第34話 男女の友情は成り立つか否か
(1)
謁見の間と呼ばれる大広間の壁際にずらり、多くの騎士たちが居並ぶ。
その中で最も玉座に近い場所に立ちながら、敵陣から帰還した使者の報告を一言一句聴き洩らさぬよう耳を傾ける。
捕虜になった愛する人の身は無事なのか。
解放の条件は何??気持ちばかりが酷く焦れていく。
『……つまり、捕虜解放はキャサリンとの縁談と交換条件、か』
広間中の視線がキャサリンへと一斉に注がれる。
鎧を纏っていてよかった。兜の下ならいくらでも動揺できる。
上手くいけば同盟成立し、この地にようやく安寧を齎せると使者。
ぐっと渋い顔をしつつ、迷いを見せる父。
『委細承知いたしました。本当に捕虜を返していただけるなら、えぇ、一人残らずよ。縁談を受けましょう』
あっさりと話を引き受けるキャサリンに、誰もが驚愕し、静かだった広間がざわつき始めた。中には本当にいいのか??とわざわざ確認の声掛けさえする者まで。
『人命には代えられませんから』
声に悲壮さを滲ませ、兜の下で弱々しく微笑む。
同情的な空気が集まる中、ほんの一瞬だけ唇のみにやりと笑ってみせる。
初夜の床で、貞操を奪われる前に
必ず成功させるわ。
彼の命も己の貞操も絶対に守ってみせるから──
また貴女ですか。
相変わらず前触れなしでの登場ですか。(夢なのだからないのは当然だが)いい加減慣れてきたけれど。
今度は明け方近くに目が覚めてしまったが、小窓のカーテンの向こうは夜の気配が漂っている。
一旦身を起こしてはみるも、再びベッドに寝転がる。目は覚めてしまったものの、下手に動き出すと隣室のレッドグレイヴ夫人を起こしてしまう。
寝返りを打ち、サイドテーブルに手をのばす。指先にかさり、数枚のメモ書きが触れる。
薄闇ではほとんど読めないと分かりながらも手に取り、指先で羅列された文字をなぞる。
読めなくても書いてある内容をナオミはすでに理解している。
急いでしたためたので殴り書きに近い筈なのに、整っていて読みやすい字で記されているのはチャヤの基本的なレシピ。
このレシピを元にナオミの周囲の人たちにチャヤを飲んでもらい、意見を乞う──、手始めにレッドグレイヴ夫人や身内から、と決めたのだ。
すでに昨夜の内に夫人に伝え、了承……どころか快諾を得ている。やけに生暖かい笑顔を向けられたのは気になったが、気付いていない振りを通した。
それにしても──、先程のキャサリン姫の夢ときたら。
夫となる敵国の王を初夜の床で暗殺しようなどとは無謀が過ぎる。仮に成功したとて捕縛は逃れられないし、その場で討たれる可能性だってあるかもしれない。
事前に他の者と緻密かつ入念な計画を立て、複数人で事を起こすならともかく、きっとたった一人で成し遂げるつもりだろう。
ちょっと、いや、だいぶ考えが足りない。恋に盲目なのは結構だが、余りに視野狭窄では。
おとぎ話ならめでたしめでたし。でも、この夢の世界はおとぎ話のようでそうじゃない……と思う。どちらにせよ、私には関係ないけれど。
ふん、と軽く鼻息を飛ばし、メモ書きをサイドテーブルへ戻す。
夢の続きを見たら嫌だな、と思いつつ目を閉じる。すぐに心地よく微睡み始め、再び眠りに落ちるのに然程時間はかからなかった。
(2)
翌正午近く。
本日は週に一度の安息日。労働に従事する者の唯一の休日(もちろん例外もある)で、ナオミもまた例に漏れず、アパートの居間でレッドグレイヴ夫人と共に寛いでいた。
淡いクリーム色の壁紙や明るい色調の木材で作られた応接セットはこれまでと変わらないが、秋の気配に合わせてカーテンと絨毯は落ち着いた無地の深緑に模様替えされた。
春から夏にかけての淡い色中心の部屋の様相も好きだが、深みのある色も趣があっていい。大人の女性二人が暮らす空間によく似合う。
その落ち着いた空間にやや不釣り合いな、ともすれば、落ち着いているから余計に浮きがちな、ひどく不貞腐れたドーリーフェイスがローテーブルを挟んで目の前に鎮座していた。
「なんで僕まであんなヤツ……、デクスター家の子息に協力しなきゃいけないんですか」
「まあまあ、そうつれないこと仰らないで??」
「姉さんから電報で呼び出されてどんな火急の用かと思ったら……」
夫人が宥めてみても、パーシヴァルの心底不快も露な様子に『帰ってもいいですか??』と言われやしないかハラハラする。
「何度も言うけど、大学寮からここまで決して近くないのにわざわざ来てくれて本当にありがとう。朝一番の汽車で来てくれたのよね??私のためにありがとう」
「そ、そりゃあ、姉さんからの呼び出しなら飛んでいきますよ」
申し訳ない気持ち含めて真摯に礼を言えば、パーシヴァルの表情が緩みかけ……たのも一瞬、すぐにキュッと唇を引き結ぶ。
「でもあいつに関係することなら来なければよかった」
率直すぎて呆れも怒りも湧いてこない。
ナオミの隣に座る夫人の笑みが微妙にひきつった気がした。
「だいたいですよ!姉さんに新商品の試飲を頼むなんてどう考えたって距離縮めるために決まってるじゃないですか!仕事を楯にするとは卑怯だし、公私混同甚だしい!!」
「パーシー」
パーシヴァルがぎくりと固まる。
ナオミの声が少しばかり低く冷ややかなものへ変わったからだ。
「その考えは今すぐ改めなさい。距離を縮める云々は完全否定が難しいけど、彼の仕事に対する真剣さはまちがいなく本物よ。だからこそ私も協力する気になったの」
叱られた子犬のように項垂れるパーシヴァルに、少し厳しくしすぎたか、と徐にナオミは表情を和らげてみせる。
「それにね、私はMr.デクスターJr.のことがあくまで弟のような友人としか思えないし、私がそう思い続ける以上、最終的に異性の良い友人関係に落ち着くんじゃないかしらね……、って、二人ともなに??」
「い、いえ!」
「何でもありませんわ」
変な顔でナオミを凝視してくる二人を不審に思っていると、香辛料混じりの甘ったるい香りが部屋中に漂ってきた。
トレイを手にした家政婦がナオミたちが集まるローテーブルに近づくほどにチャヤの独特の甘い香りは濃厚になっていく。
「さ、固いお話はやめにして、チャヤを頂きましょう??初めて飲むから楽しみね」
それぞれのカップに順番に注がれるチャヤに、夫人の液面とよく似た色の瞳が好奇心に輝く。パーシヴァルもつられてチャヤの液面を見つめる。
「ねぇナオミさん」
「はい??」
夫人は液面を見つめたまま、ナオミにだけ聴こえる小声で囁いた。
「私も男女の友情は成立すると信じてますわ」
「え、ええ」
「でもね、どちらかが色恋感情抱いた時点でもう友情ではないのです。どんなに片方がもう片方を友人だと思っていても」
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