神様だらけ

@jeggernote

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 男は一人、薄暗い家のリビングで酒を呷っていた。目は虚で、つけっぱなしのテレビの明かりをぼんやり映している。一見すれば、徐に動く死人とも見えるだろうか。おおよそ生気が感じられなかった。

 ただ、自分の今の姿に何も感じていないかといえばそんなことはなく、むしろその逆のようである。男はグラスを落とすようにテーブルに置くと、今晩で何度目かもわからない深い溜め息を吐いた。

 もう何日、このように過ごしているだろうか。

 芸術に通じた者たちからは一目置かれ始めていた、新進気鋭の彼であった。それが何の罰を受けたことか、瞬く間の転落である。

 ある日突然最愛の妻が重病を患うと、男の献身も虚しく、程なくして妻は他界した。その悲しみを無駄にしまいと創作活動に打ち込めば、愛する女性を題材にしたその作品群は評価されず、それどころか、単調で創意が無いなどと酷評される始末。嫌気が差して筆も彫刻刀も置いた男の周りから、人々は離れていった。

 しかし、それで終わらない。心が荒んで宛て無く街をさまよっていれば、その間に家は空き巣に入られた。老いた父は息子を案じる気苦労から、自身も気を病んで病床に伏せった。そしてとうとう、妻のお腹には子がおり、その子共々亡くなっていたことを後から知らされたことで、男の心はすっかりひしゃげてしまった。

 築きかけていた名声は手を離れていった。再び手を伸ばす気力も無くなった。財産もものの見事に盗られてほとんどが無くなった。親も縋れる状態ではなくなった。何より、愛したあの人と、愛するはずだった子も……。

 などと、何もかも行き詰まると大元を辿りたくなるらしいのは、創作と向かい合っていた頃に馴染んだ感覚だろうか。男は再び手に取っていたグラスを静かに揺らし、回る中身を見つめていた。

 何がいけなかったのだろう。

 妻が、病に罹らなければ。いや、それは違うだろう。では自分が芸術家などではなく、腕利きの医者だったなら。世の批評家どもに作品を、妻を、認めさせられるほどまでに才能があったなら。芸術から離れても、なお見離されないほどに人望があったなら……。なんだ、結局は自分の力不足か?

 どれも無茶で、今更考えたところで仕方のないようなことばかりである。しかし男には、一度出してしまったその結論がすでに拠り所になっていた。

「そうだ、何でもできるような力があれば」

 思わず、しばらくぶりに男の口から言葉が溢れる。

「こんな、こんな無力な思いをするくらいなら……私は」

「『私は神様になった』」

 突如、耳に入ってきた声。

 ぎょっとして、男の首は弾かれるようにしてそちらを向いた。

  

 

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