第75話 琥珀に酔わされる①(バレンタインSS)
ルードと婚約して以降、ナオミとレッドグレイヴ夫人はイースト地区のアパートを引き払い、デクスターの屋敷で暮らし始めた。
夫人まで一緒に移り住んだ理由は、『
それはそれで、夫人の方にあらぬ疑いがかけられるのでは。ナオミは心配したものの、『
しかし、以前と変わらず夫人がナオミのそばにいてくれることは正直とても心強い。
住む場所が変わったこと以外、生活に劇的な変化もなければ、デクスター家の中での暮らし自体は不満どころかとても心地良く過ごせている。ただ一つ、
けれども、デクスター家次期当主の婚約者という立場上、避けることはできない。
唯一の救いが、
本日もナオミはレッドグレイヴ夫人と共に、その
繊細なレース素材のテーブルクロスが敷かれた、大きな丸テーブルをデクスター家の親族女性、彼女たちの親しい友人たちで囲む。ベルガモットと柑橘の香り漂う紅茶のお供は、スコーンやキャロットケーキ、ステンドグラスを模したバッテンバーグケーキなどなど、甘い菓子がこれでもかと銀製三段ティースタンドに鎮座している。ナオミが好む菓子ばかりだし、紅茶も好みの銘柄だ。(もちろん、デクスター社が取り扱う紅茶である)
なのに、ナオミの手元の小皿のケーキも、紅茶もあまり減っていない。
淑女たる者、がつがつと食べ物に手を付けるなんてはしたないから。傍目にはそう見えるだろう。実際に多少は意識してはいる。
だが、更にその実、親族女性たちの会話内容のせいでナオミは食欲が湧かないでいた。
「……ですからね、就寝時にホットチョコレートを試してみたのです」
「結果はどうでしたの?!」
「おかげさまで!朝まで元気で……、逆に大変でしたわ!!」
「まあ……!噂にはきいていましたけども、チョコレートの媚薬効果ってそんなに凄いのですね」
「あら。チョコレートを口にするだけじゃいけませんわ。自分でも夫をよろこばせる努力しなきゃ。よろしければ、方法を教えてさしあげますわ」
「まっ……、まだ昼間ですわよ!」
「あらやだ。未婚のご令嬢でもありませんのに。私はぜひ教えていただきたいですわ」
うわ。始まった。
淑女たちの夜の情報交換が。
テーブルの上で飛び交う赤裸々すぎる夫婦生活エピソードを、ナオミは虚無顔で聴くフリをする。隣のレッドグレイヴ夫人の微笑みも、よく見ると目が虚無っている。
そう、このお茶会。
毎回、最終的に淑女たちの生々しい下ネタ暴露大会と化すのだ。
夫と良好な関係築くために、夜の夫婦生活が大切なのは理解できる。
浮気防止や倦怠期打開のためなのも理解できる。
「だからって……、食事中に話すことじゃないでしょう?!」
帰りの辻馬車内、レッドグレイヴ夫人と二人きりになった途端、ナオミは盛大に吠えた。多少の大声くらい、どうせ馬車の音で掻き消される。
「まあまあ、落ち着いてナオミさん」
「ルシンダさん!そうは言いますけどもっっ!!」
『ナオミさんはルードラさんと上手くいってますの??』
『何のことでしょうか??』
言葉の意味を理解し兼ね、首を傾げれば、『とぼけなくてもよろしいのにー!』と、一斉にきゃあきゃあはしゃがれた。
益々意味が分からないと更に首を捻っていると、『まさか、まだ何も……?!』と今度は驚愕された。
本気で意味が分からない。
ムッとしそうなのを必死で耐えていると、『ナオミさん!いいですこと!婚約した以上、事前に相性を確かめのは大事なことですわよ!!』『万が一合わない場合、結婚してから改善の努力するのもいいですけど、早ければ早い程いいですからね!!』などとこぞって力説されたあたりで、ようやく何の話か理解し始めた。
「しゅ、淑女がこ、婚前交渉勧めてくるとかっ、信じられないったらっっ!!おまけに、おまけに……」
ナオミのためだと、これまたこぞって閨事の知識をたっぷり経験談交え、喜々と語られたのだ。
「ね、閨事の知識くらいあるわよっっ!!生徒にだって教育の一環で教えてるんだしっっ!!もう、本っっ当に勘弁してほしいのですけど!!」
「ナオミさん……」
顔を覆い、椅子にもたれかかったナオミの背中を、レッドグレイヴ夫人は気の毒そうに撫でさすってくれた。が。
「でも……、あの方たちの仰ることも一理ある、かもしれませんわね」
「ルシンダさん?!」
「相性云々はともかく。ナオミさんとMr.デクスターJr.は今、この国とセレーヌとで別居状態でしょう??しかも結婚後もその状態は続く訳ですし……、正直、浮気の心配は拭えません」
「彼に限って……」
「セレーヌの首都には世界的に有名な劇場型高級娼館もありますし。お仕事のお付き合いで行かざるを得ない状況だってあり得なくもないでしょう。お忘れになっているかもしれませんが。彼、ナオミさんには誠実ですけど、その前は随分と火遊びしていましたし」
「あの、ルシンダさん……、何を仰りたいのです??」
レッドグレイヴ夫人が言わんとしていることは何となく見えてきた。
それでもあえて、尋ねてみる。夫人はにっこりと、楚々とした笑みで大胆に告げる。
「彼の心を確実に離さないために、もっと深く踏み込んだ関係になってもいいと、私は思いますわ」
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