第一幕【砂糖仕立てのゴーレム】

第4話「月と荒野と真っ白なゴーレム」

「なんだかんだ、結構遠くまで来たなぁ」


 でこぼこの、少し赤みのある荒野をひとりで歩いていた。

 背には自分の身の丈ほどの銀のテーブルが乗っかっている。

 すれ違いざまに「見ちゃいけません!」とかよく言われるが、きっとそれは俺の姿が眩しすぎて失明するからだろう。

 目的に一直線に邁進する人間は、えてして輝いて見えるものだ。


「とはいえ、いまさらだけどちょっと歩きづらいな……」


 実家からパクってきた銀のテーブルは、木づくりのものとは違ってなかなかの重量がある。

 正直重さは問題ではないのだが、いかんせん幅を取って歩きづらいのが難点だ。


「でも俺は、このぴかぴかに光る銀のテーブルを目印に最高の移動式レストランを開くと決めた……!」


 ――うまい酒と料理は、ちょっとだけ世界を平和にする。


 だから、レストランを開こう。

 世界を旅しながら、その場所その場所で通りすがりの客に酒とうまい料理を振る舞う。

 もちろんそうやって有名になるのも悪くはない。

 となれば既存の競合相手との差別化は必要だ。

 だから実家に置いてあった銀製のバカでかいテーブルをパクってきた。

 実家のメイドたちには「ああ、やっぱり馬鹿だったんですね?」とゴミを見るような目で言われたが、俺の高尚な商業戦略を見抜けないとはまるで見る目がないといえよう。


「もうちょっとで着くはずだ」


 俺が向かっているのはグランドニア王国という大きな国だ。

 とりあえず記念すべき最初の客を迎えるため、食料を調達する必要がある。

 ついでに人通りも多いから客も捕まえやすいだろう。


「そういやグランドニアって勇者を生み出した国だっけか」


 先日助けた勇者は元気にしているだろうか。


◆◆◆


 しばらく無心で地を眺めながら歩いて、歩き続けて――

 ある時点で俺は自分の過ちに気付いてしまった。

 ふと、久方ぶりに顔をあげる。


「ふう」


 小高い丘だ。

 とても見晴らしが良い。


「――うん」


 だがなんということだろう。

 人っ子ひとり、見当たらない。

 俺は銀のテーブルを背から降ろして、丘のてっぺんに三角座りで座り込んだ。

 しばらくしてから大の字に寝転がって、誰にともなくぼそりと告げる。


「なるほど、俺は方向音痴らしい」


 実家のメイドたちがやたらと「家出するのはいいですけど方位計と地図だけはちゃんと持って行ってくださいね‼」と言っていた意味をようやく理解する。

 一度だだっ広い荒野に迷い込んでしまうと、はて、どっちへ歩いて行けばいいのかまるで分からない。

 荒野には夜が舞いこもうとしていた。

 涼んだ空気の中を俺の軽い声音が飛んでいく。


「さて、どうしたもんかなぁ」

「ンモ」

「世界って、広いよなぁ」

「ンモモ」

「どっかの優秀な道案内人が俺を担いで行ってくれないかなあ」

「ンッ、ンモッ」


 ……。


「んもう」

「ンモウ」


 さっきから俺の会話に反応しているのは誰だろうか。

 もしそれが人間なら、俺は間違いなくこの場から逃げ出す自信がある。

 滑稽こっけいさというのは方向性と程度がぶっち切れると恐怖に変わるものだ。

 おそるおそる声のしてくる方向を聞き定めて、それが自分の足元からだということにようやく気付いた。


 ――丘だ。


 俺が寝そべっているこの丘が、「ンモ」という音の度に振動しているのだ。

 ゆっくりと銀のテーブルを背負い直して、丘から滑り下りる。

 そうして下りきったところで振返ってみれば、


「うおっ、〈ゴーレム〉かよ」


 荒野の赤味の土にまみれた、巨大な土人形ゴーレムがそこにいた。


「ンモッ!」


 巨大ななりと、角ばったイカツイ体型とは対照的に、その鳴き声はやたらに柔和である。しみじみと心が安らぐ気さえしてきた。なにこれ、ちょっと可愛いかも。

 顔は立方形で、二つのビー玉みたいな目と、とってつけたような丸い赤鼻がある。

 目は月光を反射して金色に光っていて、夜空に映える大きな星のようだった。

 ふと、俺が観察していると、ゴーレムが鈍い振動音を発しながら身体を左右に振る。

 どうやら荒野の土を振り払っているらしい。


「ンモ、ンモモ」

「んも」

「ンーモ?」


 勘で会話をこなしつつ、俺はゴーレムが土を払っていくのを傍らで見ていた。

 少なくとも今の時点でこのゴーレムには敵意が感じられない。

 ゴーレムは自然発生的に土に意志が宿って生まれる場合もあれば、魔法によって人為的に生まれることもあるが、もとから行動を規定されている後者と比べると前者のゴーレムは意外と穏和だ。

 ゴーレムの本質が非戦に傾いているというのは実家の魔物図鑑で読んだ。

 言ってしまえば、そこらへんにいる動物とそう変わらないということだ。

 ちなみに一部には群れを作って集団生活をしているゴーレムもいるという。


 そうして記憶を探っているうちに、目の前のゴーレムの土が掃われていって、その身体の本当の色が明らかになった。


「お前、やたらに白いな?」


 雪のように白い。

 月光を浴びればひとたび美しさすら纏う、夜の荒野の真っ白なゴーレム。

 なかなかに綺麗だ。


「ンモ」

「そっかー」


 いや、なに言っているかはわからないんだけど。

 一応こういう魔物も魔族の一種ではあるが、いかに魔王であっても各種族の独自言語までは未修得である。

 そもそも魔王って外の世界から来てるし。


「ンモッ、ンモウ!」

「ふんふん」


 けれど、なんとなくその宝石のような目が俺についてきたいと言っているように思えた。

 間違いない。むしろそうであれ。――移動手段ばんざーい。


「よろしい。そんなに俺の野望に付き合いたくば、ついてくるがいい。――ただしっ! 賃金はでないからな!!」


 ろうどうほうなんてものはありません。


「ンモ!」


 よし、物珍しい白のゴーレムを確保した。

 これだけの巨体で、物珍しい白で、夜に映える姿ならば、レストランの広告塔として活用することができる。

 見た感じ、赤鼻から『ふんすふんす』って気合ありげに鼻息を吹いてるし、気概きがいは十分だろう。

 それに、このゴーレムが発する雰囲気は癒し系である。

 パっと見はやや恐ろしげな姿だが、こいつはきっと普通のゴーレムよりは恐れられないに違いない。なんだろう、ペットみたいな感じ。


「でさ、実は俺、絶賛迷子中なんだけど、グランドニア王国ってどっちに行けばあるかわかる?」

「ンモ、ンモモモ」


 白いゴーレムは角ばった三本指の一本を立ちあげて、ある一点を指差した。月の浮かぶ方角だ。――なんと便利なゴーレムだろうか。地図の代わりにもなるらしい。

 ……あれ? こいつもしかして旅に関しては俺より役に立つんじゃ……


「おお、ありがたい。……あとさ、いまさらふと思ったんだけどさ、なんでお前は俺の言葉がわかるのに喋ることはできないんだろうな……」

「ンモウ……」


 しょんぼりするゴーレム。

 ああ、聞くべきことではなかったらしい。

 きっと声帯の作りが違うとか、いろいろと小難しい理由があるのだろう。


「あ、あといつまでもお前ってのはなんだな。なにか名前をつけようか」


 言うと、ゴーレムが突如として自分の指をパキリと砕いた。

 そうして、砕けて白い砂のようになったそれを俺に手渡してくる。

 はて、何を言いたいのだろうか。

 もらった砂を、ひとまず眺めてみる。

 白い。

 さらさらと細かな粒子だ。汚れ一つない様は、どことなく高級感を感じさせる。

 匂いを嗅ぐ。

 無臭だ。広告塔から強烈な悪臭が放たれるという悪夢染みた状況は避けられたらしい。

 舐めてみる。

 味はするのだろうか。

 ――した。


「甘いな!!」


 絶妙な甘味あまみだ。

 甘すぎず、しかし確かに、舌から身体に染み込むような甘味が伝わってきて、多幸感を覚える。


「これ『砂糖』か! お前、砂糖で出来てるんだな?」

「ンモッ!」


 それを伝えるために、わざわざ身体の一部を砕いて渡してきたらしい。

 ははあ、砂糖で出来たゴーレム。

 これはもはや、単体の見世物としても十分に活躍できる代物しろものだ。

 俺の目的があくまでレストランの繁盛にある以上はひとまず置いておくにしても、これは良い出会いをした。

 偶然の迷子も捨てたもんじゃないな。


「よし、じゃあ、お前の名前は〈サトウ〉だな!」

「ンンッ!! ンフッ、ンンッフ!!」


 どうしたよ。むせるなよ。面白いむせ方するな、サトウ。


「ン、ンモ……」


 白いゴーレムの顔が、一瞬にして憔悴しょうすいしたような気がした。――気のせい気のせい。

 俺のネーミングに感謝感涙したんだろうさ。

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