第14話 見かけに騙されてはいけない

(1)


 レッドグレイヴ夫人があとでこっそり教えてくれた彼女たちの試合不参加の理由──、『昨夜、突然月の障りが来てしまいまして……』だった。


 嘘か本当か相当あやしい。四人同時となると尚更。

 しかし、理由が理由だけに追求しづらく、『わかりました』と不参加を承知するより他がなく。女性が試合には参加せず、見学に徹することにも特に違和感も持たれない。(例えば、父エブニゼルとイヴリンは最初から見学する気でいる)


「絶対あの方ルードのせいですわ」


 穏やかな笑顔と声音を保ちつつ、夫人の静かな怒りは明らか。よくよく見れば、微妙に頬の筋肉がひくついている。

 昨日のナオミへの所業だけでもかなり腹に据えかねているのに、更に追い打ちをかけられたも同然。ナオミもまた同様。


「ダフネさん、でしたか??ルシンダさんのお友達で唯一、あの方だけは試合参加されるんですよね??」


 いくら怒りに燃えていようと事態は変わらない。

 気を取り直し、少しでも明るい話題を持っていく。


「え、えぇ……。ただチームに抜けた穴を誰で埋めればいいか……」

「代わりに我々が入りましょうか」


 げ、と言いそうになり、慌てて飲み込む。

 よりによって一番入れたくないふたり、ルードとクインシーが名乗りを上げてきた。


「チームといってもまだ正式に割り振ってませんよね??ちょうどいいじゃないですか。今決めてしまいましょう」


 クインシーは別に息子の肩を持ってはいない。ごくごく当たり前の提案を持ち掛けたに過ぎないが、現在の状況に置いては傍迷惑極まりない提案。そして断り辛くもある提案。


 どうするどうする??

 良い断り文句が咄嗟に思いつかない。


「お気持ちは結構。ですが、ご心配なく。姉とレッドグレイヴさんのチームには僕と友人たちが入りますから」


 レッドグレイヴ夫人と内心冷え汗を流していると、パーシヴァルが間に入ってきた。

 彼だけは予想に違わぬ動きをしてくれるので助かる。


「いえ、僕たちが」

「でしたか。失礼。心配はご無用でしたね」


 尚も食い下がろうとするルードを制し、クインシーはあっさりと引き下がってくれた。ルードは何か言いたげだったが、おとなしくクインシーに従う。


 パーシヴァルが名乗り出してくれなければ危ないところだった……。


「たしかに各家同士で分かれて対抗した方が楽しさが増すでしょう」

「ご理解感謝致します。しかし、各家対抗ですとそちらの人数が足りませんね……。そうだ!宜しければ、母のご友人たちと一緒に組んでいただきましょう!おーい、お母様!!お母様のご友人一同、デクスターさんたちのチームに入っていただけますか??」


 我関せずを一貫し、おしゃべりに夢中だったイヴリンは、息子からの突然の呼びかけに、えっ?え?!と狼狽えた。


「パーシー。勝手なこと言わないで頂戴。お友達が試合に出て私だけひとり寂しく見学しなさいって言うの??」

「お父様がいるのだから一人じゃないですし、別に寂しくないですよ??」

「女性同士でしか話せない話があるの!」


 子供か。寄宿学校時代にも一定数いたわね。

 一人でいるのが耐えられず、常に誰かとつるみたがる人。


 否、イヴリンのことだ。ナオミとルードが同じチームになるよう仕向けているのでは??


「お母様も参加すればいいじゃないですか」

「私はスポーツは苦手なの!」


 ぷいと横向き、イヴリンは徐に拗ねてみせる。やっぱり子供か。

 話に聞く耳持とうとしない母にパーシヴァルも困惑し、説得の言葉を考えあぐねている。


「まあまあ、ガーランド夫人もガーランドJr.も落ち着いて。そうだなぁ、私は品良く美しいご婦人方とチームを組めたら天にも昇る気持ちになります。投球も投打もいつになく気合が入り、頑張れそうですよ。ねぇ??」


 そっぽを向くイヴリンの周りを取り巻く淑女たちへ、クインシーは有り余る色気を迸らせ、艶然と微笑みかける。ナオミとレッドグレイヴ夫人はあざと過ぎる振る舞いにドン引きだったが、淑女たちの間ではある種の動揺が走った。


 ある者は少女のように耳まで真っ赤に染め、ある者はもじもじと下を向き。

 またある者は軽く卒倒さえしていた。

 ただひとり、そっぽを向いていたイヴリンのみ状況を掴めず、「み、皆様、どうなさったの?!」と再び狼狽えている。


「Mr.デクスター!私でよろしければ、貴方のチームに入れてくださいませ!」

「私もお願いしますわ!」

「あら狡い!私もお願いしたいわ!」

「私も!」


「あの、皆様、待っ……」と弱々しく手を伸ばすイヴリンなど目もくれず、彼女の友人たちは一人残らずこぞってクインシーの周りを囲んでいく。


「はははっ、これで私たちのチームは十一人ちょうど揃いました。では行こうか、ルード」

「……はい」


 淑女たちをぞろぞろ侍らせ、ナオミたちから離れていくクインシーに続き、微妙な面持ちで去っていくルードに、ナオミは初めてほんのわずかばかりの同情を覚えた。







(2)


 クリケットの試合は主にコートの中心、長方形のピッチの中で行われ、十一人対十一人で攻守交代、一つの試合を五日間かけて行う。


 攻撃側は打者ストライカー走者ノンストライカーが各一名(二人合わせてバッツマンと呼称される)のみがピッチに入り、残りは待機。守備側は投手ボウラー捕手ウィケットキーパーが一名ずつ同じくピッチに入り、残る九名は野手フィールダーでコートに入り、外野を守る。


 ピッチの両端、選手たちの背後にはウィケットと呼ばれる三本の棒があり、守備側はウィケットにボールを当てて倒すことを、攻撃側はウィケットを守るためにボールを打ち返すのを目的にプレイ。一人10アウト交代の二回攻撃制で多く得点したチームが勝ちとなる、主に上流階層では男女共に人気のスポーツである。(ゆえに男女混合試合もよくある話だ)


 ガーランド家対デクスター家。

 チームごとで横並びに整列し、選手宣誓(の真似事)をする。

 審判のエブニゼルがコイントスで先攻後攻を──、結果、先攻はナオミとパーシヴァル率いるガーランド家だった。




「では……、僭越ながら私が一番に投げさせていただきますね」


 防具に身を包んだレッドグレイヴ夫人がピッチに降り立つ。捕手はパーシヴァルの友人の一人。対する一番打者と走者はイヴリンの友人たち。


「クリケットなんて久しぶりですし、なんだか緊張しちゃいますわ。ね??」


 夫人が肩を竦め、打者の女性に楚々と微笑む。気安い雰囲気につられ、バットをかまえながら女性もぎこちなく表情を緩める。


「え、えぇ、私もですの。お互い無理なく試合に臨みましょうね」

「こちらこそ!」


 淑女たちの控えめな会話に緊張を孕んだ空気が和む中、芝生の外野で待機するナオミとパーシヴァルの表情は固い。特にパーシヴァルはのんびりした夫人に軽く苛立っているのか、ざっざっと何度も芝生を踏みにじっている。


「パーシー、苛々しない。芝生が可哀想」

「姉さん、でも」

「だいじょうぶ。今にわかるから」


 ニッと唇の片端だけ上げて笑む。


「はわわ……、姉さんの貴重な笑顔ぉおお……」

「……試合に集中!あっ!」


 パーシヴァルから再びピッチへ視線を戻す。

 直後、レッドグレイヴ夫人がその見た目にそぐわぬ回転速球を投げ、見事にウィケットを倒していた。


「あぁ、よかった!手元が狂わなくって」

「あな、あな、貴女……、苦手なんじゃないの……!」

「あら、私、久しぶりで緊張するって言っただけで、苦手だなんて一言も言ってませんわ??」


 バットを握りしめ、呆然としつつ抗議する打者の女性に、夫人はきょとんと首を傾げてみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る