第6話「旅する銀のレストラン」

 それから数か月。

 グランドニア王国の活気だった酒場で、こんな話題があがっていた。


「なあ、知ってるか、〈旅する銀のレストラン〉って」

「ああ、知ってる知ってる。俺も知り合いから聞いたんだが、行商街道とかにたまーに現れる野外レストランだろ? 俺の知り合いは一回だけ入ったことあるって言ってたぜ」

「その場限りで出されてくる酒や食い物がやたらにうまいらしいな。俺も探してるんだが、これがなかなかつかまらねえ」

「俺もだ。いつも旅に出る前に他の旅人とか行商人とかから情報集めて、目的地に着くまでの暇つぶしに探しているんだが、なかなか見つからねえんだ。暇つぶしっていっても、結構ワクワクするんだけどな。隠された秘密基地探してるみてえで」

「なんでも、〈旅する銀のレストラン〉を探すためだけに旅に出るやつまでいるらしいぞ」

「捜索隊かよ」

「噂が広まって、物好きが動き出したんだろうさ。噂じゃどっかの王族が国家資産を使いこんで直々に探してるとか」

「本気度がすげえな」

「気持ちは分からないでもないけどな」


 酒場で酒を飲み交わしていた二人の男は、はあ、と酒気を帯びた息を吐いた。


「『銀のテーブルと白いゴーレムを探せ』っていってもな、ゴーレムなんて荒野にいけばいくらでもいるけど、白いのなんか見たことねえぞ」

「だから、見れば一発でわかるんだろ。ていうか他の噂だと、その〈旅する銀のレストラン〉の亭主が絶望的なまでの方向音痴かつ迷子スキル持ちで、よく分かんねえ森ン中とか山奥とか、たまにはぐれの浮遊島とかに行っちまってるらしいぞ」

「そ、そんなんどうやって探せって言うんだよ! お前、はぐれの浮遊島とか! どこに飛んでいくかも分からねえってのに!」

「ああ。あと天界とか地界の方で見かけたって噂も」

「お、おお……きわまってるな」

「瘴気のせいで俺たちが足を踏み入れられねえ魔界で見つかるより、ずっとマシだろ?」

「そ、そりゃあそうだが……」

「こうなったらもう運だな。一説じゃ、〈旅する銀のレストラン〉に出会った旅人は幸せになるとか、そんな話まで出てきてるっていうし」

「そりゃあ旅人冥利みょうりに尽きるな。――はあ、そんなすげえ迷子スキル持ちなら、俺も本腰入れて探すしかねえか。暇つぶしなんて言ってられねえな……」

「どうせ俺たち、流浪するしか能がねえ根無し草だしな。そこに何かを探すっていう目的がつけば、流浪の旅にも色気が出るもんよ」

「まったくだよ。ああ、旅の女神様、どうか私に〈旅する銀のレストラン〉への道を」

「最初から神頼みはいかんだろ」


 そんな会話に尾をひかせながら、酒場の夜はけていった。


◆◆◆


 のちに二人の旅人はぴかぴかに輝く銀のテーブルと白いゴーレムを見つける。

 〈旅する銀のレストラン〉の客人となり、そしてまた、他の旅人たちにその噂を広めていった。

 人が人を呼び、一度訪れた者は二度目の訪問のために、そうでない者は初の接触のために、旅の途中であの銀のテーブルを探す時間が増えていく。


 話は広まりながらも、そのレストランは世界に一つしかない。

 だから、どこかおとぎ話のような幻想性と、隠れ家的な隠匿性を身にくくりつけながら、〈旅する銀のレストラン〉の噂は世界を歩き続けた。


 多くの旅人は、旅に出る前に旅の女神に願い事を掛ける。

 きっと今回の旅では、あの派手な銀のテーブルを見つけられますように、と。

 旅人たちは希望を胸に、今日も当てどない流浪に身を任せる。


 〈旅する銀のレストラン〉は、そんな彼らの旅の途中に――ぽつりとたたずんでいるかもしれない。


 ―――

 ――

 ―


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