第3話「旨い食事は、ちょっと世界を平和にする」

「に、兄さん! 勇者と一戦交えたというのは本当ですか⁉」


 ひとまず部下たちに各々身の振り方を考えるようにと言伝したあと、俺は自室へ戻った。

 すると、驚いた形相で部屋に入ってくる少年が一人。


「ああ、うん。いや、戦ってはいないけど話はした。それで、勇者の呪いを解くかわりに魔王死んだことにしてもらった」

「ええ……」

「あとお前も死んだことにした」

「え、ええ……」


 少年の名をツェペリという。

 俺の次の魔王候補としてこの世界に転生してきた――いわば俺の弟だ。

 なめらかな金の髪とエメラルドのような緑の眼が美しい中性的な美少年である。


「で、俺は旅に出ることにしたよ」

「ど、どこから突っ込めばいいかわかりません……」


 ツェペリは額を押さえて困惑している。


「いやさ、俺たちってとりあえず魔王を継ぐためにバカみたいな鍛錬してるけど、強くなるばっかりで実際に今の世界の魔族の状況をこの目で見ることあんまないじゃん」

「まあ、そうですね」

「実際、魔王城周辺にいる魔族以外は勝手によろしくやってるっていうのは聞いてるし、人間領にとけ込んでる魔族がたくさんいるのも知ってる」

「はい」

「でも、それを実際には見てない。これははなはだ問題だ。俺は魔王として、そういう今の状況を正しくこの目で見極める責務があると思うんだ」

「……」


 そこでツェペリはふといぶかし気な顔をした。


「兄さん、それって方便ですね?」

「……」


 ツェペリは平時、俺の頼みはなんでも聞くし、なにかあれば兄さん兄さんと駆け寄ってくる本当にかわいい弟だが、生まれたころからやけに勘が鋭く、いわゆる妙に察しがいい子どもだった。

 まあ転生してるから単純な子どもじゃないんだけど。


「本当の目的はなんです?」


 ツェペリに詰め寄られ、俺はたじろぐ。

 くそ、なかなか迫力がある。


「…………うまいものが食いたい」

「……」

「ついでにそういうの料理したい」

「……はあ」


 俺には趣味があった。

 暴力という点で先代魔王を越え、まともに戦える相手がいなくなったあとハマったものだ。


「世界平和のために必要なことは、食事だと思うんだ。それも、うまい食事」

「急に話が大きくなりましたね……」


 あながち間違いではないと思う。

 人間も魔族も、共に食卓を囲めば不思議と仲良くなることが多い。

 無論、それだけでこのこじれすぎた世界がどうにかなるとは言わないが、そうして食事を一緒に取り、話をすることで、多少摩擦が減る可能性はあるだろう。


「俺は魔王だが、元人間だ。だから俺はまずこの食事でもって、魔族も人間も共に歩めるような世界を作ろうと思う」

「いつの間にかすり替わってますけどそれも方便ですよね」


 くそ、さりげなくやったつもりだったのに。


「……うまいもん食いたいぃぃぃ! 珍しいものも食いたいぃぃぃ! もうこの城の中で過ごすの飽きたぁぁぁ‼」


 そしてせっかくこんな世界に転生したんだからもっとファンタジーっぽい空気に浸りたいんだよ!

 転生してからここまでの人生があまりにも灰色すぎる……!


「旅しながら移動式のレストランとか開いて、そこでいろんな話聞いたりしながら俺の料理で舌鼓したつづみを打たせて、なんやかんやあって世界は良い方向に向かうんだっ!」

「……はあ」


 兄に向かってため息をつくとはなんて弟だ。


 ◆◆◆


「じゃあ、行ってくる」

「決断してから実行までが早すぎますね……」


 俺はいくつかの荷物を手に、魔王城の城門にいた。

 周囲には俺の見送りにきたお世話係のメイドたちと、元部下、そして弟のツェペリがいる。


「どうかお体には気をつけてくださいまし。なにかあったらすぐに帰ってきてくださいね」

「うん」


 メイドたちが目をうるうるとさせてそう言う。

 ハハ、その表情には騙されないぞ。俺のことを誰よりも厳しく鍛錬してきたのはメイドたちだ。

 それぞれが名のある高位魔族で、ほとんど姿かたちは人間だが、持っている力は先代魔王にも匹敵しかねない暴圧的なものである。


「あんまりツェペリをいじめるなよ」


 この眉目秀麗なメイドたちは、すべて過去に俺を狙って襲撃してきた魔族だ。

 魔族にもいろいろあって、やつらは次期魔王が転生してくると、その者が自分たちの上に立つに値するかどうかを確かめに襲撃してくる。

 たぶん暇なんだろう。


「叶うのならば、共にゆきたいと思うのですが……」

「いや、ツェペリが家に残るから、一応こっちにいてくれ」


 かつて、俺は彼女たちに襲撃され、そして一人残らず打ちのめした。俺も暇だった。

 そうしたら彼女たちは歓喜に打ち震えて半ば強引に忠誠を誓い、こうして身の回りの世話をするメイドとして魔王城に住み込みはじめた。

 押しかけ女房の魔族バージョンかな?


「陛下、どうかご無理をなさらぬよう。我々は陛下に忠誠を誓っておりますが、市井に散らばった魔族の中には魔王様へのご恩を忘れているものもいるでしょう」

「まあそれはそれでいいんじゃない。昔の話だろ。あともう魔王じゃないから陛下はやめてくれ」


 次に声をかけてきたのは頭から二本の巻き角を生やしたナイスミドルな魔族だ。


「では、ヴラド様。わたくしどもはいつでもあなたの魔王としてのお帰りを待っております」

「もう必要ないと思うけどね。というかお前らのほうもなにかあったら良い感じに連絡よこしてね」

「かしこまりました。できるだけ、お手を煩わせないようにいたします」


 別にいいのに。

 何度も言うが、俺だってこの魔王城に住む仲間たちを大切に思っている。

 だから、必要なときにはいつだって体を張るつもりでいる。


「兄さん……寂しくなりますね……」

「悪いな、ツェペリ、親父の世話を任せる感じになっちゃって」

「いえ、それは構いません。お父様も最近は人間界の本を読んだり、盤上遊戯にふけったりで勝手に老後を楽しんでいるので」


 先代魔王――俺の父に当たる人物は、血こそ繋がっていないが考え方が少し俺に似ていた。

 一応、慣例に従って魔界領の維持を嫌々ながらやっていたが、正式に魔王を引退して今は好き勝手過ごしている。


「なんかあったら親父を魔王として盾にしろよ。俺とお前は死んだことになってるから」


 勇者に先代魔王がいることを明かさなかったのは、いざというとき親父を盾にするためだ。

 扱いは悪いが、まあ親父は許してくれるだろう。


「わかりました。僕は兄さんほど戦えませんから、いざというときはお父様やここにいるみんなに守ってもらいます」


 ツェペリはたしかに俺や親父と比べてそこまで戦闘能力が高くない。

 無論、これから鍛えればそうではなくなるかもしれないが、どうにもツェペリはこれまでの魔王とは違うタイプのようではあった。

 なんとなく、そういう時代の流れなのかとも思う。

 戦うだけが能の魔王は必要なくなってきたのだろう。


「よし、んじゃ行くかな」


 そうして俺は仲間と兄弟を背にきびすを返す。


「旅かー。なんかワクワクしてきたな」


 昔、まだ俺が人間だったころは忙しいばかりであまり旅などできなかった。

 今、こうして魔族に転生することで、世界と時代を超えた願いを結実させられた気もする。


 なにはともあれ、こうして俺の旅は始まった。


「ところでその背中に背負しょってる大きな銀のテーブルはなんですか?」

「俺のレストランのトレードマークだ」

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