第二幕【金色のスライム】
第7話「飛び跳ねる金色の球体」
「うっは、なんだこれ、動く金の玉だ!」
「ンモ!」
フフッ、『の』が外れたらちょっと人には聞かせづらくなる単語だぜ。
だが俺の表現は的確だ。
俺の足元にはピョンピョンと飛び跳ねる金色の玉があった。
素晴らしい光沢の磨き上げられた金珠。……あ、『の』が抜けたけどセーフだよね。漢字バリアッ!
◆◆◆
その日、俺は行商街道から少し離れた場所を歩いていた。
グランドニアからやや西に外れた森林地帯だ。
なかなかうっそうとしているが、森は生命の宝庫とも言うし、何かレストランで出せる食材がないものかと目を光らせる。
「サトウ、なんか見つけたら教えて」
「ンモ!」
まったく、人語を解するゴーレムは最高だな。
そうやってしばらく森を歩いていると、少し離れた場所から「ンモオ!!」という鳴き声が聞こえた。
ちょっと馬鹿みたいに聞こえるけど、すごくカワイイやつだぜ。
そうして俺がサトウのところまで行くと――
「金珠だ……!」
そういうわけで、現状に繋がるわけである。
◆◆◆
「スライムっぽいなぁ……」
俺は世に
しかし、金色のスライムなんてものは見たことがない。
……なんか高く売れそう。
「キュピア!!」
そんなことを思っているとスライムが抗議するように鳴き声をあげた。
「嘘嘘、冗談だよ。――というか今お前俺の内心読んだ?」
金色のテカテカしたスライムが鳴き声をあげたこと自体ちょっとアレな光景なんだが、すでに若干慣れてきた。
しかし、冗談はともかくとしてコイツどうしよっかな。
「ンッモ」
サトウが角ばった指を伸ばして金色のスライムに近づけている。
犬猫に指を差しだすのと同じ感覚だろうか。
「キュピッ!」
金色のスライムはサトウの指に乗っかって、嬉しげに身を跳ねさせている。
こいつら何話してんだろ。――実はちょっと話に加わりたい。
「まあいいや、なんだか仲良い感じだし、連れてく?」
サトウが気に入ったのなら構わない。俺の大事な連れの、さらに連れということになる。――面倒だから俺の連れでいいや。
「ンモ! ンモモ!」
「おっけおっけ」
たぶんサトウは「おっしゃ連れてこうぜ兄貴!」って言ってる。たぶんな。
「じゃあコイツにも名前つけてやらんとな」
「ンッ、ンンッ‼ ン、ンモ……」
なんだよ、なんだか乗り気じゃないな。なんでむせたんだよ。
俺のネーミングセンスが最強であることはサトウだって身をもって知っているじゃないか。
「ンモウ……」
「そうだなあ……」
サトウが少しうな垂れているが、俺はあえてそれを無視する。
今はこの金玉の名前を考えなければ。
「キャン・タマなんてどうだ」
「ンモアッ!!」
「うわっ!」
サトウが急に身を立たせた。
びっくりしたぁ……。
抗議のジェスチャーだろうか。
「そっかぁ、気に入らなかったかぁ……」
「ンモ」
やっぱりそうらしい。
ちっ、天才的な名前だと思ったのに。
「ゴールデン・ボウル」
「ンモア!」
「キーン・タ――」
「ンモアッ!!」
なんだよ、途中で遮るなよ。
しかたねえ、少し趣向を変えるか。
「ゴールデン・スライ――」
「フオオ!!」
うおっ、今まで一番激しいな。こっち方面もダメか。
てか「フオオ」ってなんだよ、「フオオ」って。「ンモ」以外もいけたのかよ、サトウ。
「わかった、じゃあ〈タマ〉でいいや。猫みたいでかわいいだろ?」
実家の城でメイドが飼ってる猫の中に、そんな名前の猫がいた。タマってなんか庶民的な感じなのに、あの猫すっげえ毛並良かったな。なんかもう光ってた。俺よりも良い生活してた。
「ンモ……ンモーモ」
サトウは「まあしかたねえか」みたいな声を絞り出しているから、ひとまずよしということなんだろう。
肝心のタマはサトウの頭の上に乗って飛び跳ねている。
太陽を反射して眩しいんだが――あ、ちょっと、下りてきて俺の目の前で跳ねないでよ。超眩しいから! あっ⁉ 目がっ! 目があああ!
◆◆◆
さて、また森を歩きはじめる。
タマは俺の頭の上に乗って、ぷるんぷるん身を震わせている状態だ。
くそ、良いご身分じゃねえか。
しかし意外と重いからサトウに持たせようかな。
「キュピッ」
するとタマが飛び跳ねて俺の首元に移動した。
「おっ、すごくヒンヤリして気持ちいいな!」
「キュピピッ」
タマが交互に俺の右肩と左肩に移動して、そのヒンヤリした身体でぷるぷるしてくれている。
結構気持ちいい。マッサージとかに使えそう。
「ンモー」
ふとサトウの声があがって、そちらを見ると、サトウは一人で野草の採集をしていた。――あのゴーレムなんでもありだな。
「お前薬草の知識でもあんの? 俺全部同じ緑のゲテモノにしか見えないんだけど」
このあたりの森は意外と深い。
実家付近の森よりはだいぶマシだが、生態系は少し殺伐としている気がする。
「どうしよっかなぁ」
ここから北に向かって山岳地帯に変容していくようだが、さすがに山を越えるつもりはない。
ひとまず西に進んで、森を抜ける方がいいだろう。
「そのあと街道へ戻って、レストランを開いてみるか」
サトウが野草を採取してくれているから、そのあたりの料理でも出せたらいいな。
◆◆◆
しばらく歩いて、サトウの身体に生け花のごとく差しこまれている野草もだいぶ増えたあたりで、俺は森を抜けることにした。
――てかさ、採取した薬草を体に埋め込んでるけどさ、すっげえ砂糖風味になったりしない?
「ンモ」
そんなことを思っていると、俺の内心にまた超絶的な察しの良さで気付いたのか、サトウが右手を開いて差し出してきた。
その中には砂糖漬けになっていない野草が握られている。
「おお、ありがとありがと。じゃあこっちは俺が保管しとくわ」
俺はそれを受け取って腰の皮袋に入れた。
すると、
「キュピッ!」
今度は俺の肩でプルプルしていたタマがやってきて、残りの野草をその身体に取り込んでしまった。
「うおっ、どうしたよタマ」
「キュピ!」
俺の手のひらの上でぽよんぽよん跳ねているタマ。
普通の半透明なスライムだったら取り込んだ食材が消化される過程を見学できたかもしれないが、あいにくタマのメタリックボディは透過性が悪い。
「腹が減ったなら言えよ。ちゃんと俺たちが食べる用の肉とかあるからさ」
「キュピキュピ」
ぷるんぷるんしてるだけでよく分からんが、まあ別に猛烈に腹が減っているというわけでもなさそうだし、ひとまず放っておくことにした。
――このときの俺は、このタマの行動がのちにもたらす結果について、まだまったく予想できていなかった。
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