ビッグ マミィ

猫屋敷 中吉

第1話


 


 

 これはもう、一か月程前になるだろうか。

 この物語は突然、都心に現れた巨大生物と、それに立ち向かう巨大なオバサンと私『田之上 綿たのうえ わた22歳』の、壮絶な闘いの物語となる。


 都内、某日。


「緊急事態発生です。〇区と〇区にお住まいの住民の方、速やかに安全な場所に避難して下さい。繰り返しお伝えします。緊急事態発生です。〇区と〇区にお住まいの方、速やかに安全な場所に避難して下さい。繰り返します……」


 バラエティ番組を放映していたテレビが、急に場面変わりしてニュース速報へと代わった。バタバタしたスタジオの様子から、酷く緊迫した様子が伝わってくる。


 休日のお昼の時間帯で、貰い物の素麺をすすっていた私はその箸を止め、ニュース速報に見入ってしまっていた。

 ひとりアパートの一室で、報道されているのが自分の住む街である事に、更にパニックに陥りそうになった。


 ひっ、避難って、どこに避難すればいいのよ。


 それでも、急いで薄手のパジャマから外出着に着替え、スマホだけを持って外に飛び出した。


 目の前の道路は既に渋滞しており、車からのクラクションや怒号、溢れる人達の悲鳴や絶叫で歩道から何から、ひっちゃかめっちゃかの状況である。

 そもそも非難場所なんか知らない私は、溢れる人の波に呑まれる事にしたんだけど……。


 もみくちゃにされながらも、これは現実なんだ、大変な事態が起きているんだと、改めて思い知らされる事となった。


 “ ッズズン!! ”

「ギャオーーン!!」


 揺れる大地と今まで聞いた事の無い叫び声に、人の波は恐慌状態となる。

 パニックになった人達が、我先に逃げようとするもんだからもう、とんでもない事態で。


 ヤバイ! このままじゃ、人に潰されちゃう。


 そう思った私は、すぐ脇にあるビルとビルの隙間に体を捻じ込んだ。

 幸か不幸か、建物の所為で見えなかった鳴き声の正体が、この隙間からだとハッキリと見える。


 一キロ程先になるんだろうか、ゴツゴツした溶岩石を体中にくっ付けたような、所謂ゴーレムをイメージする人型の巨大生物がいたんだ。

 ビルの隙間に見え隠れする巨大生物に、目を剥いて絶句した私。


 なっ、なによ、アレ!


 表通りから聞こえる怒号や悲鳴、甲高いクラクションの音に包まれながら、私はひとり恐怖で言葉を失っていた。


「ギャオォオーーン」


 ソイツは腕を振り回して、周りにあるビルや商業施設を破壊している。

 ズズンッ! ビルの上部が地面に落下、空気を震わせる衝撃音と、巻き上がる大量の砂塵。衝撃で飛び散る瓦礫が近くの家々を潰している。

 目の当たりにした悲惨な光景に、なす術もなく只々固まる事しか出来ない。


 余りの地獄絵図にこの国は終わったと、そう思った瞬間。


 突如として辺りが眩い光に包まれた。

 思わず目を積むってしまった私。

 恐る恐る、また目を開けてみると、そこには……。


 頭に白のバンダナ、胸元のバックリ空いた鼠色で七分袖のレオタード、腰には黄色いスカーフのような物を巻きつけて、足元にはレッグウォーマーと木製の突っ掛け。

 昭和のエアロビみたいな格好の巨大なオバサンが、中年太りの地味顔のオバサンが、突如現れたんだ。


 ダサッ! と思わず叫んでしまったのは言うまでもないが、その衝撃的な出来事に私の目は、そのオバサンに釘付けにされた。


 巨大生物と巨大オバサンが街中に? 

 オバサンが何やら腕を前に臨戦態勢を取っている。  

 色合いの所為か、脇の下には汗染みが酷い。


 仕掛けたのは巨大生物が早かった、ソイツはオバサンに掴みかかった。すると……。


 巨大生物と巨大オバサンが、一瞬で消えた。


 何が起きたのか頭の整理が追いつかない。

 呆気に取られた私は、只々壊されたビル群を見つめるだけ。


 未だ聞こえてくる怒号や悲鳴。

 えっ、えっ、オバサンが守ってくれたって事でいいのかな? 余りに呆気ない結末に、それでも私はそう結論付けた。


 暫くの間、街は混乱していたが、怪我人は多数出たみたいだけど、死者は奇跡的に出なかったとの報道。

 しかも怪我人のほとんどは、避難の際に起きた事故が原因らしいと。


 全く、国は何をやってるのかしらと、ニュース報道を見ながらボヤいて見るも、やっぱりあのオバサンの事が脳裏に焼き付いて離れない。

 もう、消えた後の事が気になって気になって、しょうがなかった。


 ニュースでは巨大生物の事は伏せられ、巨大物とか巨大な爆発とか、ボヤけた表現でしか紹介しないし、ならばネットではと検索して見るも。


 YouTuberなんかが動画を挙げていたが、しかし途中で映像が切れている物ばっかりで、結局、詳細は不明のままで分からない。 

 ……何かしらの規制が掛かっているのかしらと、どうしても勘ぐってしまう。


 う〜ん、益々気になるな。


 普段は都内で、アルバイト生活している私。

 三日後には街の様子も落ち着いて、通常の生活に戻っていたけれど。

 ……あれから仕事も手に付かず、未だモヤモヤしている毎日を送っていた。

 だけど、アルバイト帰りに立ち寄った近所のスーパーで、衝撃的な出会いを果たした。


 ……あの巨大オバサン、普通にいるじゃん。しかも、スーパーでレジ打ちしてるし。


 二度見ならぬ三度見、四度見をしてしまった。確かにあのオバサンだ! 心臓がバクバクして来た。


 私は籠を持って彼女の列に並んだ。そして失礼承知で顔をマジマジと観察する。

 やっぱりあのオバサンだ、間違い無い! 

 私は小声で彼女に話しかけてみた。勿論、細心の注意をはらって。


「あ、あの。街を救ってくれて、ありがとうございました」超小声で。


 オバサンは一瞬目を見開くも、また普通にレジ打ちに集中し始めた。そしてそのまま、何も話さずに終わってしまった。……アレッ!人違いだった?


 人違いで失礼な事しちゃったなぁと、自己嫌悪に落ちながらエコバッグに商品を詰めていると、町内放送が鳴り響いてきた。


「緊急事態発生!〇区の住民は直ちに指定避難所に避難して下さい。緊急事態発生!〇区の住民は……」


 店内に残っていたお客さんは半ばパニックで、スーパーの出入り口の方へと殺到している。お店の従業員の方達も、お客さんの誘導で忙しそうだ。


 そんな中あのオバサンは……。

 誰かとスマホで電話をしていた。

「あら、そう。……分かった。気をつけてね」と、残念そうに眉を顰めるオバサン。 あっ、目が合っちゃった。


 オバサンはエプロンにスマホを仕舞うと、真っ直ぐ私に近付いてくる。そして……。


「あなた今ひま?」

「は? は、はい」

「チョット手伝って」


 唐突に質問されて、訳も分からず了承してしまった。そしてお店のバックヤード、従業員用トイレの前にいるんだけど……。


「お待たせ」

「エッ! やっぱり!」声が上擦った。


 トイレから出て来たオバサンの格好。

 頭に白のバンダナ、鼠色で七分袖のレオタードに、黄色いスカーフを腰に巻いた姿。足元はレッグウォーマーに木製の突っ掛け。


 やっぱり、あなただったのね! 

 私はキラキラした目で見てたと思う。だって、私のヒーローが目の前にいるんですもん。


「少しの間だけ、付き合って貰ってもいいかしら?」

「はい! こちらこそ」

「フフッ、ありがとう。確か、ここにあったはず……あったあった」


 そう言ってオバサンは、手に持っていた茶色のリュックからリモコンを出して……!? えっ、テレビのリモコン!?


「じゃあ行くわよ!」

「……はい?」


 肩に手を置かれた私。

 オバサンはリモコンの上部に付いてる赤いボタンを押した。

 すると、眩い光に包まれて気付くと、巨大生物の真ん前にいるではないか!


 目の前にいる巨大生物は、鏡餅を何個もくっ付けたような、白いポコポコした四つ足の怪獣。ソイツが長い舌を使ってビルを破壊していた。


 アワアワしてる私に、オバサンはリモコンを手渡して来て。


「これ、お願い出来るかしら」

 と、冷静に話す。

 えっえって、半分パニックになってしまう私。


「このボリュームのボタンあるでしょ、プラスの方を押し続けてくれるかな?」

 私は訳も分からず、言われた通りリモコンのボリュームボタンを押し続けた。

 すると、ぐんぐん大きくなって行くオバサンの体。最終的に、巨大生物と同じぐらいの大きさになっていた。


 ヒョエ〜〜。変な声を出して眺めていたっけ。オバサンが腕を前に臨戦態勢をとった。


 あー、また脇汗が酷い、背中の汗滲みも。

 近くで見た所為か、色々気になってしまう。

 不謹慎にもそんなことを考えていたらオバサン、白い怪獣を捕まえて。


「お願い! リモコンの黄色いボタン押して!」

 オバサンのお願いにリモコンに視線を落とすと。

 青、赤、緑、黄色のボタンの並びに気づく。

 そして一番右にある黄色いボタンを、言われた通りに押した。


 するとまた、パッと一瞬で場所が変わり、都心にいた筈の私達は怪獣と共に、知らない何も無い砂漠のような所にいた。一瞬で転移したんだ。


 なに、なに、なんなのよコレ! しかも砂漠って、もの凄い暑さじゃないココ! と、小声でボヤく。


「さぁー、こっからが本番よ! アナタは少し離れてて。それと……わたしの名前は万田(まんだ)よ。あなたの名前を教えて貰える?」

 オバサン、万田さんが、怪獣の顔に強烈なビンタを食らわせながら自己紹介をして来た。だから私も。


「私は田之上 綿です!!」


 距離があるから大声で叫んだけど。……聞こえたかな?


「フフッ、綿ちゃんね。これからも、よ・ろ・し・く・ね」


 しっかり聴こえていた万田さん、怪獣にビンタの連打を浴びせながら答えてくれた。 ……でも、よろしくってどう言うこと?


 しかも万田さん、さっきからビンタしかしてないけど、攻撃ってコレしかないのかな?  

 あっ、怪獣のベロが危ない!

 でも、よけた。

 で、頭のバンダナ取ってー、投げた! 

 あっ外した。

 でも、今度は突っ掛け。

 足からチョット外してぇのぉーって、エッエッ、何ナニ、もしかしてリモコン下駄なのその突っ掛け! 

 突っ掛けを前蹴りの要領でオバさんは、飛ばした!


 アレッ、怪獣にポコンって当たってそのまま落ちただけ?

 あんまり効いて無いみたいだけど。

 ダメージほぼゼロじゃない!

 しかも戻ってこないし。

 万田さん、足元アチアチしてるし。


 突っ掛けを拾いに行った万田さんのお腹に、怪獣のベロが当たった。

 贅肉がブルンッと揺れている。

 今度は二の腕! 

 お肉が波うってる。太腿もやられた! 

 太腿が、たゆんたゆんしている。

 なんと万田さんが、怪獣からの攻撃で片膝を落とした! ヤバい、しんどそうにしている。……ピンチだ、ピンチなのね万田さん!だから私は。


「万田さーん。ガンバレー!!ま・ん・だ・さーん、頑張って〜〜!!」


 大声で応援していた。


 万田さんは私にニコッと微笑むと、腰のスカーフを外して、頭の上で振り回し始めた。

 そして、あっ、鞭みたいにビーンと前に伸びた。しかも怪獣に巻き付いてる。


 やったぁー! これは効いてる! 怪獣動けないでいるわ。


「綿ちゃん、お願い。緑のボタンを押して!」

 緊迫した状況の中、私も気合いを入れ直す。そして言われた通り、緑のボタンをポチっとな。


 ボタンを押した直後、リモコンから大音量で軽快な音楽が流れ初めた。

 私ビックリして砂の上にリモコンを放り投げちゃた。 大丈夫かしら、壊れてなきゃいいけど。


 砂の上でテンポのいい曲が大音量で流れる。

 万田さんはその曲に合わせて、足で左右にステップを刻みながら、真顔のまま、腕を頭上で前に右に左右に上にとせわしなく動かしている。


 ……でもコレってーー。パラパラダンスじゃない!!


 炎天下、猛烈に暑い砂漠の真ん中で、怪獣そっちのけでパラパラダンスを踊ってるポッチャリオバサン。 ……まさに、地獄だわ。


 曲が終わり、万田さんの額にもじっとりと汗が浮かんでいる。レオタードの胸元と背中も黒くなる程に汗が滲んでいる。脇汗が一番酷いのは言うまでも無いか。

 だけど万田さん、ニヤッとニヒルに笑うと。


「じゃあ、これで終わらせるわよー!」


 えっえっ、何ナニ、なんちゃら光線とか出すの?

 万田さんはぐるりと腕を回して……あのポーズ。


「セクシー、ビ〇ーーム!!」

 腰をひねり、胸の前に両手で輪っかを作る、懐かしいあのポーズ。

 輪っかの中から、七色の光線的な光りが一直線に怪獣に向かって行く。……そして。


 “ チュドオォォォォォーーン!! ”


 物凄い閃光に、爆音と衝撃波と爆風が続く。爆風をモロに受けて私の体は、砂の上をゴロゴロ転がっていた。


 砂煙が晴れると怪獣は跡形も無く消えていて、万田さんが一人で、アチーとか言いながら手で顔を仰いでいた。


 す、す、す、スゴォーイ!スゴいよ万田さん!


 砂まみれの私は興奮して、体をブルブル震わせていた。


「綿ちゃん、ボリュームのマイナス押してくれる?」


 万田さんの声で我に帰った私、慌ててリモコンを拾い上げると、ボリュームのマイナスボタンを押し続ける。

 すると見る見る小さくなって行く万田さん。元のサイズに戻ると、私に近づいて来て。


「お疲れさま。……じゃあ、終わった事だし、帰ろっか」


 万田さん、カッケェェーー!!


 本当に怪獣やっつけちゃったよ!

 万田さんスゴいよ!

 私、感動しちゃったんだけど。万田さんに、感動しちゃたんだけど。


 キラキラした目で万田さんを見てたら、万田さんは照れ臭そうに。


「スーパーの近くにサイゼあるの、お礼がしたいから行かない?」



♦︎♢♦︎♢



 そして今、サイゼにいるんだけど。 

 天国〜、やっぱクーラーって最高! 生き返る〜って感じ。


 テーブルを挟んで万田さんと向かい合って座る。

 勿論、万田さんはトイレで着替えて、今はスーパーの従業員スタイル。


 私はアイスコーヒーを、万田さんはアイスミルクティーをそれぞれ注文した。

 何から話していいかモジモジしてたら、万田さんから話し始めてくれた。


「今日は本当にありがとね、助かったわ」

「いえいえ、わたしは何にも……」


 届いたアイスミルクティーを、一口飲んだ万田さん。私もつられて、アイスコーヒーを飲む。


「……前回は、娘に一緒について来てもらったんだけど、今日は怪獣の所為で電車が止まってしまって、来れなくなっちゃって。しかもあの子受験生だから、付き合わせるのも悪いなって思ってたの。私も一応、親だからね、娘の受験を応援したいじゃない。だから綿ちゃんが居てくれて、本当に助かったのよ。あのリモコンって、体が大きくなると扱い辛くって」


 まぁ、確かに、リモコンのサイズはあのままだから、大きな手では扱い辛いよね。


「あの、万田さんはどうしてヒーローをやってるんですか?」


 私はいきなり、ど直球の質問をしてみた。だって、一番気になっていた事だから。


 あら、ヒーローなんてそんな、大したもんじゃ無いのよ。なんて照れ笑いしている万田さん。

 そして少しだけ間を置いて、コホンッと咳払いをひとつして、万田さんは本音を聞かせてくれた。


「私も母親だからね、あの子を守れるのは私だけだから。……この国を守るとか世界を救うとか、そんな大それた事を思ってるつもりじゃぁないのよ。ただ、娘を守りたいって、それだけなの」


 母の愛情。

 それだけで万田さんは恐ろしい怪獣と闘っている。いや、それだから、闘っているんだ。

 私は万田さんに、自分の母親を重ねてしまい。気がついたら、泣いていしまっていた。ほろほろと涙を流して。


 だって、お母さんってだけで命懸けで頑張れるって。お母さんってだけで……。

 今の私じゃあ、逆立ちしたって真似出来ない。やっぱり万田さん……お母さんは凄いよ。

 大丈夫って、万田さんはハンカチを貸してくれた。強いだけじゃ無く、お母さんって優しいよね。



 私が泣き止むのを静かに待っていた万田さん。少し微笑んで、ヒーローになった経緯も話してくれた。



 どうやら一週間ほど前、朝目覚めたら枕元にあの衣装とリモコン、それとA 4用紙の取り扱い説明書が置いてあったんだと。

 その紙にはリモコンの扱い方から衣装の着方、怪獣の倒し方がザックリと書いてあったとか。

 だけど誰かのイタズラかと思ったらしく、気持ち悪くなって、あっ、ちなみに万田さん、ご主人と別れてシングルマザーで、娘さんと二人暮らしなんだって。


 つまり、娘がこんなプレゼントする訳無いし、旦那もすでに居ないしで、本気で気持ち悪かったみたい。

 それで、ゴミに捨てようとリモコンに触った途端、液晶画面が光りだして『得意なダンスの入力』って画面に書いてあったんだって。

 そこで学生時代ハマっていたパラパラダンスを思い出して。

 パラパラダンス? って言っちゃったらしい。


 すると『入力完了』の画面が、まさかの音声入力だったらしく、万田さんも驚いちゃったって笑っていた。

 その数日後、本当に怪獣が出て来たらしく、アレよアレよであなたの言うヒーローって奴をやっているのよって、笑いながら答えてくれた。


 う〜ん、ダンス入力? 

 もしかしてダンスの時間って、エネルギーチャージの時間だったりするのかな?う〜ん。


 ちなみに一体目の怪獣の時、娘の前って事もあって恥ずかしさから、適当なダンスでセクシ〇ビームを撃ったらしいんだけど、全然ビーム出なかったらしい。

 あと、ビームの名前は勝手に言ってるだけで、別に言わなくてもあのポーズをすれば、ちゃんとビーム出るって。

 無言だと締まらないでしょって、変な持論をお持ちのようで。


 う〜ん、よく分かんなくなってきた。……だけど、ひとりで怪獣に立ち向かう勇気って、やっぱ正直凄いと思う。

 だって考えてみて、あんな良く分かんない気持ち悪いだけの生き物と戦わなきゃ行けないのよ。いくら娘の為とは言え、考えただけでもゾッとするわ。


 やっぱり万田さんが凄い人なんだ。

 改めてそう思った。だから、私から万田さんにお願いしていた。

 この先後悔するかも知れないけど、それでも万田さんの力になりたくて。女としても憧れる万田さんに、こうお願いをしていた。


「あっあの、私を万田さんの助手にして下さい」


 そしたら万田さん。いいの?って嬉しそうな顔で喜んでくれたわ。




 それから、私達の快進撃は止まることを知らない。

 週一無いし二体の怪獣と今まで戦って来て、結果、退治しまくりの私達。

 まさに、私と万田さんは最強のツーマンセル、怪獣バスターってところかしら、フフ。

 今日はこれから、六体目を退治しに行く所だけどね。


 でも最近、私達が現れると「ビッグマミィ! ビッグマミィ!」って、近くにいる住民からのビックマミィコールが起きるようになった。

 人気者になってきたと思うけど、素直に嬉しいんだけど、でも、なんでビックマミィなんだろうって思う。

 やっぱり万田さん、見た目がお母さんって感じだからかなぁ。


 あっ、やっと万田さんがトイレから出て来た。


「それじゃあ行くわよ」

「はい!」


 いつものように万田さんが私の肩に触れて、リモコンの電源ボタンを押す。最近、少し慣れて来た所為で、最初の頃みたいな恐怖心も無くなってきた。

 だって万田さんの『セクシ〇ビーム』って凄いのよ。無敵なんだから。


 いつものように怪獣の目の前に飛んだ私達。うん、人影は無し!避難も順調。

 そして、いつものように万田さんを大きくして〜、いつものように臨戦態勢とって〜、そろそろ私の出番かなぁ?

 でも、今日の怪獣はデカイなぁ、万田さんの倍くらいの大きさなんじゃ無い。

 なんかテトラポットみたいでヘンテコな怪獣。ちょいウケるんですけど。そんな、軽口を言える程の余裕も出て来た。


「綿ちゃん、黄色のボタンよろしく」


 はいはい、黄色いボタンをポチッとな。

 ……アレッ、黄色いボタンをポチッ……アレ、なんで?

 ポチッポチッポチッ。ポチポチポチポチポチポチ。エッ、マジで、壊れたの? 全然反応しないボタンに、さっきまでの余裕はどこえやら、猛烈に焦りだした。


「万田さん! 動かない! 動かないよう!!」

「ええ〜〜。……あっ、電池、多分電池だと思う!」


 確かに! いつも光っている液晶画面が真っ暗だ。リモコンの後ろを見ると、三角矢印のカバーが付いてる。

 焦りながらも開けて見ると、単4電池が二本入っていた。 えっ、単4電池が2本!? こんなので動いてたの?


「クッ! お・ね・が・い。でんちかって・き・て」


 暴れるテトラポットを、万田さんは必死で押さえてる。脇汗がいつもより酷い、無理してるんだ。

 そりゃそうよ、こんな奴に街中で暴れられたら、今度こそ死人が出ちゃう。必死にもなるわ。


「万田さん! もう少しだけ頑張って!!」


 “ ッズン!ッズン! ”

 テトラポット怪獣が暴れる度に、地面が揺れる。私は急いで辺りを見回しコンビニを探した。


  あっ、あった!


 200m程先に『7』が看板のコンビニが見えた。私はリモコン片手に無我夢中で猛ダッシュ。多分、人生で一番早いタイムで100mを走ったと思う。


 “ ドドンッ!ドンッ!ズンッ!ドンッ! ”

 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、やっとついたわ」

 揺れる地面の上を全力疾走していた私は、思いのほか体力を消耗していた。


 観音開きのコンビニのドアを勢いよく開ける、しかしそこで見た店内の光景に目を疑った。

 棚に置かれている商品が床に散乱していて、トンデモ無い事になっていた。 マジっすか! 軽く絶句してしまった。

 

 “ ズンッ!ズズンッ!ドンッ!ドンッ! ”

 鳴り響く怪獣の足音。ハッ早く探さなきゃ!

 

 商品を踏まないよう、すり足で電気のコーナーへ向かう。案の定、電池や電球がアッチコッチに散らばり、私は四つん這いになって探した。

 あった、イヤこれ単3。あった、イヤこれも単3。あった、イヤこれ単2。なによ、単4全然無いじゃない!


 怪獣の所為で停電中の店内は日中でも薄暗く、そんな中探さなきゃいけなくて、只々焦る一方。

 だって、早くしないと万田さんが、万田さんが大変な事に!


 床に散乱している商品が邪魔で、見つけ辛い。

 だから一旦、目の前の床を綺麗にしてみた。

 腕でバーって感じでね。まぁ、ムシャクシャしてたのもあるかな。

 だけどそのお陰で棚の下、奥の方に金色に光るアルカリ単4電池を発見できた。


「ィヤッターーー!」


 思わず叫んでいたわ。

 イヤイヤ、こんな事してられない! 早く電池交換しなきゃ!

 

 早速電池を装填。すると光り出す液晶画面。ヨシッ、これでバッチリ。


 そしてコンビニのレジへ、お財布をだして。……ん? 小銭が17円しか無い。仕方がないからお札を……。

 あー、樋口一葉さんしかいない。夏目さんはいないの? 探せども、探せども、出てくるのはレシートの山と樋口さんだけ。


 どうしよう、乾電池ひとつで樋口さんかぁー! ……あー、もー! さようなら樋口さん、さよなら私の日給!


 泣く泣く樋口さんをレジに叩きつけて、急いでコンビニを後にする私。そして大声で。


「万田さ〜ん! オッーケーー!!」

 万田さん、脇汗もしかりだけど胸元も背中も汗でビッチョリ。


「綿ちゃ〜ん! おねが〜〜い! もう、げんか〜い!」

 万田さんの悲痛な叫びに、今度こそ気合いを入れてボタンを押した。それポチッとな。


 この後、いつものようにセクシービ〇ムで怪獣をやっつけたんだけど。

 イヤー、大変だったわぁ。単4電池で動いてたなんてねぇ! フゥー、やれやれよ。

 帰りに万田さんから頑張った私にと『東京銘菓ひ〇こ』を貰ったんだけど、逆に恐縮しちゃう。

 だって、一番頑張ったのは万田さんだもん。でも、折角だから美味しく頂くけどね。



 そしてこの日の夜、万田さんからの電話で更に驚かされる事となった。


「もしもし〜.綿ちゃん」

「……はい」

「なんか、あのコスチュームとリモコン、無くなったんだけど、知らない?」

「えっ、し、知らないです」

「そう……。イヤね、怪獣退治のあと、確かに洗濯機の上に置いたんだけど、お風呂入っていたら無くなってて、あれーって思って」

「……はぁ」

「もしかしたら、もしかしたらよ。……終わったんじゃない?」

「……はぁ」

「……怪獣退治が終わったんじゃ無い?」

「えっ!そうなんですか?」

「でも、取り敢えずは様子見ね。それじゃあ、今日は本当にありがとね、じゃあ切るね」


 万田さんからの電話に、腑に落ちない感じが残る。コレッて明確に指摘も出来ないけど、なんかスッキリしないって言うか。う〜ん、言葉にしづらい。

 でも確かに終わってくれたら嬉しいんだけど。う〜ん、そんな急に終わるもんなのかな? う〜ん、まぁ、明日また万田さんに話しを聴きに行こう。

 そう思って、この日は早めに布団に入った。



 その日の夜中、地球の時間が15秒間だけ止まった。その、止まった時間の出来事とは。

 

 『タノウエ ワタ』の表札を確認。アパートの玄関が開いてそこに現れたのは、人型で昆虫のような顔をした生物が二体、玄関扉の奥に立っていた。 

 その生物は鼠色のレオタードを着ていて、しかも人の耳では聴き取りにくい、モスキート音のような声で会話している。


 そして二体はお喋りをしながら土足で、彼女の寝ている寝室までやって来ると。手に持ってい鼠色したコスチュームとリモコンを枕元に置いた。

 片方が彼女に向けて投げキッスをして、そしてそのまま玄関から出て行った。

 アパートの玄関が閉まると同時に、地球の時間が動き出す。



 朝の6時半、綿のいつもの起床時間であるが、彼女のギャーと言う大絶叫で、このアパート内が騒然となる。

 程なくして彼女は、このアパートの全住民からクレームを貰ったのは言うまでもない。


 なによ、コレ!


 な、な、なんと! 私の枕元にヒーローセットが置いてあるではないか! しかもさっき、テレビのリモコンと間違えて触っちゃったし。


 ハァー、フゥー、ハァー、フゥー、とりあえず落ち着け〜、わたし、落ち着け〜。

 あ〜、でも〜、既に液晶画面に『得意なダンス入力』って出てるぅぅ。

 と、取り敢えず、ニュースでも見て気持ちを落ち着かせよう。それっ、ポチッとな。


「今年も大盛況のイベントでした。はい、みんなが踊る『マ〇ケンサンバ』が一番盛り上がりましたねぇ。はい、それではスタジオにお返ししまーす」


 テレビのニュースで『マツケ〇サンバ』の紹介をしている。まさかと思いリモコンの液晶画面を見てみると。


 ……やっぱり『入力完了』の文字が。


 私は布団を被って叫んでいたわ。


「イヤァァァーー!あんなダサいのぉぉーー!!」


 マツ〇ンさんのファンが聴いたら怒り心頭の叫びだ。勿論、ご本人にも失礼極まり無いけど。


 あっ、万田さんに電話しなきゃ! 代わってくれるかも。


 そう思いたって、万田さんに電話してみるも。

「この番号は現在使われておりません。この番号は現在使われて……」

 一回切る、そしてまたかけ直す。

「この番号は現在使われておりません。この番号は……」

 一回切る、そしてまたかけ直す。

「この番号は……」

 着信拒否、もしくは番号変えられた。


 布団の上で私は愕然としてしまった。そして。


「あんなダサい格好、イヤァァァァァーー!!」


 『田之上 綿 22歳 彼氏いない歴イコール年齢』の魂の叫びに、この後アパートの全住民から、二度目のクレームを貰ったのは言うまでも無い。


 

 ちなみに、このアパートにコスチュームを届けた彼等の会話の訳。


「先輩、やっぱ気が引けますね」

「しょうがねえだろ。生物保護法なんて出来ちまったんだからよ、俺等じゃ駆除出来んからな。本当、害獣駆除業者を潰す気かね、お上は」

「全くですね!でも考えましたね先輩。駆除出来ないなら、駆除出来る奴等にやらせるって、やっぱ先輩は頭良いや」

「法の抜け道って奴だな!そう言えば今度のコレはオスかメスか?どっちだ」

「若いメスですぜ、先輩」

「そうか、それじゃぁお嬢さん。君も俺達と同じ害獣駆除の仲間入りだ、お祝いに作業着をプレゼントするから、これからもよろしく頼むよ。……チュッ」

「先輩キザっすねー。でも、あと1000体ほどいる害獣どうしますか?」

「全部この星で処理するつもりだが」

「先輩ギザギザっすねー」

「だろう。あっ時間だ、さっさと帰るぞ」

「アイアイサー」

 

 日本語に訳すと、こうでした。



 【 一週間後 】


「緊急事態発生です。〇区に巨大生物が現れました。速やかに避難して下さい。緊急事態発生です。〇区に……」


 テレビから流れる緊急速報。


「お姉ちゃん! 早く着替えて! お姉ちゃん!!」

 アパートの部屋で妹の咲に急かされています。


「お姉ちゃん! 怪獣、怪獣出てるよ!」


 モソモソ着替える私。

 だって前回の怪獣、すっごくベタベタで気持ち悪くて、すっごくドブ臭かったんだもん。

 なんか嫌だなぁ〜。また臭かったら嫌だなぁ〜。なんて、ボヤきながらモソモソ着替える。


 姿見に映った自分。

 頭に白のバンダナ、鼠色のレオタード、黄色いスカーフを腰に巻いて、レッグウォーマーと突っ掛け。


 ……死にたくなるほどダサいわ。


 万田さん、よくこんなの着て人前に出れたよね。ある意味すごいわ。まぁ、口が裂けても本人には言えないけどね。


「お姉ちゃん、行くよ! 世界を救えるのは、お姉ちゃんだけなんだよ!!」

「へい、へい」

 妹に発破かけられながらも、気のない返事で溜息ひとつ。 ハァー、ポチッとな。



 この一か月後『ビッグレディ』と呼ばれ、世界中から称賛されることとなる『田之上 綿 22歳』は、今日もしぶしぶ世界の平和を守っていた。


 


 

 お終い。


 

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