第5話「瞬く星々と赤き至高の雫」

 それから二日後。

 俺は砂糖仕立てのゴーレム――〈サトウ〉の肩に乗りながら、グランドニアへ続く正しい道を歩いていた。

 すれ違う行商人や旅人たちからたまに物珍しい目で見られるが、そもそもグリフォンだとか、ワイバーンだとか、そんなものが空を飛んだり、地上に降りてきて羽を休めたりする光景が見られるこの行商街道では、それほど大事にはならない。

 そしてそんなことよりも、俺にはもっと気にするべきことがあった。


「ヤバいぞサトウ……! 食糧が……底をついた……!」

「ンモウ……」


 どことなく俺を憐れんでいるように聞こえるのは、近頃でサトウとの会話のコツを掴んだからだろうか。サトウって結構表情豊かなんだよね。


「しかたない。実家からパクってきたアイテムを適当に売ろう」


 昔親父がゲーム感覚で魔王城に設置した宝物のたぐいを適当にくすねてきてある。

 魔王が死んだことになった今は無用の長物だし。

 これを元手に行商たちと交渉して食糧を調達するとしよう。


◆◆◆


 交渉の結果、なかなか高そうな肉と、豪華な瓶に詰まった赤々とした酒と、数枚のパンが手に入った。


「まあ俺、酒は飲めないんだけど」


 レストランを開こうとしているやつがなにをいうのだ、と言われるかもしれないが、商売と個人の趣向は別である。


「それにしてもあの行商人大丈夫かなぁ。……いや、どっちかっていうと行商人にお使いを頼まれる郵便屋の方かなぁ……」


 実は最初、取引をした行商人に『あの、と物々交換するには今の私の手持ちでは対応しかねるのですが……』と戦々恐々とした感じで言われた。

 しかし、今はなによりも食料が大事なので押し切ったのだ。

 行商人は『後日また別の商品を調達して届けに参ります……』と言っていたが、俺もひとところに留まる気はないので、とりあえず実家に送っておいてくれって頼んだ。

 そこそこ身なりの良い行商人だったので、グリフォン便とかワイバーン便あたりを使うんだと思うが、はたして無事にたどり着けるだろうか。

 実家の住所、魔界の奥なんだよな。


「ま、なんとかなるだろ」


 一応あの商人にお使いを頼まれることになるであろう郵便屋に心の中で激励を送りつつ、俺は再び手元の食材に目を落とす。


「んー、せっかく酒を手に入れたから、この辺りで客をつごってみようか?」

「ンモモ!」


 手元にある食糧と酒はたいした量じゃないから多くを呼び込めはしないが、二三人分ならばご馳走できるだろう。

 見れば、遠くに多少植生が豊かそうな森もある。

 あのあたりで食べられる香草を採取して、ささやかな彩りを加えるとしよう。


「あとほかに気にするとなると――」


 酒の味だろうか。

 取引をした行商人が言うにはこの赤い酒は葡萄酒ぶどうしゅで、西方の芸術都市において作られたさぞ高級な酒らしい。

 ははあ、やや胡散うさん臭い気もするが、交換してしまったからにはいまさらどうしようもあるまい。

 なにより俺には秘策がある。


「サトウ様! お願いします! あなたの『砂糖』をちょっと分けてください!」


 俺は平伏しながらサトウに言った。


「ンモ、ンモモ」


 サトウは「しかたねえな」みたいな身振りでまた身体の一部を削り取ってくれた。

 俺は手渡されたそれを酒の中にぶち込む。

 酸味と甘みがうまく融合すれば、これは新たな酒になるはずだ。――完全に勘だがな!

 しかし、サトウの砂糖を一舐めしたときの多幸感には、なにか可能性が眠っている気がする。

 そういうわけで、俺はこの旅路における記念すべき最初の野外レストランを開くことにした。


◆◆◆


「うまい……っ! なんだこの酒は! どこの酒だっ!?」


 その日の夕方、サトウを広告塔に『旅の疲れに少しばかりの酒と料理を』と気の利かない文句で客を呼び寄せ、物好きな二人連れの客を引っ掛けた。

 街道横に銀のテーブルがぽつりとおいてある奇妙な光景と、珍しい白いゴーレムを見て、興味本位で立ち寄ってみたらしい。

 彼らは行商人ではなく、流浪の旅人だった。


「初めてだ! こんな酒は! 甘い酒なぞ若い衆のための飲み物で、本物の酒呑みならばやはり辛み酒と思っていたが……これは考えを改めねばなるまい……!」


 野太い声の男は、興奮気味に言葉を並べ立てている。

 その連れのもう一人の女は、黙って淡々と酒を飲み干していた。

 決して不味そうにというわけではなくて、むしろ酒の味に夢中になっているようだった。


芳醇ほうじゅんな葡萄の香りがゆっくりと口の中に広がったかと思えば、その香りが鼻から抜けるにしたがって今度はほのかな甘みが口の中に広がる……。そして最後に行く着くのは上等な甘味でも食べた時のような多幸感だ。たった一口でここまで彩り豊かな味覚を感じられるとは……」


 男が興奮した様子でサトウの砂糖入り葡萄酒を品評している。

 そんなにうまいのかな。俺も飲んでみようかな。


「まさしく『赤き至高の雫』、天にも昇る思いとはこのことだ」


 すると男の方が若干鬼気迫る表情でずいと身を乗り出してきた。


「主人よ、教えてくれ。この酒はどこにいけば買えるのだ」

「残念ながら、ここでしか飲めない特別な酒だよ。また飲みたいなら、この銀のテーブルを探すことだ」

「ぐぬう……。よし、ならば次もこの野外レストランを探し出してみせよう。目印は銀のテーブルと白いゴーレムだな?」

「そうだね」

 

 当初の商業戦略を、旅人の男はしっかりと汲み取ってくれたらしい。これこそが我が戦略。――たぶんサトウの方が目立ってるけどな!


「――ハハハ! おもしろいじゃないか。野外移動式のレストランなんてそれだけで希少価値が付きそうだ!」


 男が楽しそうに笑った。


「次に来た時はまた別の――新しいメニューを用意しておくよ。もし旅仲間がいるなら、このレストランの噂を広めてくれると嬉しいな。偶然が重なって、その旅人たちとばったり出会うかもしれない」

「ああ、ぜひともそうするよ」


 旅人の男女はそのあとでまた旅路に戻っていった。

 手元に残ったのは自分が食べるために残しておいた一切れのパンと、酒の対価に旅人がおいていった細やかな細工の施された銀の食器。

 『硬貨はいらない』と言ったら、ずいぶんとこのレストランにふさわしい品を置いていってくれた。

 次にレストランを開く時にぜひ使わせてもらおう。


◆◆◆


「なあ、サトウ。お前は俺に対価なく砂糖をくれるけど、お前は何か欲しいものないのか?」


 行商街道沿いにある小ぢんまりとした森の中で、俺とサトウは小休止を取っていた。

 あたりからはリンリンと綺麗な虫の音が響き、空を見上げれば重なる枝葉の向こうに煌々こうこうとまたたく星々が見える。

 森の中から見上げる夜空というのも、存外幻想的で美しいものなのだと知った。


「というか、そうやって身体を削って大丈夫なのか? 小さくなったりしない?」


 俺はサトウの肩に乗りながらその体を軽く叩く。


「ンモ」


 サトウは右の三本指の一本、その親指らしき位置に映えている指をグッ、とあげてみせている。

 たぶん『大丈夫』という意味なんだろう。


「ぬあー、なんて言ってっかわかんねー。せめて会話ができればなー」


 俺がそんなことを言うと、ふいにサトウが人差し指らしき指を使って地面に絵を描きはじめた。

 ――ほうほう……ふむ、ふむふむ。


「お前、絵うますぎだろ」


 絵心が半端ない。「ンモ」よりよっぽど分かりやすい。間違いなく画力は俺の負けである。


「なんでもありかよ……」


 俺なんか小さい頃にウサギとして描いた絵をメイドたちに見せたら、『な、なんという怪物を……!! 旦那様! 旦那様ァ! お坊ちゃまは将来ご有望であらせられますぅ!!』と感涙された男だ。――待って? 俺ウサギ描いた。怪物描いてない。


「そうか、慰めてくれるのか……」


 サトウが俺の肩を指で叩いてまた親指をグっとあげている。

 それからサトウはまた絵の続きを描きはじめた。


「なになに、身体にほかの砂糖を塗りこめば回復すると? ――うおっ、その上りこんだ砂糖が熟成されて例の甘みが出るようになると!! なんという! なんという便利な身体!」

 

 だいたいそんなところだ。

 『熟成されて甘みが出る』という箇所を絵で表現したサトウは、一種の天才だと思う。なんで? なんで俺わかったんだろ。ちょっとサトウの絵にアブナイ魔力的なモノを感じるんだけど。


「ふーむ」


 思い返してみると、そもそもどうして、サトウは偶然に出会った俺についてくるのだろうか。

 俺は出自の関係上、魔物や魔獣、魔族なんてモノに好かれやすい性質をしているかもしれないが、それはあくまで実家付近での話だ。

 このあたりの魔物についてはそんなに詳しくないし、面識もない。

 けれどまあ、サトウが楽しいというのならそれで良いのかもしれない。


「んー」


 俺は一度背伸びをして、また星のきれいな夜空を見上げた。どこからか飛んできた夜光虫がさらにその景色を幻想的に彩っている。


「しかし、砂糖仕立てのゴーレムなんて初めて見たから、当初思っていた以上にこの世界にワクワクしてきたよ。俺が旅に出た理由はこういう好奇心を感じたくてってところもあるんだ。俺って実家に籠ってる時に、実家事情でいろいろ勉強させられたんだけどさ――」


 言葉で振り返っているうちに、どうも昔話がしたくなった。

 自分が言いたいだけの、他愛のない話だ。


「ンモ?」


 そんな言葉にも、サトウは反応を返してくれる。


「こう、書面の上で世界を知るってのも味気なくてさ。せっかくこっちの世界に来たから、前世で生きてた世界と全然違うこの世界を楽しんでやろうと思ってたんだけど……その実家事情のせいで外に自由に遊びに行ける時間もなくてさ」

「ンモウ」


 実際に外に出てみると、まあ大半は書物で見たとおりだったけど、砂糖仕立てのゴーレムに関しては初めてだ。これは書物の中にすら載っていない、『俺の知らないこと』だ。


「あとはそうだな……人との会話は、書物が相手じゃ感じられないからな」


 だからレストランなんてものを自分で運営しようと思ったわけだ。別に会話する相手に困っていたわけじゃない。たくさんのメイドもいたし、城の魔族ともよく話をした。


「けど、あっちはあっちで世界が狭いんだよ。せっかく隣に違う価値観持った領域があるんだから、こっちでも社交したいなあ、なんて」


 だから――


「書面でしか見たことがない珍しい物とか、俺が知らない新しい物とか探しながら、ついでにいろんな国や都市の特産品集めて、通りすがりのやつに振る舞うんだ。身分もなんも関係なく、ただの客人として」

「ンモ!」


 サトウもまあ、気分がノっているうちは付き合ってくれるんじゃないだろうか。

 だからひとまずは、グランドニア王国に向かって、備品と食材を集めて、あとサトウの身体に補充する砂糖を買い集めて、また旅に出よう。

 旅する銀のレストランの世界見聞録と洒落込もうじゃないか。


「よおし、んじゃ、まずはグランドニア王国へ! 実際に歩くのは俺じゃなくてサトウだけどなっ!」


 旅の移動手段としても、サトウは優秀なのだ。

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