第2話「そうだ、旅に出よう」

「あっ、なんか急に来ちゃってすみません。僕、勇者なんですけどぉ……」

「ひっとらえろ‼」


 大広間につくと、中央でぺこぺこと頭を下げている気弱そうな人間に、部下の魔族たちが襲い掛かるところだった。

 人間だからって急に襲い掛かるのやめろって言ってるのに。

 ……あ、でも不法侵入だからしょうがないか。


「えっ⁉ あ、いや、ホントすみません! でも僕戦いに来たつもりじゃないんですよ! ホントですって!」

「おい、やめろ、話を聞いてやれ」


 念動力の魔術を発動させて周囲の魔族を引きはがす。


「やあ、君は勇者かな」

「あっ、もしかして魔王さんですか?」


 ぺこぺこと頭を下げる姿は前世で一緒に仕事をしていた同僚のようだった。

 ふと懐かしい思いに駆られる。


「いや、魔王じゃないです。それより、仲間が手荒な真似をしたね。すまなかった」

「あ、いえいえ、勝手にご自宅にお邪魔しちゃった僕が悪いので……」


 ものすごく腰が低い。

 話に聞いていた昔の勇者とはえらい違いだ。


「で、戦いに来たつもりじゃないって言ってたけど」

「そ、そうなんです! 実は僕、人間界で勇者をやってまして」


 よく見ると見た目は悪くない。

 髪は白髪だが雪のように澄んでいて、眼は透き通るようなアクアブルー。

 黒髪赤眼をしている俺とは正反対の色合いだ。


「実は僕、僕を生み出した国の王様に魂レベルで呪いをかけられてまして、生きるためには魔王を倒さなきゃならないんですよ……。なんでも、二十歳になるまでに魔王を倒せないと体が爆発四散するみたいでして……」


 派手だな。

 手でなにかが破裂するジェスチャーを見せる勇者に対し、俺は憐憫れんびんを覚えた。世も末だ。


「そうまでして人間は戦いが欲しいのか」

「そうみたいですねぇ。どうやら現場に駆り出されてる兵士たちもそろそろ限界みたいです」


 よく見ると勇者の目の下には特大のくまがあった。やはり世も末だ。


「それで、勇者さんは魔王を倒しにここへ?」

「いやぁ、正直僕もこの呪いさえなければそんなことしたくないんですけど、これでも結構死ぬのが怖くて」

「大変ですねぇ」

「いやぁ、ホント、でも魔族さんたちには悪いことしちゃうし……」


 この勇者、めちゃくちゃ腰が低いが確かに強そうだ。

 おそらく先代魔王では敵わないだろう。

 勇者というのは古来より魔王に対する特効兵器として存在したが、ここにきて人間たちの妄執もうしゅうのようなものを見た気がした。


「じゃあ、その呪いがなければ特になにもせず帰ると?」

「そうですね。でもこれ、気持ち悪いくらい複雑な魔術性の呪いなんで、たぶん目的を達成するか僕が死ぬかしないと解けないと思うんですよね」

「でもそれ、目的を達成しても爆散するようになってるよ?」

「えっ?」


 だから、世も末だ。

 思った以上に勇者を生み出した人間どもは狂っている。


「ええ……嘘ぉ……じゃあ僕どうやったって爆散する運命なの……」

「解いてあげようか、それ」

「えっ?」


 だから俺は提案した。


「できるんですか……?」

「うん。伊達に魔お――じゃない、この魔王城で魔術を研究している身なので、人間の生み出したそれくらいの呪いなら解けます」

「ぜ、ぜひお願いします……!」

「じゃあ、ひとつ条件があります」

「な、なんでしょう……! 爆散しろとかでなければなんでもしますが……!」


 それじゃあ意味ないだろ。


「魔王を倒したことにしてくれない?」

「え?」


 そんな疑問符とともに答えたのは、勇者と、そして周りにいた魔族たちだった。


「現魔王と、あともう一人、次期魔王候補がいるんだけど、そのどっちも倒したことにしてほしいんだ」

「べ、べつにいいですけど……あ、でもそれだとなんで僕が爆散してないんだって話に――」


 そこは自分でなんとかしてほしい。勇者の体が爆散するかしないかは人間の問題だ。


「うーん……まあでも、このまま死ぬよりは可能性があっていいですね」

「ふーん」

「な、なにかおかしなところがありましたか……⁉」


 勇者はおどおどして首をかしげる。


「いや、俺を脅して束縛術式を解かせた上で、魔王を倒すとか考えなかったのかなって」

「あー、それはないです」


 ふと勇者は困ったような笑みを浮かべて言った。


「だって、魔王ではないあなたにだって僕は敵いません。あなた、ものすごく強いですよね。だから、その上にいる魔王には僕はどうあっても勝てないと思います」


 どうやらこの勇者は本物だ。相手の力量を正確に測る目を持っている。


「そっか。じゃあ交渉成立ってことで」

「はい、お願いします」


 こんな不憫ふびんな生を受けた勇者に同情しないではないが、さすがに俺も人間領の諸問題まで抱えてやる懐の深さは持っていない。


「――はい、これでオッケー。もう解いたよ」

「あ、ありがとうございます! たしかに呪印が消えました!」


 勇者は自分の手の甲に刺青のように入っていた呪印が消えたのを見て喜んでいる。


「じゃあ、あとは頼むよ」

「わかりました。命の恩人の頼みです。必ずや完遂して見せます」


 この勇者はきっと約束を守るだろう。

 そういう律義さをこの短いやり取りの間で見た。


「はい、じゃあみんなも撤収。これからの話をしよう」


 ふと、そこで俺は思い立った。


 ――そうだ、旅に出よう。

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