第38話 暴かれる秘密②
(1)
唐突に破られた静寂に驚く間もなく、悲鳴に次いで複数の足音がバタバタと響き渡ってきた。囃し立てるような、あまりよくない種類の話し声も。
「子供??」
「の、ようですね。試飲に飽きてさっきも外で走り回っていましたが。外だけでは飽き足らず、まさか中でまで追いかけっこ始めるなんて」
関心なさそうでいて少なからず不快を感じている。と、ルードの口振りからありありと伝わってくる。
気持ちは分からなくもない。幼い子供は、時に大人の理解の範疇を超えた行動を取る。屋敷の中を荒らされたり、物を壊される心配をするのも当然だろう。
けれど、ナオミはルードと違う面が気に懸かっていた。
絶え間なく続く悲鳴が本気で嫌がっている声としか思えず、楽しい追いかけっこの雰囲気じゃない気がしてきたのだ。
「あの、これは本当にただの追いかけっこでしょうか。たった一人をよってたかって執拗に追い回しているように思えるんですけども。それに……」
確証は持てない。違っていたら無駄に心配させてしまうだけ。
でも、もしそうだったら。
「追いかけられている子はセイラさんかもしれません」
言った直後、ルードの眉目が急激に吊り上がった。
今まで目にしたことのない険しすぎる目つきに、ナオミは彼からわずかに身を引いた。
普段ならきっと、『失礼』とか非礼を詫びるのに。それすら忘れ、ルードは無言でナオミに背を向け、階下へ降りていく。
ナオミはしばらく彼をぽかんと見送っていたが、遠ざかっていく背中に焦りを覚え、慌てて後を追いかけた。
(2)
「モンキー!モンキー!!モモモモンキー!!」
「モーン―キーー!!!!」
「ちがうもん!
「モーンキーー!!!!」
「うわぁあああんんん!!!!」
泣きじゃくり、逃げ惑うセイラの後を、彼女より少し年上の少年二人が追いかけ回す。
飛ぶ鳥にも似た、大仰に両腕を上下に振り回す姿が余計にセイラの恐怖心を駆り立てる。二人から逃れそうになっても、更にもう一人、三人目の少年がセイラの前へ踊り出て飛びかかる真似をする。
三人の少年たちに完全包囲され、セイラの愛らしい顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れてしまった。せっかくの新しいドレスも皺がよってぐちゃぐちゃだ。
階段の途中でルードに追いつき、騒がしい下階へ到着してみればこの有様。
想像以上にひどい状況にナオミも沸々と怒りが込み上げてきた。
しかし、相手は子供。怒りをそのままぶつけるわけにもいかない。あくまで怒るではなく叱るでなければ……、と思った矢先、「何をしているんだ!」とルードが子供たちを一喝してしまった。
あぁ、うん。
気持ちはわかる。とってもよく理解できる……、けど……。
突然現れた長身の成人男性に一喝されたら大抵の子供は吃驚し、おとなしくなる。(否、大人だってそうだが)
少年たちも例に漏れず、びっくぅぅ!と全員肩を大きく跳ねさせ、ぴたり、動きを止めた。セイラも吃驚して動きを止めると共に、ぴたりと泣き止む。
「うっうっ……、おにいさまぁ……、ガーランドせんせぇ……。うわぁぁああん!!」
ルードとナオミの姿を認めると、セイラは両手を大きく伸ばして二人の元へ駆け寄ってきた。少年たちが邪魔するかもと気になったが、幸い彼らはまだ固まったまま。
「セイラ。僕が来たからもう大丈夫だよ」
「うわあーん!!!!」
ルードは膝を落とし、飛び込んできたセイラを抱き留める。
汚れた顔を胸に押しつけられても一切気にせず、小さな背中をぽんぽんと何度も優しく叩きながら、少年たちをじろりと睨む。
「君たちはティム叔父さんの……。なぜセイラを苛める??この娘が君たちに何かしたとでも??」
「ちがうよ!セイラはなんにもしてないもん!なんにもしてないのに、あのこたちがセイラに変なこと言って追っかけてきたんだもん!!」
「大方そうだとは思ったよ。さぁ、理由があるなら黙ってないで話すんだ」
ルードの睨みに少年たちは怯みつつ、互いに目配せし合い、黙りこくったままでいる。かと思えば、悪びれもせず含みを持つ嫌な笑いを漏らした。
「何がおかしいのか知らないが、弁解も謝罪もする気がないようだ。だったら、この件は叔父さんに話し、厳しく叱ってもらおう。幼い女の子を猿呼ばわりしたあげく、しつこく追い掛け回すとは未来の紳士失格。いや、紳士以前の問題だな。ナオミさん、時間を取らせて申し訳ありませんでした。行きましょう」
ルードはセイラを抱きかかえると、傍らに立つナオミに呼びかけた。
「あの、あの子たちは」
「放っておけばいいです。叔父の息子たちで元々腕白なきらいはありましたが……、今回ばかりは腕白で済ます訳にはいきません。叔父自体は出来た人格の方なんですがね」
ふう、と大きくため息をつき、「今度こそ行きましょう」と再度呼びかけられるのと、「さ、さるにさるって言って何が悪いんだよ」という発言が重なった。
案の定、ルードは素早く振り返り、少年たちを再びきつく睨む。が、今度は少年たちも怯まない。
「だ、だって母さまが言ってたし!どんなに見た目が愛らしくたって、
「そうだそうだ!母さまがきもち悪いって!!」
「
「小母さんが……??」
愕然とするルードに構わず、少年たちは堰を切ったように続ける。
「母さまは伯父さまや父さまのせいでいつもガマンしてる」
「母さまをガマンさせる伯父さまも父さまもキライ!」
「母さまがキライだから僕たちもこの子キライ!!さるだし!!」
さるじゃないもん!!と反発するセイラに少年たちは、さるー、と開き直ってからかってくる。が、ルードはもう叱れずにいる。ナオミもまた然り。
本人たちの無知だけの問題なら矯正の余地は充分ある。しかし、母親の影響となると……、かなしいかな、他人が簡単に矯正できるものじゃなし。
「もう行きましょう、Mr.デクスターJr.」
すっかり固まってしまったルードの袖を、失礼を承知で軽く引っ張る。やはりというか、びくともしない。セイラもこぼれそうな碧眼を潤ませ、「おにいさまぁ、セイラもあの子たちからはなれたいっ」と哀願してくる。
「あとさぁ!」
三兄弟はくすくすと顔を見合わせ、ルードをちらちら見やった。
「母さまが言えずにいるから僕たちが代わりに言ってあげる。母さまはルードラおにいさまのことも大っきらいだって」
「インダスの
「ちょっと!!」
考える先にナオミは激しい怒りで叫んでいた。
静観していたナオミが急に怒ったため、子どもたちの目が一瞬点になり──、すぐに我に返ると、脱兎のごとく逃げ出していく。
「待ちなさい!!」
逃げる子供を追うのは得意だ。
すぐさま追い掛けようとして、ルードに腕を強く引かれた。
「いいんです」
「全然良くないわよ!」
「本当の事ですし」
「貴方ねぇ!インダス人の血を引いてることが汚いなんて言われて嫌じゃないの?!」
「ええ、非常に不快で我慢なりませんね」
「だったら!」
「でも母の素性を知れば、貴女だってあの子供たちみたいに思うかもしれませんよ」
「素性って……」
「世間向けにはインダスの上流階級の娘だと伝えていますが、本当は違います。……デーヴァ・ダーシをご存じですか??」
「いいえ。無知で申し訳ないですが」
「いえ、本国で普通に暮らしていれば知らなくてもいい職業です」
「職業??」
初めて出会ったときと同じ、冷然と褪めた目、表情のない顔でルードは告げた。
「神に仕える侍女であり伝統舞踊を踊る巫女──、と言えば、聞こえは良いでしょう。本当の肩書はインダスの僧侶や信者、地域の有力者に身を捧げる寺院所有の売春婦、です」
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