第46話 美しき泥棒猫②
『あとは若い方々で』と、エメリッヒ氏はナオミとルードラ、そしてキャロラインを残し、『お二人とはまだ話し足りない』とクインシーとレッドグレイヴ夫人を強引に伴い、この場から離れていってしまった。
夫人まで連れて行かれるのは想定外。
せめて夫人だけでも残してくれたらよかったのに!
去っていく三人の背中、主にエメリッヒ氏の背中を恨みがましげに見送る間にもキャロラインのルードへのお喋りは加速していく。
「Mr.デクスターとMr.デクスターJr.とじゃ呼び方がややこしく感じますの。ルードラ様、とお呼びしてもよろしくて??」
会って早々に名前呼びとは気安いというか、馴れ馴れしいというか。
美少女ゆえの不遜さ高慢さとも取れるが、美しさゆえにいっそ清々しく思える。
それにキャロラインは主催の娘。父エメリッヒ氏が表の主役なら彼女は間違いなく裏の主役。否、彼女が登場した瞬間からエメリッヒ氏の影は格段に薄くなりつつある。
「……ええ、どうぞ。キャロライン嬢のお好きにお呼びください」
本意かどうかはともかくルードはにこりと微笑し、キャロラインに向き直った。
すぐ隣にいる筈なのに彼の視界からナオミが消え、代わりにキャロラインが映される。少し、ほんの少しだけ、面白くない……気がする。
ナオミの心中を見抜いたのか。キャロラインは横目で一瞬のみ一瞥すると、口元に湛えた笑みを一層深くさせた。
己の若さと美貌と比べたら取るに足らない、とでも思ったのか。いや、考えすぎかも。
自信たっぷりな美女=性格が悪いと捉えるのはつまらない偏見。もしくは自分が勝手に抱く嫉妬や劣等感を彼女に転嫁しているか──、私が、嫉妬??劣等感??
まさか、この私が??
「デクスター商会でチャヤを商品化させたのはルードラ様ですってね。私、販売されてすぐに飲んでみたのですけど、独特の甘さとスパイスの辛味の絶妙な加減にすっかり虜になってしまいました。一か月以上の間にもう何度も頂いてますの。そうね……、少なくとももう五回は」
「五回もですか??それほどお気に召していただけるのは嬉しい限りです」
「もちろんこれからも販売される間は愛飲し続けます。あ、太らないようには気をつけますけど」
太るも何も、キャロラインは同性のナオミから見ても充分ほっそりしている。細い割に、ナオミのドレスより更に深い襟ぐりから覗く胸元は豊満だ。
胸元で腕を組んでいるのは胸の大きさをルードに見せつけようとしているのか……、だめだめ、またくだらない邪推を!
「ねぇ、ルードラ様。チャヤの継続販売は今冬の売り上げ次第と小耳に挟みましたの。本当ですか??」
「……ええ、本当です」
笑顔は保っている様子だが、ルードの声音が微妙に険を帯びた。
当然だ。いくらなんでも今の問いは非礼に当たる。
気付いているのかいないのか、むしろ煽りにきているのか。
キャロラインは尚も突っ込んでくる。
「私、チャヤが本当に大好きで大好きで!今冬だけとは言えず、ずっと販売して欲しいんですの!」
「絶対との約束はし兼ねますが……、実現できるよう最善は尽くします」
「あら!そこは絶対って言って下さらなきゃ!!そうだわ、我が家でまとめて大量購入しても良くってよ!」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけでも大変ありがたく受け取っておきますね」
「あら心外ね!私は本気よ??いざとなったら売り出されたチャヤ全て買い取る気でいますから!!」
キャロラインは勢い込んでルードに押し迫ると、彼の腕を両手でぎゅっと握りしめ──、勢いづきすぎたため、キャロラインはナオミのドレスの裾に足を取られてしまった。
「きゃあっ」
「危ないっ」
「キャロライン嬢!」
ルードとほぼ同時に伸ばしたナオミの腕は、たしかに届いたのに。
キャロラインはその腕を素早く手で払いのけ、代わりにルードの腕の中によろよろと倒れ込んだのだ!
「キャロライン嬢、大丈夫ですか」
「えぇ……、吃驚しました。でも、今ので、少し……、足首を捻ったかもしれません」
ルードの腕の中、キャロラインはまたほんの一瞬、ナオミへ向けて勝ち誇ったように目を眇めた。
「ルードラ様。指定の休憩室へ連れて行っていただけます??」
なんて娘だろう。策士か。
主催の立場を利用するだけでなく、ナオミのドレスで躓いたとあれば、ナオミはその負い目から止めづらくなる。
ルードだってそう。(真偽はともかく)主催の娘を怪我させ、介抱もせず放置とあれば外聞が悪くなる。
ルードもキャロラインの策に気づいたに違いない。
なるべく彼女と密着しないよう、さりげなく身を離しつつナオミをしきりに気にしている。
何この茶番。
何なのよ。
くっっっだらない!!
恋だの色だの絡むと、どうして人はこうも考えも振る舞いも浅ましくなる。
波頭に漂う船のように心持ちを激しく不安定にさせるの。持ち合わせている筈の余裕や落ち着きを乱しに乱すの。
みっともない。
「Mr.デクスターJr. 私ならかまいせん。キャロライン嬢を連れて行ってあげたらどうです??」
「ナオミさん??」
「私は少し酔いが回ってきたみたいですし、ちょっと風に当たってきますわ」
会場を満たす歓談のざわめき、高らかに響く多くの笑い声。グラスが鳴る音、腕のある楽士たちが奏でる美しい生演奏。
そのどれもが今のナオミには酷く気分を重くさせ、一分一秒でも会場から離れたくなっていた。
そう、ちょっと飲み過ぎただけ。
飲み過ぎたから、ちょっと感情的になってしまっているだけだから、頭を冷やしたい。それだけのこと。
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