びびあんママ一行、温泉旅行へ行く。

来栖もよもよ

◆  ◆  ◆

「ハイドさんのお悩みは、有名なジョニーズに顔が似てるためにモテるのは嬉しいけど、寄って来るのが自分好みの物静かな大人しい子じゃなくて、金髪のチャラくて騒がしい女の子ばかりだって言うことなのね? あと自分の中身はどうでもいいと思われているのも悲しいと」

「はい。……自分がそんなにパリピみたいな性格でもないもので、押されても引いてしまうんですよね」

「んー、一言で言えば贅沢よね。相手がハイドさんの顔に惹かれるのは、まあ美形だって事なんだろうから仕方ない部分じゃないの。それに、親しくもないのに性格を見ろって言われても困るでしょ。一般的にはみんな顔が好みかそうでないかで入らない?」

「いや、まあそうなんですけど」

「ハイドさんが好みだって言う物静かな大人しい子って言うのも、実際は猫被ってるだけで、本当はめちゃくちゃ陽キャの可能性だってあるわよ。金髪だからって全員が頭悪いギャルみたいに考えるのもどうかしらね。知り合いのオネエの話なんだけど、学生の頃ひ弱でイジメられやすいかったから、舐められないように髪の毛を緑に染めたのよ。学校は停学になったんだけどね。でも何度か懲りずにチャレンジしてるうちに、あいつは頭おかしいから手を出さない方がいい、みたいな感じになってイジメられなくなったんですって。まあ友達も減ったみたいだけど」

「そうなんですか」

「そうなのよ。だから、色んな事情があって髪の毛染めてたりチャラい恰好してたりする場合もあると思うから、一概に否定するもんじゃないわよ。──ハイドさんて病院で薬貰う?」

「え? ああ、風邪とかで貰ったりはしますけど」

「ジェネリックってあるじゃない? 同じ成分だけど、知名度とか若干の割合の違いで安くなるみたいな」

「あーありますね。僕は薬効一緒なら安い方でお願いしますけど」

「でしょう? 女の子だって【女性】【若い】【眼鏡】【長髪】【短髪】とかさ、基本成分は一緒じゃない? 見た目のパッケージが好みでなくても効能一緒、むしろ自分には合うって可能性もあるんだから、それもジェネリックだと思ってお試し期間を持つのもいいんじゃない? 外側だけで判断するのも損だわよ」

「……言われてみればそうですね。ジェネリックか……」

「私なんて見た目で判断されていたら彼氏なんて一生見つからなかったわよー。相性が最終的には大事なんだから。今いい男と思われていても十年経ったらただのオッサンなんだし、もう少しストライクゾーンは広げて行くべきよ」

「──はい、ありがとうございます! メンヘラでも危なげな薬をやっていそうな子でも分け隔てなく接して見ろって事ですね! 頑張ってみます!」

「いやまあメンがヘラってる子とかいけないお薬の子は分け隔てした方がいいと思うけども。まあそんなハイドさんには今流行りの夜更かしさんの『夜は小走り』をお送りしますねー」


 びびあんは最後の相談者との会話を終えると、曲が流れたのを確認してマイクを切った。


「お疲れ様です、びびあんさん」


 相変わらず元気なマッパ姿の仙波が、股間を揺らしながら絶妙のタイミングで缶チューハイを運んで来た。


「ありがとう。……ふうーっ、やっぱりキンキンに冷えたお酒は体に染みるわねえ。今夜のお夜食は何かしらね?」

「栗のいいのがあったので、栗ご飯仕掛けときました。あとキュウリの浅漬けに豚汁ですね」

「まあ素敵よ仙波ちゃん! 栗ご飯大好きなのよー私♪ 太りそうで嫌だけど」

「今更じゃないですか。美味しい食生活は大事ですよ」

「まあそうよね。今更っていうのが気になるけど」


 ラジオの仕事を終えて、タクシーで四谷三丁目のびびあんの自宅マンションに戻ると、普段は土曜の早朝から遊びにやって来る茉莉(じゃすみん)が出迎えた。


「お帰りなさーいびびあんさーん!」

「あら、どうしたの茉莉ちゃん、珍しいわね」

「ちゃんと母さんにお泊りの許可は貰ってますよー。今日はびびあんさんにご提案がありましてえ」

「ご提案?」


 がしっと抱きついて来た茉莉を受け止めながら、この子も大分馴染んで来たわねえ、と感慨深い思いで眺めた。



「……旅行?」

「はい。一泊二日の温泉旅行です」


 ホクホクの栗ご飯をついお代わりしてしまい、満足感に浸ったびびあんは、仙波から食後のコーヒーを受け取りながら聞き返した。


「旅行会社で秋の旅行キャンペーンていうのがやってまして、週末でも一泊七千円で二食付きの、結構いい温泉旅館に泊まれるんですよ。ほら! これ今月中が期限なんですって」


 いそいそとパンフレットを広げて茉莉がびびあんに見せる。


「ここ普段は倍額なんですよ。ほら、紅葉とかすごくいい感じじゃないですか? 私もバイトでお金貯めてますし、たまにはいいかなと思って。びびあんさんもリフレッシュ出来るんじゃないかと」

「温泉ねえ……もう何年も行ってないわねえ……」


 熱海なら二時間もかからないし、土日を使うなら仕事にも影響はないものね、とびびあんは考え、ふと仙波を見た。


「仙波ちゃんは週末の予定は?」

「特にないですね」

「なら行きましょうよー。仙波さんも温泉なら合法的にマッパになり放題だし、なんなら浴衣からポロリしてても室内なら構いませんし。自分のお金は出しますから。ね? ね?」

「学生にお金出させる訳ないでしょう。その分お母さんへのお土産でも買いなさいよ。……よし、たまには遠出しましょうか。仙波ちゃんも付き合ってくれる?」

「喜んで。ここでバイトしてるせいで貯金も増えましたしね」

「わーい、やったー! じゃあ明日、あれ、もう土曜日だった。寝て起きたら当日予約出来るか聞いてみますね。取れたらお昼には出発して現地で少し散策しましょうね!」


 茉莉が万歳をしてご機嫌でお風呂へ消えて行く。

 

「……何だか不思議な関係ですねえ俺たち」

「そうねえ。まあいいんじゃない、みんな同じじゃないんだもの」

「そっか。まあ元から普通じゃないですもんね」

「私はごく普通のオネエだから。法に触れてないわよ」

「俺だって普通の会社員ですよ。ささやかな露出癖があるだけです」

「そのささやかな一点だけで一気に犯罪臭が漂うのよ。本当にイケメンなのに勿体ないわねえ。温泉と部屋だけにしてちょうだいよ」

「分かってますよ。捕まったら常時服を着なくちゃならないですからね。真っ平御免ですから我慢します」


 我慢の方向性が違う気もするが、犯罪を未然に防げるのであればどちらでもいいか、とびびあんはパンフレットを改めて眺めて、久しぶりの温泉に心を躍らせるのであった。




 幸いにも空きがあると言うことで旅館の予約が取れたびびあん達は、東京駅から十二時発の踊り子号で熱海へ向かった。


「あら、一時間二十分で着くのねえ。お弁当食べ終わったらもう熱海じゃないの」


 指定席で向かい合わせに座り、出発するとびびあんは駅で購入したお弁当とお茶を取り出した。


「わあ美味しそう!」

「駅弁って何年ぶりかしらねえ」

「俺も小さい頃に食べたきりかも知れませんね」


 外の景色を眺めながら、のんびりとお弁当を食べていると、贅沢な気分になるものねえ、とびびあんはお茶の蓋を開けた。

 考えてみれば、イケメンのマッパなハウスキーパー兼付き人に、自殺願望のあったマンガの上手な女子高生、そして新宿三丁目のオネエのママ。おそらく普通に生活していたら一生出会う事もなかった三人ではあるが、ひょんなことから週末ファミリーのような付き合いが始まりもう数カ月。思った以上に波風も立たず上手くやれている、と思う。少なくとも一緒に旅行に行ける程度には仲良しだ。


(いつかは別れる関係でも、繋がりが出来るのは面白いわね)


 嫌々やる羽目になったラジオDJがそのきっかけになっている事だけは間違いない。ディレクターの黒川には早く辞めさせろと言ってもなかなか理由をつけて続けさせられてるが、これはこれで運命的な流れなのかも知れないわねえ。男の出会いがないのが残念だけど。

 びびあんが思いを巡らせている内に、気づけば海の匂いが窓から入り込み、熱海に到着である。


 熱海城や美術館など近場で動けそうな観光スポットを三人で巡る。週末だけあって中々の人出だが、女子高生、イケメン、オネエという謎めいた組み合わせは注目を集めているようで、チラチラと視線がびびあんに注がれるのが何となく決まりが悪い。アフロのオネエなんて街中にあまりいるものじゃないしねえ。


「そろそろ旅館行きましょうか? 私疲れちゃいましたー」

「そうですね。メインは温泉と食事ですし」


 自然に仙波と茉莉がびびあんの気分を切り替えてくれる。若いのに良く出来た子たちだ。


「よおし、美肌効果がある温泉でゆっくりしましょうか」

「わーい♪ 美肌美肌~♪」

「……ちなみに、びびあんさんはどちらの風呂に?」

「男性だもの、男風呂に決まってるじゃないのやーね」

「あ、そりゃそうですよね。じゃ、お背中でも流します」

「ハウスキーパーにそこまで強制しないわよ?」

「それでは友人同士と言うことで。気になるようならビールでもご馳走して下さい」

「思った以上に高くつくじゃないの」


 笑いながら旅館に向かう。

 竹山(ちくざん)というその旅館は、かなり老舗のようで、仲居も女将もびびあん達の組み合わせが不思議とは思っても顔に出すような事もなく、笑顔で部屋へ案内してくれた。


「私は最初は下の大浴場に行って来ますので、その露天風呂はびびあんさんと仙波さんが使って下さい! 私は後で入りまーす」


 茉莉がウキウキと浴衣を持って出て行った。

 びびあんも少し疲れていたし、地下への行き来が面倒だったので有り難く露天風呂を使わせて貰った。

 仙波と一緒にさっさと体を洗い、岩でゴツゴツした湯船に身を沈める。白濁したお湯は熱すぎず温すぎず、海側の夕焼けを眺めての風呂はゴージャスの一言だ。


「仙波ちゃん、ここの温泉、最高ねえ」

「気持ちいいですねえ。いやあ極楽極楽」


 気疲れしない関係で広々とした風呂に入るというのもいいものである。びびあんは先ほど注目を浴びていた時の緊張もほぐれていくのを感じた。


「──そういえばびびあんさん、平日の食事なんですけど、インスタントやコンビニ弁当ばかり食べてますね?」

「……あら、バレた?」

「当たり前でしょう、カップ麺や弁当の空き箱が週末来る度にかなり入ってますしね、ゴミ箱に」

「仕事とはいえお酒飲んで帰ると、作る手間が面倒なのよねえ」

「それで思ったんですけど、俺、あそこ引っ越してもいいですか?」

「……あそこって、ウチの事?」

「ええ。どうせ平日は自分のアパートには仕事帰ってから寝るだけだし、やっぱり一人だと料理もなかなか作る気分にならないんですよね。びびあんさんにはずっと健康でいて欲しいし、ご飯は一緒に美味しく食べて貰える方が作り甲斐もありますしね。平日もご飯作れるじゃないですか。あ、家賃は払いますよ勿論」

「いやいや、オネエのとこに引っ越しって貴方ね、ますます縁遠くなるわよ? 彼女の連れ込みとかされても困るし」

「暫く彼女とかそういうのいいんで。今の生活が充実してるんですよねえ。マッパにはなれるし美味しくご飯を食べて貰えるし」

「本当に良く考えた方がいいわよ仙波ちゃん。私はマッパも見慣れたし、部屋も綺麗になるしご飯も美味しいしで得しかないけど、ゲイだと思われたりしたらどうするのよ?」

「別にどうもしませんよ。周りで言われるだけでしょう? 大体今だって放送局でも裸族の付き人さんとか呼ばれてるのに、今更何が追加されても余り変わらないと言うか、元から変態ですからね」

「──まあ否定はしないけども」

「周りでいびつな関係と思われても別にいいじゃないですか。人生楽しく生きたもん勝ちですからね。びびあんさんに恋人が出来た時にはまた考えるとして、じゃあ住み込みの押しかけハウスキーパーという事で、来月には引っ越して来ますんでよろしくお願いします」

「仙波ちゃん、あんたねえ……」


 びびあんが仙波を宥めようとすると、


「えー、ずるーい!」


 と茉莉の声が聞こえた。からりと扉が開き、浴衣姿の茉莉がずかずかと風呂の近くまでやって来た。


「ちょ、ちょっと茉莉ちゃん、ここ男湯だからっ」

「何言ってんですか、毎回股間をぷらぷらさせながら窓ふきとか洗濯とかしてる人を見てるのに。──びびあんさん、私も下宿させて欲しいとお願いしようとしてたんですよ! 仙波さんが引っ越して来るなら私も引っ越して来ていいですか? いいですよね?」

「はあ? 何言ってるのよ茉莉ちゃん。ちょっと、土下座は止めなさい」


 びびあんは慌てて止めながら頭が痛くなって来た。

 どうやら平日にも夕食がてら母親の彼氏がやって来るようになって家がますます居心地が悪くなっているらしい。


「おう、ご飯も二人より三人の方がより美味しいよな。俺は構わないぞ」

「わあい。アルバイトもして少しだけどお金入れますし、母にも許可取ります。先日家に挨拶に来て下さったじゃないですか? あれで母もびびあんさんの事かなり好印象みたいなので」

「ちょっと勝手に決めないでちょうだい。私の家なんだから」

「……駄目ですか?」


 涙目で訴えられても困るのよ。

 どんどん別れが辛くなるじゃないのよ。ここはきっぱり断らないとびびあん。びしーっと。


「あのね、私にも事情というものがね……」

「はい……」

「……分かったわ。この件については、親御さんに許可を取ってから改めて話をしましょうか」

「本当ですか? 帰ってからすぐ許可取ります! わーい♪ 仙波さん私も家事の手伝いしますね!」

「当たり前だろ。一緒に住むんなら分担だ」

「はーい」


 何故自分はこうも押しが弱いのか。

 びびあんはのぼせそうになりながらも、共同生活がほぼ確定してしまったこの状況に不安を覚えながらも、少し愉快な気持ちが湧き上がるのを感じたのだった。





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