武田さんサイド

「武田さん、野球を観るんだ。意外ぃ」


 趣味は野球観戦。好きな球団はライオンズ。そう知られると、まず100%の可能性でそんな反応をされる。髪が天パで背も低い私は、ガーリーな趣味を持っていると決めつけられることも多く、そんなリアクション、決め付け、全てが不本意だった。

 とは言え、学生時代では走ればクラスの誰よりも遅く、球を投げればあさっての方向へ僅かに飛ぶ超が果てなく付く程の運動音痴な私にとって、運動は憧れであっても出来るものではなかった。そんな私にとって野球選手はヒーローであり、夢の世界となった。だから所沢で生まれた私が、ライオンズを地元のヒーローと思い、追いかけるようになるのはごく自然で当たり前のことだった。

 理解者はなくとも、私は今日もメットライフドームへ行く。レオのネックレスとシュシュで武装をして。

 まずファンクラブカウンターでピンバッヂを貰い、早速開封。出たのは背番号10の森選手。よっし、森友頼むわよ? 猛打賞! 猛打賞! 無言でプレッシャーを込めながらそれをバッグにしまい、チームストアへ向かう。途中でガチャガチャがあるけど、そこで回して集める趣味はないので横目でチラッと見るだけに止める。

 チームストアではまず新商品を見ておく。それから何か可愛いグッズはないか見渡していたら、タオルコーナーが何か新しそうだったので覗いてみた。あの選手のタオル、デザインがいいわね。そう思って、手を伸ばしたその時だった。


「「あ」」


 女性と手が重なった。ストレートヘアで、シャッキリとした雰囲気の同年代っぽい女性だ。キビキビとした雰囲気で、のんびり顔のちんちくりんな私とは180度違う。この人ならばきっと言うべきこともハッキリ言えて、職場でマスコット扱いされたりしないのだろう。羨ましい限りだ。

 まあ、それはそれとして。


「「ああ、すみません!」」


 私とその女性はすぐさま手を離し、声を重ねながら頭を下げ……

 ゴチン! その頭同士をぶつけた。

 いたたたた。嗚呼、これではまるで古いギャグ漫画じゃないの。そういうこともあるのか。私とシャッキリお姉さんは互いに顔を見合わせて笑い合った。その時はそれだけだった。

 それだけだったのだが。


「「あ」」


 私達は再度そんな声を同時に上げた。たまには鉄板に若獅子カレーを買おうと思って並んでいたら、すぐ近くにいたのだ。シャッキリお姉さんが。

 こんにちは。そんなことをお互いに言って、お互いに会釈をして、その場では何も会話らしきものはせずに別れた。また会ったわね、とは言わないままに。どうせ次はないだろうと思っていたから。だが、しかし。


「「あ」」


 二度あることは三度あると言うのだろう。私達はまたまた出会い、顔を合わせ、そして同時にそんな声を上げていた。

 若獅子カレーを持って自分の席に行った私、同じく若獅子カレーを持って自分の席に行ったであろう彼女、その席は隣同士だったのだ。


「ふふふふ」

「はははは」


 もう、笑うしかなかった。私達は笑った。楽しそうに、愉快そうに。

 事実、楽しく愉快なことだった。


「こういうことってあるんですねぇ」

「偶然って、時に凄いですね」


 こうなったらもう、自己紹介だろう。そう思ったら、もうシャッキリお姉さんがしていた。


「西田です」

「武田です」


 笑い合って、私達は色々な話を試合が始まるまでした。メットライフには頻繁に来ているのか、お気に入りの選手は誰か、ライオンズがこれから一つでも順位を上げる為にはどうすべきかなど、短い時間だったけれどとても濃くて楽しい時間だった。

 嗚呼、こういう話を熱心にし合える友達が周囲にいなかったからか。この出会いは非常に貴重だ。

 若獅子カレーを食べ、お茶を飲みながらそう気付いたりした。そして、お互いにそう思えたのか、その次の瞬間にはLINEの交換もしていた。

 それから少し経つと、スタメンの発表の頃合いとなった。無限に昇る……と歌えはしない状況だけど、拍手・手拍子で勝てるだろうか? 勝てるのか?


「今日は勝てますかね?」

「勝つよ。勝たせるよ!」


 今のチーム状況を考えて不安を抱いていた私に、西田さんはハッキリとそう言ってくれた。やはり彼女はシャッキリお姉さんらしい。そうだ、やる前から疑ってはいけない。そんな当たり前のことに、今更ながらに気付かされた。

 そして何より、最後に丁寧語が飛んだのが何気に私は嬉しかった。たまたまだろうけれど、私にとっては距離が詰められたような気がしたから。


「そうですね。ああ、そうね♪」


 私達は同時に笑い、そして声も合わせる。


「「レッツ・ゴー、ライオンズ!」」


 それからまもなくして、試合が始まった。その内容に一喜一憂して、西田さんと話をしたりして、非常に濃密で楽しい時間を過ごした。こんな時間がずっと続けばいいなと願ってしまう程に。

 だからこそ私はこのシャッキリお姉さんを、西田さんを逃してはいけないと感じていた。それ故、今度は私から約束を取り付けた。


「西田さん、ありがとう。今日はとっても楽しかったわ。またこうやって、何度でも何度でも一緒に遊びましょう。それこそ、ずっとってくらいに」

「ええ、そうね」


 西田さんも私の言葉に微笑んでくれた。嬉しそうに笑ってくれた。

 嗚呼、ありがとうライオンズ。今日、私には友達ができました。無二の友達ができました。

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私をメットライフドームに連れて行って 橘塞人 @soxt

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