第9話 閑話休題①

(1)


 二十六年前、彼はこの国の植民地にして国領インダス帝国の(インダスにとっての)外国人居留地で生を受けた。


 父は駐屯する帝国軍将校、母はインダスの上流階層の娘──、と、表向きには言われている。

 母は、神に仕える侍女デーヴァ・ダーシーと呼ばれる伝統舞踊を踊る巫女──、これもまた、表向きの肩書き。実際は寺院所有の踊り子兼売春婦だった。


 帝国軍駐屯地で蔓延する性病対策のため、この国は十六歳未満の少女の売買を禁止。父も売春宿などの抜き打ち調査を行い、その過程で母と出会った。


 母はこの国の言葉を独学で学び、完璧に話すとても利発な少女だった。

 美しいだけでなく賢いこの少女を気に入った父は居留地の自宅で雇うことにした──、というのも表向きの理由。

 母の利発さを気に入ったのは本当だが、身内に恵まれず(家族はいるにはいるが、娘に売春させて得た大金で贅沢するろくでなし)、売春から足を洗っても別の形で搾取されかねないと判断したからだ。


 父は母に家事を任せる傍ら、隙間時間にこの国の知識教養、礼儀作法などを教授した。同時に母からもインダスの言葉や風習、文化、宗教観などを習った。

 互いの国への理解を深めていくにつれ、自然と惹かれ合い──、双方の親族の猛反対を押し切り結婚した。そうしてルードことルードラは生まれた。ちなみに名前はインダス神話の暴風と慈雨による豊穣をもたらす神から名づけられた。


 ルードラは母についての記憶がほとんどない。

 父の退役に伴い(退役理由はおそらく母との結婚が原因か??)、インダスから本国へ戻る船旅で母は病に罹り、船中で帰らぬ人となった。だから僅かに残された写真と父からの思い出話でしか母を知らない。


 きっと母を亡くした頃からだろう。ルードラが前世の夢を見始めたのは。

 しかし、幼い頃から見る前世の夢について、ルードラはずっと頑なに否定し続け、まったく信じてなどいなかった。


 運命は自ら切り開くもの。学業も仕事も結婚も。

 それは階級間と人種間の差別激しいこの国とインダスであっても関係ない。自分の努力でどうにでもなる。

 ルードラの容姿は母の血が色濃く表れているが、己に流れる半分の血を恥じ入ったことはない。母を選んだ父も誇りに思う。


 父同様にインダスの言葉も流暢に話せる。おかげで紅茶農園で働く人々と不自由なく意思疎通が可能。本来の仕事の他に現地での通訳を買ってでることだってある。


 たしかに混血が原因で差別や不利益を被った経験は少なくない。

 寄宿学校時代に同室の先輩、一部の教師からの理不尽なとか──、否、あんな子供じみた嫌がらせで折れるほど惰弱じゃない。

 先輩などいずれ卒業していくし、文句のつけようのない成績を取りさえすれば教師は黙らせられる。要は気の持ちようや努力でどうにでもなる……、と思っていた。


 唯一、どうしても上手くいかないことがあった。


 デクスターの名と仕事の手腕、人よりも優れた容姿で女性に困ったことはない。が、いざ本気で真剣交際や結婚を申し込むと皆、掌を返してくる。

 理由は我が身に半分流れる血。彼自身は問題ないが、子に影響するのが嫌だと何度断られたことか。

 気軽な自由恋愛を楽しみたいだけの相手しか寄ってこないと気づいた途端、女性への不信感が強くなった。


 火遊び的な恋は気楽だ。飽きた瞬間別れを切り出せばいいだけ。

 開き直りながらも心はすり減り、凍てついていく。


 いつしか、あんなに否定していた筈の夢の中の姫騎士への思慕が募っていった。

 もしも、あの姫の生まれ変わりが本当に実在したなら。まだ見ぬ彼女こそ正真正銘運命の相手かもしれない。







(2)


 口髭を蓄えた紳士の困惑を隠しきれない作り笑顔に、ルードはたっぷりと自信を込めて微笑む。


 何の前触れもなくガーランド家に訪問したのが、旧知の仲であるクインシーならいざ知らず。不肖の息子だったのだから戸惑うのも当然だ。しかも話の内容が秘蔵っ子との噂が高い娘への求婚なのだから尚更。

 その証拠に、応接室に通された当初はガーランド氏と一対一だったのに、いつの間にか彼の隣に夫人が並んで座っている。


 さすがに彼女の両親には前世の話は黙っておくが、本気な気持ちは分かってもらわねば。


「お話はとても有り難く思います……。しかし、大変申し上げにくいのですが……」

「はい」

「娘は寄宿学校でも大学でも常に主席か次席の成績を誇り、自立心も人一倍高く……、だからでしょうか……、少々、否、だいぶ変わり者でして、正直結婚に向かない子だと思うのです……」


 知っている。

 まぁ、自分は彼女が変わり者だなんてまったく思っていないが。

 前世で散々姫の奔放さに振り回されてきた。姫に比べれば、彼女は可愛い方だ。


「それに、ルードラ君より年上……」

「自立心が高いのは気丈でしっかりされているという証拠。個性が強い方が共に過ごして楽しいでしょうし、たった一歳違うだけじゃないですか。瑣末事です」


 実際、彼女の父が口にする内容は結婚の際に問題にならない事ばかり。

 もし、ルード個人ではなく、デクスター家としてもちかけた話なら断る理由にすらならない。


「僕の血筋が問題ですか??」

「関係ありません!断じて!」


 単刀直入に問い質せば、ひどく感情的に否定してきた。

 だろうな。血筋を問題に思うなら、居留守なり何なり理由をつけて追い返す。


「では、先程仰られた以外に理由が??」

「そ、それは……」

「あの娘の方こそ血筋に問題があるからですわ」

「イヴリン!」


 さりげなく、どころか、こうもはっきり言うかと呆れたくなる物言いで夫人が口を挟んできた。


「お前は何てことを!」

「旦那様がはっきり仰らないからでしょう??実はナオミさんはあの国から養女に迎えた娘なんかじゃありません」

「イヴリン!!」

「今からお話する内容は我がガーランド家内のみの公然の秘密ですので、決して他言無用で。切にお願い致しますわ」


 曰く、彼女はガーランド氏があの国に留学中、同じ大学に通う東の島国からの女子留学生との間に儲けた子だと。

 恋に落ち、子まで成したというのに彼女の母は氏の求婚を拒絶。周囲に妊娠をひた隠し、出産間近まで大学に通い続け。出産後は彼女を氏に押しつけ、留学期間終了と共に母国へ帰国した、とのこと。


「ナオミさんは実のお母様に捨てられたせいか大変気難しい方……。きっと物凄く実のお母様を憎んでらっしゃるでしょうし、その血筋を大変恥じ入ってるご様子……、ですから、結婚を避け続けているのですわ」

「イヴリン!よくもまぁ、勝手にぺらぺらと……!お前は部屋から出て行け!!」


 ガーランド氏の怒りに気持ちとしては賛同する。長年保ち続けてきた秘密をいともあっさりと話す夫人の軽薄さ(おそらくわざとだろう)には、ルードも閉口せざるを得ない。

 だからと言って、客人の前で夫婦喧嘩を繰り広げるのはどうかと思う。


「あら、そんなに怒らなくてもいいのに。もしもデクスター家とのお話がまとまった場合、遅かれ早かれ話さねばならないじゃない。破談の可能性大、下手をしたらあちらとの関係も悪化、仕事にも支障が出るかもしれないでしょう??だったら、早いうちに打ち明けた方がいいと思いません??私は何も間違ったことは言っておりません」

「だからと言って!」

「それとも一生隠し通せると思ってるのですか??」


 どこまでも涼しい顔を通す夫人にとうとうガーランド氏は黙り込んだ。


 ガーランド夫妻の応酬を褪めた目で眺めつつ、なんて不毛なやり取りかと最早呆れる気にもなれない。

 悪いが、彼女の出自はあの夜会後に(自称世界一有能と謳う私立探偵に依頼し)すでに調査済み。だから。


「彼女の出自、気質がどうであろうと、僕は何も気にしません」


 もしも、彼女の義母が言うように、本当に血筋を気に病んでいるのなら。

 自分がその必要はないと教え込めばいいだけだ。



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