幕間【元勇者、旅に出る】

第11話「勇者、やめました」

 やあ、勇者です。

 実は先日、魔王を倒して仕事がなくなりました。

 ――あ、そうなると元勇者か。


「まあどっちにしても形式上のものなんだけどね……」


 僕は今、グランドニア王国の城下町を肩を落としながら歩いている。

 実はさっき、グランドニア王国の王様に挨拶に行ってきたんだ。


 『あなたにご依頼いただいた魔王は討伐しました』

 

 さて、この報告の結果を話す前に、少し僕自身のことを話そうと思う。


「ああ、いえ、お気になさらず、お騒がせしてすみません」


 今通りすがりの人に「なんだこいつ」みたいな目で見られた。

 そうだよね、五年もの間たった一人で旅に出ていた形式上の元勇者なんて、誰も覚えてないよね。


◆◆◆


 実をいうと僕は、異世界人だ。

 最初から「なに言ってるんだコイツ」と思われるかもしれないが、事実である。

 魔王を討伐するためにこのグランドニア王国の王様が魔術を使って僕を呼び寄せた。

 よくある異世界転移。隠された力を秘めた主人公、ここに爆誕!――ってわけではなかったのがこの話のひどいところ。


「僕の異世界転移は一本のナイフから始まった……」


 ある日、普通に学校へ登校していたら、目の前の空間からナイフを握った人の手が現れて、それに心臓を一突きされた。

 さしたる抵抗もなく心臓をえぐったそのナイフによって僕は絶命し、魂だけを抜き取られて異世界へ。

 目覚めたときにはグランドニア王の目の前にいて、新しい体に魂を縛る束縛術式と、命令に背いたときに身体が爆発四散するギャグみたいな術式をかけられて野に放り出された。

 グランドニア王国としては形式上『勇者』を輩出しているということが必要だったらしい。

 一方で、実際に魔王が倒されるのも困るというのがこの話の面白いところ。

 あとで知ったことだけど、どうやら僕の体は魔王を倒したときにも爆散するようになっていたらしい。

 いやホント、ギャグみたいな人生だな。


 ともあれ、僕は仲間の一人すらつけられず、たった一人で魔王城を目指して旅をした。

 道中、何度死にかけたかわからない。

 その間に、この世界のどうしようもない実情を知った。


 この世界に住まう二つの種族。

 人間と魔族。

 昔はこの二種族の間でそれはもう大変な戦争が繰り広げられたらしいけど、今は魔族も大人しくなって、そんなに大きな戦いは起こっていないという。

 それどころか、地域によっては魔族と共存している場所もあるらしい。

 そんな中で勇者という対魔族の特効兵器は形骸化した。

 むしろ場所によってはいない方が都合がいいというところまであった。

 僕の存在意義、この時点でかなりあやふやだった。


 それでも僕が勇者としてグランドニア王国に遣わされたのは、大きな国ほど持続的な戦争が必要だったかららしい。

 戦争は産業を発展させる。

 今や世界は人間同士で争うほうが多い。

 その人間同士の争いに勝つため、勇者という大義名分を盾にした魔王征伐を掛け合わせて、国民に不断の努力を強いる。

 グランドニア王国の取った方法は、そういうものだった。

 なんてやつらだ。いっそのことグランドニア王の方が魔王みたいじゃないか。 

 とはいえ僕も爆散したくはない。

 死にたくない一心で血反吐を吐いて、吐いて、どうにか魔王城へとたどり着いた。

 僕の人生に転機が訪れたのはそのときだ。


『その呪い、解いてあげる?』


 短距離転移魔法で一気に魔王城の中枢に潜り込んだとき、そこに現れた魔王の側近みたいな人にそういわれた。


『そのかわり、魔王を倒したことにしてほしいんだ』


 それが彼の提示した交換条件だった。

 そんなこと――


「お安い御用ですよねェ! あ、急に大声出してすみません、お気になさらず……」


 このギャグみたいな人生を変えられるのであれば、いくらでも魔王を倒したと喧伝けんでんしよう。

 僕は彼の交換条件を受け入れ、晴れて爆散しない体になった。

 これで自由。

 ここに来るまでにいろいろなものを失ってきたけれど、それでもこれからのことを考えると希望に打ち震えた。


 と、思ったのもつかの間、まだ僕には仕事があった。

 それは魔王の側近さんから提示された条件。

 『魔王を倒したことにする』。

 これを実行するためには、まずなによりも僕を生み出したグランドニア王にそのことを伝えなければならない。

 二度と顔も見たくないと思ったけれど、約束は守る。これでも僕勇者。


『勇者を騙る不届き者め。ここでその大罪を贖うがよい。――殺せ』


 そして僕は王にそんなことを言われた。

 騙る? 僕嘘ついてない。これでも僕勇者。

 ――冗談はさておき、やっぱりこうなったかぁ、という思いが僕にはあった。

 勇者という存在は、魔王を倒す旅に出続けていなければならない。

 魔王を倒してしまったら、世界に平和(ギャグ)が訪れてしまうからだ。

 グランドニア王は僕が勇者であることをわかっていた。

 そのうえで真実を知ってしまった僕を処分しようとしたんだろう。

 ははあ、腐ってやがる。――おっと勇者がこんな言葉遣いしちゃいけない。


『そうですか……まあいずれにしても僕は僕の役目を果たしたので、これからは元勇者として気ままに生きさせていただきます』


 今だから思うけど、たぶん魔王を倒さずにグランドニアに戻ったとしても、僕は殺されていたと思う。

 五年という歳月は勇者の消費期限としてはぎりぎりだ。

 あまりにも旅が長引きすぎれば、勇者の魔王征伐旅という響きの持つ力も薄まる。

 このあたりで新たな勇者を作って、その効果を一新するのが妥当だろう。

 だから僕は、この報告をしたあとグランドニア王城を去った。

 もちろん王の命令で僕を殺すために王国騎士たちがうじゃうじゃやってきたが、これでも僕勇者。

 隠された力はなかったけれど、血反吐を吐きまくって鍛え上げた僕の肉体は、意外とがんばれるやつだった。

 伊達に一人で魔王城までたどり着いてない。


◆◆◆


「しかし、これからどうしたもんかなぁ」


 晴れて自由の身にはなったものの、僕にはもう使命もなにもない。

 そして旅してばっかりだったから家もないし、金もない。あと友達もいない。――それは僕のせいか。

 とにかく、魔王を倒すためにすべてを投げ出したせいで、役割を失ったこの勇者ボディ(使用済み)以外になにも持っているものがなかった。


「はあ……」


 もともとそんな快活じゃなかった性格も血反吐を吐きまくったせいで余計根暗まっしぐらした気がする。


「魔物の討伐とか、そういうのがあればいいんだけど……」


 隣国との戦争でグランドニアはそれどころじゃないだろう。というか僕はたぶん即日指名手配されるだろうからさっさとこの国からは出たほうがよさそうだ。


「グランドニアの息のかかった人間の国には情報が回るかもなぁ」


 そうなると、いったん魔界領に戻ってこれからのことを考えたほうがいいかもしれない。

 あそこならめったに人間も来ないし、そもそも瘴気があるから来ることができないだろう。

 僕は勇者だから大丈夫。僕頑張った。


「申し訳ないけど、もう一回魔王城にお邪魔させてもらおうかな……」


 ふと僕はそんなことを考えた。

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