第12話 宣戦布告
そして、夏季休暇がやってきた。
ガーランドの屋敷がある街から南東へ、馬車に揺られること数時間。
別荘に近づいていくにつれ、連なる家々の造りは赤や黄色の煉瓦から白黒マーブル模様の
ガーランドの本邸はあまり好きではないが、別荘は好き──、というより、別荘のある地域が好きだ。幼少期を過ごし、将来移住したいと願う、あの国の田舎と雰囲気が似通っているから。
違いと言えば空模様くらいだが、夏のこの時期、この国でも快晴が続くこともある。あの国の青には負けるけれど──、などと、ぼんやり車窓の景色を眺めるうちに馬車が止まる。窓に映るのは緑地ではなく、見上げんばかりに背の高い鉄門の前だった。
扉が開き、独特の金属音を立てて踏み台が降ろされ、同乗者と共に座席から腰を上げる。馬車から降り立とうとするナオミの手を、先に降りた同乗者が壊れ物を扱うように優しく引く。
「姉さん、しっかり掴まってください」
「ありがとう」
母親とよく似たドーリーフェイスが甘く微笑む。他の男性の甘い笑みには引いてしまうが彼だけは平気。だってパーシヴァルは弟だもの。母親は違うけど。
「父様と母様も到着しましたね。姉さんと母様のご友人も」
ナオミたちの馬車に続いて、他の馬車が正門前に列をなしていく。
「デクスター家の方々はまだのようですね。主賓が遅れを取るとは良い御身分なことで」
「パーシー、いくらなんでも失礼よ。集合時刻まで随分と余裕があるのに」
軽く窘めると一応は黙ったが、明らかにパーシヴァルは不服げだ。
幼少の頃から大学生になった今でも、彼はことあるごとにナオミの側へ寄っていき、くっついて離れない。理想の女性は「姉さん」と秒で即答するくらい、
デクスター家に対する不機嫌の理由は言わずもがな。だからナオミはパーシヴァルにはルードの求婚話をあえて知らせなかったのに。
ナオミとパーシヴァルの後続の馬車周辺、父エブニゼルの隣で友人たちと談笑するイヴリンにちらっと目をくれる。どうせ彼女が伝えたに違いない。
『姉弟の仲が良いのは素晴らしいですわ』などと表向きはパーシヴァルとの良好な姉弟関係を喜んでいるが──、その実、可愛い一人息子が母を差し置いて姉べったりなのが気に障る模様。大方、ルードとパーシヴァルの板挟みになってしまえ、とでも思っていそうだ。(考えすぎじゃない。経験則からそう思わざるを得ない)
当のパーシヴァルは母の思惑などまったく気づいていない。
彼はいい意味で純粋で鈍感。ただただルードとの求婚話自体が気に入らないだけだろう。だが、そんな彼の存在も計画の一部。彼には何も知らせていないけれど。
「やっとお越しになりましたか」
最後に現れた二頭引きの箱馬車へ向け、パーシヴァルは皮肉をたっぷり込めてつぶやく。しっかり臨戦態勢に入っている……。
噛みつくのがルードだけならいいが、クインシーやセイラにまで及ぶのは心苦しい。失礼がないようにだけはして、と言いかけて──、言えなかった。
ルードが馬車から降りてくるなり、パーシヴァルが早速特攻仕掛けにいってしまったのだ!
「初めまして、Mr.デクスターJr.ようこそ我がガーランドの別荘へ」
「初めまして。ご招待に預かりありがとうございます」
「僕はパーシヴァル・ガーランド。ナオミの弟です」
「僕はルードラ・デクスターです」
「存じております。姉が随分とお世話になっているそうで……、
わざわざ「女家庭教師」と強調し、『貴方と姉は雇用主と使用人の関係に過ぎません』『雇用主と女家庭教師との間の男女関係は基本ご法度ですが??』と暗に匂わせている……。甘い顔の裏での牽制。こういうところは母親似である。
「ええ、貴方のお姉様は
ルードもルードで受け流したかと思いきや、さりげなくパーシヴァルを煽る。
案の定、パーシヴァルの髪より濃い栗色の瞳が吊り上がった。弟の怒りに油を注がないで!
見目好い若紳士二人に取り合われる。大抵の女性なら女冥利に尽きる状況。
しかし、一方は弟、もう一方は自信過剰な変人。まったくもって嬉しくなんかない。
仮に二人が身内じゃなかったり常識人であっても面倒だし、『私のために争わないで!』と悦に入る性格なんかじゃない。むしろ虫唾が走ってしまう。
「あらあら、随分賑やかですこと」
冷たい緊張が漂うルードとパーシヴァル、止めるタイミングを見計らうナオミの間に、場違いなまでのおっとりした声が割り入る。レッドグレイヴ夫人だ。
「皆さまお揃いですし、ちょうどいいわ。ご紹介します」
場の緊張が解れたのを確かめると、夫人は連れてきた友人たちを順に三人へ紹介していく。
ルードは紹介された友人たちを見ても顔色ひとつ変えず、淡々と挨拶した。やはり簡単にはボロを出さないか。
『少しくらい動揺するかと思ったのに』
『さすがは鉄面皮と名高いですわね』
周囲に気づかれないよう、こそり、こそこそ、無言で夫人と視線を交わし合う。
今しがた紹介された女性たちもちらり、ちらちら盗み見る。あ、彼女たちはちょっと動揺している。微妙に頬がひくついてたり、あからさまにショックを受けている方も……。
そう、今回レッドグレイヴ夫人が誘った友人数名は過去にルードと関係があった女性たちでもあった。
『クリケットの試合でコテンパンにやっつけて恨みを晴らすもよし、こっそり復縁迫ったり誘惑してもよしっていう条件出せば、おそらくいいお返事をもらえます。なんらかのボロを出してくれれば、ナオミさんが求婚を断る理由ができます』
『ナオミさんのためだけじゃありません。傷ついたお友達の鬱憤を晴らさせてあげたいのです』
人を利用し、卑劣な罠にかけるようで正直未だに気が引ける。
でも、中途半端な方法じゃ彼の不屈(?)の意思を折れさせられない気が。
「失礼。では後程」
そう言ったのち、ルードはナオミの耳に唇を寄せ、軽く口づけた。
途端に、怒りと羞恥でナオミの頬が真っ赤に染まる。言葉が咄嗟に出てこず、唇をわななかせるしかできない。
「ちょっ……、おま、おまえ……」
隣のパーシヴァルもナオミと同じく真っ赤な顔をし、仮にも年上相手にお前呼ばわりしてしまうほど、怒りに震えていた。レッドグレイヴ夫人も唖然としている。
そのせいで、周囲の、特に女性陣がピリついた目、もしくは冷ややかな目で一部始終眺めていたことに気づけずにいた。
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