第42話 それは友情なのか、はたまた①

(1)


 ナオミとセイラ、ルードを乗せた馬車はウエストエンドの邸宅からイーストエンドの作業所へと走る。


 その場の勢いでルードと普通に会話できたし、成り行きでセイラの付き添いを引き受けたものの。馬車という狭い空間で彼とずっと顔を突き合わせているのはなんとなく気恥ずかしい。

 乗車中どうやり過ごそうかと内心困っていたが、セイラがルードの膝に乗りずっとお喋りしてくれたおかげで気まずい思いをせずに済んだ。

 セイラのごきげんなお喋りの声と相槌を打つルードの姿にほっこりしている間に、馬車は作業所に到着した。


 赤煉瓦造り、もしくはセメント製の白壁に長い煙突が突き出た外観の工場群から煙が流れてくる。

 その威圧感さえ覚える大きな工場群に囲われるように、空き地にぽつんと建つ目的の建物を一目見た途端、工場と呼ばず、作業所と呼ばれていた理由がよく分かった。


 セメントの白壁に長い煙突、ここまでの外観は他と一緒だ。しかし、敷地も建物もミューズハウス馬小屋を改築した家一軒分くらいの大きさくらいしかない。

 曇った窓硝子にかすかに映る人影の様子から察するに、作業員の数も少なそう。大型機械設備も導入しているかもあやしい。


「ついてきてください」


 戸惑うナオミを一瞬振り返ると、ルードはセイラの手を引いて作業所へ向かう。少し遅れてナオミもついていく。


 建物に近づくごとに茶葉の香り、シナモンやクローブなどの香辛料の香りが漂い、鼻腔をくすぐってくる。セイラも「いいにおーい!」とはしゃいでいる。

 そしていざ作業所の中へ入れば、ほぼナオミの予想通りだった。


 数本の太い柱がやや高めの天井を支え、柱が建つ位置に合わせるように各工程の作業台が数脚並んでいるが、目立つ機械設備は見当たらない。すべての作業工程が総勢十人足らずの作業員の手で行われている。


 ある作業台では計量器で茶葉ダストの量を量り、別の作業台では香辛料を削ったり、すり鉢で細かく砕いたりした後、茶葉と同じく計量器にかけ。

 また別の作業台では量りにかけた茶葉と香辛料をガーゼ素材の小さな白い袋に詰め、本の形をした箱へ十包ほど詰めていく──


「非効率かつ時代錯誤アナログだと思いましたか??」


 入り口扉の前で一連の作業を三人で眺めていると、ルードがナオミの顔を見ずに訊ねてきた。

 そこまでは思っていないにせよ、似たようなことは考えていたため、どきりとする。

『そんなことはない』と適当に笑って否定しても、見透かされた以上ごまかすのは無駄だ。


「非効率とも時代錯誤とも思いませんが……、随分と手間暇かけていらっしゃるのですね」


 慎重に言葉を選んだつもりが、実際口にすると嫌味にも取れる気がしてきた。

 額面通りに言葉を受け取ってくれればいいけれど、皮肉屋気質のルードではそうもいかない、かも。かと言って、あれこれ言い訳がましく弁解するのは逆効果だろう。


 そこまで考えて、ルードに対して己への印象が悪くなるのを怖れる自分にナオミはきづいてしまった。が、友人につまらないことで嫌われたくないだけだとすぐに思い直す。


「手間暇、ですか。なるほど。そう考えれば悪くないですね」


 ナオミの心配はルードの一言で杞憂に終わった。

 ホッとする反面、強引なまでの前向きさにほんの少しだけ呆れてしまった。そうだった、変なところで前向きな人だった……。


「機械設備は父の許可が下りなかったんです。まだ試用販売の段階で予算はあまりかけたくない、機械設備導入は今冬の売り上げ次第で検討したい、と」


 作業所は立ち上げて間もない上にすべてが手作業となると、彼が無理を押してでも仕事を手伝うのも当然の成り行き。あまり認めたくはないけれど。


「ところで、あのガーゼの小袋は」

「あれはカップ一杯分のチャヤを淹れるのに必要な茶葉と香辛料を詰めたものです。ミルクの中へ直接入れて一緒に煮立たせ、抽出させるために」

「画期的ですわね。作り方も簡単で一定の風味も保てるなんて。チャヤ以外の普通の紅茶にも使えるのではありませんか??」

「ありがとうございます。父もあの小袋はいずれチャヤ用以外にも使ってみたいと。よければ、小袋の製作工程も見てみますか」

「うん!見たい!見たい!!」


 ナオミが答えるより先に、ルードの腕を引っ張ってセイラが食い気味に答えた。


「よし。では、奥の部屋へ案内しましょう」







(2)


 奥の部屋に入った瞬間、実は縫製工場なのではと錯覚しそうになった。


 まず、扉正面から見て最奥の窓辺に置かれた二台のミシンに目が引かれ。

 部屋を陣取るように置かれた大きな長机二脚、机上には真っ白なガーゼが乱雑に拡がり。ガーゼの波間にお針子の中年女性数名が小袋を縫っていた。


「あら副会長じゃないかい、こんにちは」


 ルードに気づいたお針子の一人が顔を上げ、挨拶をしたのを皮切りに全員が顔を上げ、口々に挨拶をした。挨拶しながらも小袋を縫う手は止めない。


「あれ、どうしたんだい。今日はかわいらしいお嬢ちゃんときれいなお姉さん引き連れちゃってまぁ」


 き、綺麗だって?!

 言われ慣れない言葉に動揺していると、「両手に華だねぇ」「副会長も隅におけないじゃないかい」などと冷やかしが次々飛んでくる。


「この子は僕の義妹いもうとで、こちらの女性は義妹の家庭教師。作業所の見学したいと義妹がせがむから付き添ってくれてるだけだよ」

「本当かねぇ」

「……嘘ついても仕方ないでしょう。今日の進捗はどうですか??」


 どっと大笑いするお針子たちへ咳払いすると、ルードは真面目な顔で机上へ視線を落とす。よく見ると、ガーゼの波間に埋もれて、縫い上がった小袋が箱詰めされていた。


「ばっちりだよ!明日の生産分は余裕だし、何なら次の安息日明けの分まで出来上がってる。副会長が夜中にいつもこつこつ作ってくれてたからねぇ」


 え?は??

 男性のルードが??夜なべで針仕事を?!


「笑わないでください」

「わ、笑って、ません……」


 お針子たちの手前、それ以上ルードは何も言わなかったが、本当はもっと言いたいことがあるだろう。しかし、拍車をかけるように(絶対面白がっている)お針子たちが次々と暴露を開始する。


「副会長、要領いいから一回教えただけですぐ針仕事覚えたんだよ」

「覚えが速いだけじゃなくて仕事も速くてさぁ」

「でもねぇ」


 お針子たちは揃って顔を見合わせ、にやり。


「気を抜くとすぐ針を指に刺しちまうんだよ」


 んんっ!と再び咳払いでごまかすルードに、ナオミはとうとう堪え切れず噴き出してしまった。

「おにーさま、おけがだいじょーぶ??実はちょっとドジなの??」とセイラが無邪気に追い打ちをかけるので益々笑いが収まらない。


「笑わないでくださいっ!」

「す、すみませんっ……、ふ、ふふ、くっ……!」


 なんとか笑いを収めなきゃ。


 目尻に溜まった涙を指先で拭い、別のことを考えようとさりげなく室内を見回してみる。


「あの……、窓辺のミシンは誰も使わないのですか??」

「あぁ、ミシンですか」


 ルード曰く数日前に中古で導入したはいいが、ミシンを扱えるお針子がいないので、近々知り合いの縫製工場から指導者を駆り出すとのこと。


「せんせー。せんせーがおばさんたちに教えてあげるといいよー」

「セイラさん?!」


 お針子の縫い仕事を興味深そうに眺めていたセイラが、ナオミとルードを振り返り、無邪気に続ける。


「せんせー、ずっと前にセイラのお人形さんのドレス、ミシンでつくってくれたもん。せんせーはおべんきょう教えるのじょうずだしー」

「セイラ。ナオ……、ガーランド先生はお忙しいから、それは無理だとおも……」

「私は別に構いませんが」

「……って、貴女も真に受けないでください」

「貴方の忙しさに比べれば、私の忙しさははるかにマシです。それより」


『貴方の健康が気になります。ちゃんと寝て欲しいですから』と言いかけて、やめる。本人にもお針子たちにも妙な勘違いされたら困る。


「……なんでもありませんわ。今からでも大丈夫でしたら、簡単な取り扱いだけでも教えますよ」

「ナ……、ガーランド先生!」

「本当かい?!早速教えておくれよ!!」


 渋るルードなどおかまいなしに、お針子たちは席を立ち、ナオミをミシンの前まで引っ張っていく。


 余計なお世話かもしれないが、少しでも彼の負担を減らしてあげたい。

 友人を助けたいと思うのはごく自然な感情。特に変なことじゃない、筈。










 ※この後しばらく、作業所のお針子おばちゃんたちの間で「あの二人は絶対結婚するね」と噂されていました。

 ※ティーバッグは20世紀初頭のアメリカ発祥ですので参考にしている時代より少し後ですが(発祥国も違うし)、本作はあくまで「俺の近代英国風異世界」なのでツッコミ等ご容赦ください……。

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