第11話 やっぱり似た者父子

「少しお時間頂いてもかまいませんか??」

「えぇ、問題ありません。Mr.デクスター。実は……、私もご子息様について折り入ってお話が」


 ほぉ、と興味深そうに一声漏らすと、クインシーは「では、先にMissガールからどうぞ」と、ナオミに先を促す。


「いえ、Mr.の方から先に……」

「レディファーストですよ」


 微笑むクインシーの背後で薔薇の花弁が散る……幻覚を振り払い、「厳密に申し上げますと父からの言伝ですが」と前置きし、続ける。


「少し前にご子息が父母に会いに、ガーランドの屋敷を訪問したとか」

「そうらしいですね」


 お互いにあたかも他人事のような物言い。違うとしたら、緊張を帯びたナオミに対し、クインシーの様子はどこまでも平素と変わりない。


「訪問理由について私は詳しく知りません。彼もいい大人ですし口を出す気もありません」


 しらじらしいわね……。

 知らないと言いつつ絶対に察している。否、あれナオミへの姫呼ばわり等を目の前で目撃したなら考えなくたって分かる筈。


「ただ」


 棚や硝子ケース同様、鉱石を飾った室内中央の書斎机にクインシーは軽く凭れ、先程見分していた鉱石を再び掌で弄び始めた。ごつごつした白黒斑の石(小岩?)だが、よく見ればごく一部が青紫に輝いている。


エブニゼルナオミの父の方は息子をいたく気に入ったと、後日私宛の手紙で語ってたかな」


 それ、絶対、義母が書かせたやつ……。

 義母の周到さ加減にはもう怒りすら湧いてこない。


「おっと、失礼。話が脱線しましたね。お父君からの言伝とは??」

「『来月の夏季休暇に我が家の別荘でクリケットの試合を行います。よろしければデクスター家の皆様もご一緒しませんか??』とのこと。いかがでしょう??」


 通常であれば、使用人同等の女家庭教師がヴァネスが雇用主を誘うなど言語道断。非常識にも程がある。ガーランド家とデクスター家が同格、親同士親交があるため、デクスター家に限ってナオミは破格の扱いだからできること。


 そして、この誘いこそが実はナオミとレッドグレイヴ夫人が立てた計画だった。


 周到なイヴリンのこと。必ず近いうちに両家の親睦会とかなんとか称して、デクスター父子をガーランド家へ招待するだろう。なので、イヴリンが動く前にナオミの方からエブニゼルに働きかけたのだ。


『いい??ナオミさん。ただ別荘に招待するだけじゃ駄目です。ダンスパーティーやお茶会よりクリケットがしたい、とお父様に進言なさって。可愛い娘の滅多に言わない我が儘ならきっと通してくれます』

『いいですけど、なぜクリケットなんですか??たしかに私は得意ですけど』

『ナオミさん。クリケットでチーム組むのに家族だけじゃ人数足りませんよね??外部の人間、お友達を誘わないと。奥様のご友人だらけになってしまったら本末転倒ですもの』


 類は友を、じゃないが、イヴリンの友人たちは基本的に苦手だ。

 あの人たちに囲まれての休暇なんて想像するだけで疲れてしまう。が。


『お友達……』


 生憎、別荘に招待できるほど親しい友人はレッドグレイヴ夫人くらいしか思いつかない。


『だいじょうぶ。人数が足りなければ私がお友達を誘います。もちろん選びに選び抜いて。旦那様も私が連れてくる方々なら信用に置いてくれるでしょうし。それに』


 それに、に続いた言葉に引け腰になってしまったんだっけ。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、ルードが気の毒に思ってしまったくらいには──



「クリケットですか!それは楽しそうだ」

「お返事は今すぐでなくても結構です。父へ直接お返事されてもかまいません」

「こんな素敵なご招待を断る理由などありません。お誘いありがたくお受けしましょう。ルード、お前もかまわないだろう??」


 もう少しで変な声を発するところだった。

 代わりにひゅっと息を吸い、噎せそうになるのを堪える。


 室内には当然いない。ひょっとしたら、ひょっとしたら机の下に隠れているとか?!クインシーの長い脚の裏側──、机と椅子の間の狭い空間をさりげなく盗み見る。当然いる訳がない。

 暗幕の影とかは??彼とはじめて出会ったとき、ナオミは暗幕の影に隠れていたし──……


「さすがは姫。相変わらず勘の鋭いこと」

「……って、なんで本当にいるのよ?!」


 颯爽と暗幕を捲り(その姿がやけに絵になるのが腹立つ)、ルードが姿をさらけ出した。場所も立場も忘れてナオミは素っ頓狂に叫ぶ。


「……も、申し訳ありません。非礼をお詫びしま……」


 すぐに我に返り、頭を下げれば頭上で必死に笑いを嚙み殺す声。しかも二人分。

 ひ、人が真剣に謝罪しているのにっ!


「か、顔を上げてく、くっくっ、ください……、Missガール……。ふっ……」

「お父様、そんなに笑っては失礼……、です……、くくっ……」


 こ、こいつら……。

 顔を上げなくても二人の表情が想像できるだけに腹立たしい。

 頭を下げたまま、壁際のセバスチャンを軽く睨む。すると、かなり焦った様子で頭を振っていた。どうやら彼はらしい。


「いやぁ、申し訳ありません。実はMissガールが入ってくる直前にルードもこの部屋に来ましてね」

「……だからといって隠れる必要はないと思いますが」

「いえ、ルードがいると知ったら話がし辛いかな、と」

「少なくとも仕事のお話だけでしたら気にもなりませんでしたけど」

「でも隠れたお陰でよき話が引き出せましたね」


 良くない。ちっとも良くなんかない


「Missガールが先にお誘いくださったのでこちらから誘わなくても済みました」

「……どういうこと、でしょうか??」

「姫。貴女が仰ったことそっくりのお誘いを僕たちもするつもりだったのですよ。デクスター家の別荘にガーランド家を招待しようかと。まぁ、クリケットの試合とか、内容までは考えていませんでしたが」


 計画の第一歩は進んだ筈なのに。本格実行前からすでに物凄い敗北感。


「最低五日間は貴女と共に過ごせるのです。楽しみにしてますよ、姫」

「だからっ……!その呼び方はやめてくれません??」


 父とは異なる秀麗な顔に浮かぶは尊大なまでの不敵な笑み。いっそ清々しい。

 この自信満々な笑みが崩れたことなど未だかつてないかもしれない。となると──、計画は案外失敗に……、いけない、やってもないうちから決めつけては。


 計画はすでに動き出した。だったら上手くいくよう事を進めていくしかない。

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