第12話「そうだ、金のテーブルをパクろう」
やあ、僕元勇者。
今魔王城に来てるんだ。
実はここに来るのは二度目だよ。
「すみません、お茶まで出していただいて……」
「いえいえ。大変でしたね。ここは人間たちも手出しできないでしょうから、存分にゆっくりしていってください」
魔王城にやってくるやいなや、丁寧にお出迎えされて城の一室に案内された。
どうやら僕がもう一度ここにやってくることは僕を助けてくれたあの側近さんが予測していたらしい。
あの人ホントに優秀だなぁ。
「本当にすみません。僕なんかが来ると魔族さんたちも嫌な顔するでしょう?」
「あはは、そんなことありませんよ。彼らは今魔王――じゃない、僕の兄さんが旅に出てしまって、その寂しさをなんとか埋めようと躍起になっているところでして。こうして普段来ないような方が来られるとその寂しさが少し埋まるので、むしろ助かっています」
僕を出迎えてくれたのは綺麗な金の髪と緑の瞳が特徴的な超美形の少年だった。
名前はツェペリ君。
どうやら僕を助けてくれたあの側近さんの弟らしい。
「で、やはり魔王討伐を報告したらグランドニア王の
「はい……」
「よくご無事でしたね」
ツェペリ君が少し驚いたふうに目を丸くする。
「まあ、僕の体もなかなか凶器なので」
「……確かに。たぶん僕はあなたに敵わないでしょうね」
ツェペリ君がかわいらしく「うむむ」と唸っている。なんだろう、僕男だけどこの可愛さはなんか僕の中のヤバい側面を呼び起こす気がする。
「兄さんなら渡り合えるでしょうけど……」
「いやぁ、むしろ僕の方がお兄さんには敵いませんよ」
ぶっちゃけあの人が魔王じゃないってことを聞いたとき、かなり絶望したからね。
あの人より強い魔王を倒せるわけないもん。
「そういえば、そのツェペリ君のお兄さんってどこかにお出かけなんですか?」
「ええ、先日旅に出ました。なんでも魔王――じゃない、魔王の側近としてこの城からなかなか離れられなかったのが嫌だったみたいで、世界を見て回るっていう夢を叶えるためにさっさと出て行ってしまいました」
「旅かぁ」
いいなぁ。僕のしてきた旅とはきっと違うのだろう。
「しかし、これから大変ですね」
「そうなんです。正直、いざ自由となったらなにをしていいかわからなくて」
自分で言うのもなんだけど、たぶん僕はどこかで壊れてしまったんだと思う。
一人で魔王城を目指すという所業は、常人が想像しているよりもずっと過酷で、逆に「魔王を倒せなければ死ぬ(爆散)」という脅迫染みた使命がなければ越えられないものだったのかもしれない。
だから、僕はそれなしで生きる意志と希望をどこかで捨ててしまった。
どこで落としたのかわからないだけに、探して拾うのもなかなか大変なのだ。
「あと、もう一つ気がかりなことがあるんです」
「というと?」
ツェペリ君が小動物のように小首をかしげる。くそ、いちいちかわいいな。
「僕はツェペリ君のお兄さん、えっと――」
「ヴラドです」
かっこいい名前だ。
「ヴラドさんとの取引で、魔王を倒したことをグランドニア王に報告はしたけど、たぶん王はそのことを周囲に広めないでしょう」
「そうですね。彼らにとって魔王は倒れてはならないものですから」
「そうなると、僕は結局ヴラドさんの願いをしっかり叶えられたとは言えなくなってしまいます。僕、これでも義理とかは大事にしたいので、それは嫌だなぁって……」
僕自身、グランドニア王に裏切られたり道中でいろいろあったりして義理とか人情とか踏みにじられまくってきたけど、だからこそ僕は自分の義理はしっかりと通したいと思っている。
「――ああ」
ふと、そこで僕は閃いた。
「僕、『魔王は死んだ』って世界中に
そうだ、僕も旅に出よう。
◆◆◆
「ほら、何してる馬鹿。おい、馬鹿、さっさと歩け馬鹿」
僕の隣でコツコツと音を立てて歩く女性が一人。
「あの、馬鹿って多くないですか?」
「なんだ、馬鹿を馬鹿と言って何が悪い馬鹿」
「使い慣れた口癖語尾みたいに言わないでください」
〈ケンタウロス〉って知ってる?
上半身人間で、下半身馬の怪物ね。
ちなみにケンタウロスが人間界を歩いているとそこそこ目立つはずなんだけど、このケンタウロスさんはすごいんだよ。
人間が近づくと上半身も馬になるの。違和感なく。
で、馬になるたびに――
「あっ、人」
「ぬっ」
……。
「どっか行きました」
「おい、私の手をわずらわせるな、蹴るぞ」
「おふっ」
蹴ってから言わないでくださいよ。
僕の肉体、勇者クオリティ(血反吐)のおかげで丈夫ですけど、馬に蹴られるとさすがにちょっと痛いんですよ。
――そう、このケンタウロスさんが馬に変身するたびに、僕が一蹴りされる。
「これさえなければ……」
このケンタウロスさん、上半身が人間の女で、しかもタチ悪い事に絶世の美女なんだよね。ブロンド長髪の美女。ちなみにぼいんぼいん。
「おい馬鹿、今なんかイラっとしたから蹴っとくな」
横暴だ。僕に内心の自由はないんですか? 絶対革命してやる……。
「はあ……。ツェペリ君の頼みだからこうして一緒にいるけど……」
時をさかのぼること数日前。
僕は魔王が死んだことを世界中に広めるため、旅に出ることを決意した。
元勇者が魔王城で旅に出る決意をするってかなりシュールなんだけど、まあそれは置いといて。
ともかく、そんなわけでいろいろ準備するために人間領へ戻ろうとしたら、僕の第二の恩人であるツェペリ君にこんなお願いをされた。
『実は兄さんが恋しすぎて探しに行きたいっていう仲間がいるんですが、せっかくなので一緒に連れて行っていただけませんか?』
僕としても恩人であるツェペリ君の頼みには応えたい。かわいいし。
まあ正直僕一人の方が動きやすいとは思ったんだけど、魔族が一人で人間領を生きていくのもそれはそれで大変らしく、特に魔王城に長年住んでいた魔族ほど人間領の作法がわからないから苦労するということで、つまり僕にはその魔族さんがツェペリ君の兄――ヴラドさんを探す旅の補助をしてほしいということだった。
「おい、いつまで斡旋所でちまちまと小銭稼ぎをしているんだ。さっさとヴラド様を捜しに行くぞ」
そうして旅のお供としてやってきたのがこのケンタウロス(美女)である。
ちなみに名前は『ンタ』さん。なかなかファンキーな名前でしょ?
ヴラドさんがつけたらしいよ。すごいね。――鼻ほじりながら決めたのかな?
まあ本人は気に入ってるからいいか。
「だってー、旅に出るにも軍資金は必要ですし……」
「うるさい馬鹿、とりあえず旅に出ればいい。あとはその場でなんかうまいこと頑張れ馬鹿」
「大雑把にもほどがある……」
旅に出るにも金は必要だ。
僕の目的は旅をしながら魔王が死んだことを世界中に伝えること。
そしてそのついでに同じく旅をしているヴラドさんを探し出して、この『ンタ』さんを引き合わせること。
そのためにまずは旅の路銀集めをちまちましているわけだが、たしかにいちいちどこかの街で仕事をするのは面倒だ。
「うーん……こうなったらいっそのことヴラドさんみたいに旅するレストランとかやってみようかな」
なんでもヴラドさんは旅をしながらその場その場で料理をして出会った旅人なんかに振る舞っているらしい。
おしゃれだね。
でも旅することそのものが目的になっているなら、結構理にかなっている気もする。
「ンタさん、ヴラドさんって負けず嫌い?」
「ああ、どうでもいいと思っていることにはとことん冷めているが、自分の好きなことではかなりの負けず嫌いだな馬鹿」
「ふむふむ」
僕の目的には関係ないが、ンタさんの目的には少し効果がありそうな方法がある。
この世界は広い。
そんな広い世界で常に動き回っているヴラドさんを探すのは至難の業だ。
だから、ヴラドさんがむしろこちらに接近するような仕組みを作りたい。
「聞いた話だとヴラドさんの旅するレストランって方法、本人は結構気に入ってるみたいだから、それの二番煎じみたいなのを僕がやって、かつ僕のレストランの方が話題にでもなったら、近寄ってくるかもしれない。ヴラドさんのレストランのトレードマークっぽい銀のテーブルに対抗して、こっちは金のテーブルを使うとか」
「なんだと?」
結構名案だと思うんだけど、ンタさんの反応はちょっと悪い。
「……貴様ごときがヴラド様の崇高な行いをパクる行為、そしてヴラド様の銀のレストランより話題になるというおぞましい事態はまったく
勝手にやってればいいと思います。
「あの、ンタさん、とりあえずほかに良い案がないうちはこれでいきませんか」
「……しかたあるまい。だがうまいことヴラド様のレストランよりは目立たずに、かつヴラド様に『ぐぬぬ』と言わせるレストランをやれ馬鹿」
勘弁してくださいよ。あなた今『落ちながら登れ』みたいなこと言ってますからね。
「ひとまず、確かグランドニア王城に金のテーブルがあったと思うのでそれパクってきます」
「ほう、卑屈なお前にして珍しく豪気な物言いだな。指名手配されている祖国に舞い戻るのか」
お、なんか語尾の馬鹿が消えた。あと『お前』にランクアップした。
「まあ僕にだって少しくらいギャフンと言わせたい時があるんですよ」
あと金のテーブルなんて趣味の悪いもの、あそこにしかないと思うんだよね。
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