも僕にはそのきらめきがかえっておそろしく映るよ。
「最初はたいしたものも作れないだろうが、逆にそうであればこそ、金のレストランの評判もうなぎ上りにはならず、ヴラド様の銀のレストランの良い引き立て役になるだろう」
その調節超難しいよね。あとそもそもちゃんと料理になるのかすごく不安なんだ、僕。
「憂鬱だ……」
「よし、では行くか」
「あっ、人」
「ぬっ!」
あの人が見えなくなったらまた蹴られるんだろうなあ……。
◆◆◆
グランドニア王国を金のテーブル背負って出発しておよそ一週間。
僕は今、ンタさんと一緒に南方諸国への旅路にあった。
「おい、そろそろ客を捕まえるぞ」
「はあ……」
食材は前の国で買ったり、途中で僕が狩ったり、ンタさんが魔獣と交渉して卵をもらったりなんだりして集めた。
食材自体は素晴らしいものだと思う。
鮮度もいいし、魔獣からもらう食材は結構うまい。生でもうまかったりするんだよ。魔獣って実はすごいね。
……でもさ、
「あの、そろそろ一旦僕が調理を……」
「なにをいうんだ馬鹿め。今日も私だ」
今日も絶望だ。
ンタさんの調理技術がすべての食材を台無しにする。この人は天才だ。紛うことなき天才。
卵の黄身を原型たもったままで真っ黒にする人はじめて見た。え? これ逆にすごくない?
肉は液状になって皿に盛られ、新鮮だった水はドロドロのスライムみたいになって出てくる。
極めつけは料理全般の匂いだ。
これ、たぶん匂いで人を殺せる。
一つ前の街で捕まえた客は、西方の水中都市国家サラース出身の魚人たちだったんだけど、彼らンタさんの料理食べたあと実家に帰った。
世界を旅するって意気揚々と出て来たらしいんだけど、こんな悲惨な目に遭うくらいなら旅人やめるって言ってた。
僕はただただ彼らの背を儚げに眺めながら、心の中で百回謝ることしかできなかったね。
ンタさんは満足気味だった。
『よし、これで噂が広がるな』
いっそこの人のメンタルすごいと思った。僕と真逆だよ。自分の欠点誇らしげに活用してるもん。
ヴラドさん、早く来てください。
ンタさんのためではなく、僕とこれからの犠牲者のために。
今すぐあなたにこの怪物を譲渡したいです。
◆◆◆
そうして今日、また犠牲者を捕まえた。
あっれ、僕すでに結構な悪党なんじゃないかな。
悪の魔術の生贄を探してるみたいな気分になってきたよ。
今日のンタさんの獲物はビクついた鳥人族の三人だ。
食べられないだけマシだと思ってね。調理に入ったンタさん、もう僕じゃ止められないから。
「な、なにやら世にも恐ろしい
鳥人たちも僕の後ろの方から漂ってくる匂いにかなり顔を青くしてるよ。
ンタさん、僕が魔術で作った超火力の篝火で適当に料理してる。
他にも火精石とか、氷結晶とか、料理に役立ちそうな小物は荷物に忍ばせてあるんだけど、『そんなまともなモノを使ったらまともなモノが生まれてしまうだろ馬鹿!』とか、ンタさんどうかしてる発言してるから、これからも使うことない気がするよ。
「あ、あの、私たちはいつになったら帰れるので……」
死んだらね。
ああ、ごめんごめん、嘘嘘。――倒れたらね。
ちなみにンタさん、最近下半身人間化する術を身に着けて、おかげで僕も馬の蹄で蹴られることはなくなったよ。相変わらず蹴られはするけど。まだ人間の脚だからマシだね。でも筋力そのままだから常人だったらパーンだよ。
ンタさんはタイトなパンツの隙間から馬のふさふさ尻尾出して、楽しげにそれを左右に振りながら料理に勤しんでる。
これだけ見ると美人な獣人がちょっとエロい格好で料理作ってるようにしか見えないんだけど、僕には彼女の楽しげな鼻歌が闇魔術の詠唱にしか聞こえません。
「できたっ!」
さらばだ、鳥人たち。今、死の宣告が下った。
鍋を持ってピョンピョン無邪気に跳ねるンタさんは本当にかわいい。手に持った鍋さえなければ抱き着きたくなるくらいの美女だ。
ただ僕にはあの鍋が死神の鎌に見える。あれ、命を刈り取っていく鍋だよ。
「さあ、食え!」
ンタさんがピッカピカに光る金のテーブルに鍋をドンとおいた。
僕は耳栓ならぬ鼻栓をすでにしている。植物の葉っぱを丸めて作ったんだ。便利でしょ。
「うっ……おっ……に、兄さん……僕まだ死にたくな……っ!!」
あっ、匂いだけで一人
「んぐがっ、んごあっ!」
なんとか持ちこたえてる二人もすごい声出してるね。たぶん今死神と戦ってる最中。死闘だよ。
「んぬううう! んあっ! ああっ!! あああああああああ!!」
もうホント、僕は彼らの精神力に
倒れる寸前まで死神に対する威嚇の声をあげられるなんて、本当にすごい。普通なら音もなくスゥっと意識を刈り取られていくはずなんだ。
「ふうっ……! はあっ……!」
あと一人。
「ほら、食えよ。おい、食え」
だめだよンタさん。それ『死ね』って言ってるのと同じだから。いっそ『苦しんで死ね』って言ってるのと同じだよ。
「き、貴様まさか我らに対する刺客か……っ!」
息も絶え絶えに鳥人さんが言ってきた。
「なにを言うか。善良なる私たちが善意によって飯を食わせてやるというんだ」
善意の押し付けはそれもう悪意と同じだよ。
あとンタさん、善意で食わせておいてしっかりお金取るよね。それ善意って言わないよ。もはや強盗だよ。
「わ、我らはこの程度では死なんっ! 舐めるなよ……!!」
舐めない舐めない。あとあなたもその鍋の中の物体舐めない方がいいよ。物理的にも、精神的にも。
あ、僕がうまいこと言葉を掛けて内心でキリっとポーズ取ってたら、鳥人さんが鍋に
そんな勢いよく行って大丈夫かな……死んだかな……
「……」
あれ、顔あげないな。もしかして実は食える感じ?
「…………」
あ、違うわこれ、嘴突っ込んだ時点で気絶したんだ。このままだと窒息しそうだね。
「ふん、軟弱者め。この程度で気絶するとは。傭兵と言っていたがたいしたことないな」
ンタさん鼻で笑って自慢げに胸張ってる。巨乳がプルンって揺れるけど、もう僕それどころじゃないから全然興奮しないよ。今鳥人さん助けるのに必死だからね。――うおっ、鼻栓してんのに匂いがっ!! この人よくこんなもんに嘴つけられたな! 勇者! 僕の代わりに勇者やってもらいたいくらいだよ!
「よし、片づけておけ。あと起きたら
たぶん何もしなくても勝手に噂広がるよ。
そして世界に轟くと思う。――悪名が。
僕は必死で鳥人さんたちを助けだし、街道横の草原に寝かせた。
彼らが起きるまで少し待っていよう。
ンタさんは前の国で買ってきた干し肉食べてる。自分だけずるいね。
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