第4話

「本当に話があるんだ! どうかそこで聞いてはくれないか!! 頼む! お願いだ! 君に危害はくわえないから!」


声は若い女性のようだ。魔物にもこれほど透き通る綺麗な声の持ち主がいるのだなとレッドは思った。


「敵に殺さないから話を聞けと言って襲いかかってきた魔物はこれまで幾体もいた。魔物の言うことなんか聞けるか! それに、僕は魔王を倒しに来たんだぞ? どうしてそう冷静でいられる?」


中から、舌打ちのようなものが聞こえる。


「あんな……あんな下賎な奴らと我ら魔族を一緒にするな!」


「一緒じゃないのか? 名前だって似てるし、てっきり」


「違うわ!!! ……まぁいい、とりあえず本当に話をさせてくれないか? 信用出来ないなら、出来るまで好きにしていいぞ」


好きにしていいと言われたからには、どんな宝があるのか、どんな人が捕まっているのか、城内の魔物(魔族)の数、など。色々探ってみたが、レッドを殺そうとしているようなトラップすらもなかった。


「話があるのなら、せめて姿を見せるのが筋じゃないのか?」


レッドはそう言うと、背後からただならぬ気配を感じた。

その正体は悪魔だった。


「はじめまして。まずは、素直に話を聞いてくれてありがとう、私はマリア。魔王だ」


魔王という単語を聞いてレッドは身構える。しかし、マリアに戦う意思を感じないので、すぐに警戒を解いた。


「それで、魔王が人間の僕に何の話があると?」


「少し長くなるのだが、よいか?」


レッドは首を縦に振る。


「あれは二百年も昔のことだった。先代魔王は無敵の暴君と呼ばれていた。そいつの名はベルゼブブ。敵味方一切に関わらず、まるで自分のための殺し道具のように残虐行為を行なっていった。いつかは飽きるに違いないと、みな思ったが、そう上手くは行かなかった。ただ殺すことに飽きたら、今度は魔族と魔物を率いて人間を襲わせたのだ。魔族と魔物はそれを喜んでしまった。人間は喜ぶわけがなかったが、魔族と魔物にとって魔王に確実に殺されることよりも、弱い種族を殺すことで免れるなら本望だと考えるほど、魔王に畏怖していた。そして、人間と魔族率いる魔物の戦争が始まった。魔王はその時傍観者だった。戦争は決して短くなかったし、双方に大勢の死者が出た。ある時、魔族が魔法という能力を魔王から授けられた(それ故に、魔族と呼ばれるようになった)。魔法の威力は絶大だった。一つ打てば、数十人が軽く死んだ。命がこんなにも消えていく中、魔族たちは自分たちが殺されないことだけを考えた。魔法によって魔族軍が圧倒的有利な立ち位置にいて、人間の敗北が垣間見えた時、奇跡が起きた。いや、これを奇跡と呼ぶのは、あまりにも能天気だった。それを知りもしなかった人間たちは、突如現れた勇者という存在を崇めた。そしてたった一人の力だけで戦争を終わらせたのだった。戦争が終わって大勢の者が喜んだが、一人だけつまらないやつがいた。魔王は勇者を殺すことを決めた。魔王と勇者の戦いは、世界が半分に裂けてしまうくらい激しかった。魔王は勇者を殺すために、しかし勇者は魔族、魔物、人間を守りながら魔王を滅ぼすために戦った。結論から言うと、勇者の圧勝だった。無敵の暴君と呼ばれるほどだった魔王が、勇者によって殺された。それを聞いて世界には平和が戻ったと思った。それから百年後、今から百年前の話になるが、……」


マリアはそれから長々と話をしてくれた。マリアは元々人間であったこと。百年前に、魔王の生まれ変わりが人間に生まれ変わったことにより逃げるために魔王を名乗り、魔族と魔物を動かしていること。それを魔王の生まれ変わりに気づかれてしまったこと。


レッドは急展開過ぎて、若干追いつけていなかった。


「つまり、マリアは少なくとも百歳を越えているってこと?」


「女性に歳を聞くな! 無礼だぞ!」


「それはそうだった。すまない。許して欲しい」


「う、まぁ、わざと出ないなら仕方ない。許してやろう。それよりも、お願いがあるのだが、聞いてくれないだろうか?」


マリアは急な上目遣いでレッドの眼窩を覗く。美しい女性に見つめられると、レッドも勘違いしてしまいそうになる。


「聞くだけ……なら」


「本当か!? 私は嬉しいぞ!」


マリアは陽気に話をしていた。それはもう、楽しそうで、嬉しそうだった。


「あぁ、うん。それで話って」


距離を縮めてくるマリアを後ろに下がって回避しつつ聞く。


「その、それはだな……」


マリアは急にモジモジし始めた。トイレに行きたいなら行けと言ったら、殺されるなよレッドは学んだ。

マリアは言う。


「わ、私の代わりに、魔王になってくれないだろうか!!」


身長だけはトールサイズの魔王は、好きな人に告白する勢いで言い放った。レッドが理解するのに十秒かかったのは仕方あるまい。


「は? なんで?」


「だって、私より君の方が強いからだよ」


よくそんな理由で、切り出せたものだ。


「いや、そういうことじゃなくて、どうして急に魔王やめようとしたのかってこと」


「それは勿論、適任な人が現れたからだよ」


「適任……って僕が!? なんで?!」


「なんでってさっきも説明した通り、魔王の魂が人間として復活しちゃったんだよね。だから、私は勇者の出現を待っていた。そしたら、君が私の前に現れた。私は邪眼を持っているから君の強さはお見通しさ」


「ええぇぇぇぇええ!!!!! 僕が勇者!! 違うよ!! …………あ、勇者だったっけ」


レッドは、かなりとんでもないことを忘れていた。そうだった、レッドは勇者としての役職を与えられていたのだった。そこで疑問が浮かぶ。


もし、レッドよりも先にリュートたちが来ていたらどうなっただろう。きっと、正義感の強いリュートはマリアの話を聞かず、人間の味方をするだろう。

なら、マリアは死んでしまう。僕のようにリュートも考えるかもと思ったが、魔物を平気で殺していたリュートならそうするだろう。


リュートは味方には優しいが敵には惨い。それが普通ではあるが。


今更、勇者であることを捨てるのになんの嫌悪がある。リュートたちのことを忘れられるいい機会ではないか。あわよくば、レッドを追放したことを後悔させてやれるのではないか。そうして、もしかしたら仲直りもできるかもしれない。


「うん。いいよ、魔王になる」


「そうかそうか! それは私も嬉しいぞ! 私は君の側近として仕えさせてもらう。よろしく頼むの! レッド」


……あれ、なんで名前知ってんの?

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くだらない理由で最強パーティーを追放されたので、あえて敵対することにしました どこかの大学生 @ka3ya0boro1221

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