また会う日まで

紫栞

また会う日まで

 僕の名前はたまゆう。今の飼い主さんがつけてくれたんだ。



 僕は前の飼い主に捨てられてしまったようだった。暑い夏の日、段ボール箱に入れられ、いつもと違う公園に連れてこられた。初めはいつもと違う場所にウキウキしていたが、僕はそこの木の根元に置いて行かれてしまった。「いい子に待ってるんだよ。」それが前の飼い主さんとの最後の会話になった。



 言いつけを守りいつ迎えに来てくれるか分からない飼い主さんを僕は待っていた。雨が降っても、徐々に寒くなってきてもずっと待っていた。しかし、いつになっても飼い主さんは戻ってこなかった。そして僕は捨てられたことを悟った。



 葉っぱが色づいてきたそんなある日、5歳くらいの男の子が公園にやってきた。この辺りに今度引っ越してくるようだ。お父さんとお母さんと3人でどうやら周辺の下見をしているようだ。



「ここは見晴らしがよくて一緒に遊ぶには最高だな」とお父さん、

「遊具もあるし、今度のおうちからも近くてお散歩にもいいわ」とお母さん。

そんなほほえましい会話をのんびり聞いていると男の子が走ってきた。

「けんちゃん、あんまり遠くにいっちゃだめよ」とお母さんが呼びかけるが男の子はお構いなく走ってきた。



そして僕のことを見つけた。

「ままーわんちゃん!!!!!!」



その声にお父さんとお母さんが近づいてくる。

「かわいいわね」

「捨てられてしまったのかな?」

僕は久々に注目されて緊張してしまった。うるんだ瞳で3人を見つめる。しかし、3人はまだこの辺りに住んでいないようだ。

「今住んでいる所はペット禁止だからなー、連れて帰るわけにいかないんだ」

と悲しそうにお父さんは言った。

そして3人はいなくなってしまった。



また1人の時間が訪れる。夜の公園に独りぼっちなのは寂しい。特に公園は昼間活気がある分寂しさが倍増してしまう。


と、色々考えていると3人が戻ってきた。どうしたんだろう?

「今日は連れて帰ってやれないけど、お腹空いているだろう」

その手にはミルクとドッグフードが握られていた。久しぶりのちゃんとしたご飯に僕は喜んで食らいつく。こんなにご飯って美味しかったのかと涙を流しそうになった。

 


それからしばらくして、色づいていた葉っぱが落ち始めたころ、彼らは約束通り僕のことを迎えに来てくれた。どうやら昨日引っ越してきたらしい。



けんちゃんと呼ばれていた男の子はお母さんと一緒に公園にやってくると真っ直ぐ僕の元に走ってきた。

「元気にしてた?たまゆう!」



たまゆうとはどうやら僕のことらしい。どうしてその名前になったのか分からないが僕を連れて帰るために考えてくれたらしい。僕がわんと一度吠えると男の子は嬉しそうに僕を撫でた。



お母さんが段ボールごと抱きかかえ僕たちはけんちゃんの住む新居へと向かった。

 


新しい家に期待と不安でどきどきと音が聞こえそうだった。僕の次なる住居は一軒家のようだった。広い庭もあり、これならけんちゃんともたくさん遊べそうだ。



家に着くと庭の水道で体を洗われた。季節が2回くらい変わるまで体は雨でしか洗っていないから、たくさん毛が汚れていたようだ。石鹸をつけて洗ってもらうととても気持ちがよかった。タオルでふかれるのは苦手だったけど。



家に入ると部屋が暖かく心地よかった。ミルクや僕のご飯もちゃんと準備されていてとても暖かかった。僕専用の寝るところも準備されていて、僕はその日から屋根のあるフカフカの寝床で寝ることになった。



朝から晩までお母さんとけんちゃんと一緒に遊び、一緒に寝て、時には疲れてしまったけんちゃんに代わりお父さんとお散歩をしながらいろんなことを知った。けんちゃんが本当はけんとくんであること、来年から小学校というところに行かないと行けなくて1日中は遊べなくなってしまう事、お母さんがその時間代わりに遊んでくれること、お父さんも僕のこと本当は大好きだってこと。言い出したらきりがないくらいみんな僕にいろんな話をしてくれた。

 


公園の桜が満開に咲くころ、けんちゃんはランドセルという黒いものを背負って朝から夕方まで出かけるようになった。それが小学生というらしい。小学生になると家に帰ってきても宿題というものに縛られて僕と遊んでくれる時間は減ってしまった。それでもけんちゃんはそれが終わると僕と庭で思いっきり走り回って遊んでくれた。けんちゃんと遊ぶのはすごく楽しい。

 


暑い季節がやってくるとけんちゃんのお友達が家に遊びに来るようになった。けんちゃんと同じ年の男の子や女の子が僕を見て「かわいい」と言ってくれる。ちょっと照れてしまうな。一緒に水鉄砲で遊んだり、ボールで遊んだり、人数が多いといつもよりもっと楽しかった。そしてこのころなぜかしばらくけんちゃんがずっと家にいる時期があった。夏休みというらしい。その時間は僕ともたくさん遊んでくれるし友達もたくさん遊びに来てとても楽しかった。夏休みが永遠に続けばいいのに。

 


公園の葉っぱが色づくころ、僕はこの家に来て1年が経ったらしい。お祝いにといつもより豪華なご飯を出してくれた。ケーキというらしい。皆にみつめられながら食べるのは少し緊張したけど僕のことをお祝いしてくれてとても嬉しかった。みんなも嬉しそうな顔をしていて安心した。僕が全部食べ終わると、みんな僕のことをかまってくれた。お祝いというのはいいものだ。



 僕はたまに散歩じゃないコースを行くことがある。そしてそれは大抵痛いことをされる。何でそんなことをされるのか全く分からないけど一緒に暮らすのに必要なことらしい。痛い思いはしたくないな。でもどうやらそれは僕だけじゃないらしく、寒い時期がやってくるとけんちゃんも注射が嫌だと泣いている。なんだみんな注射は痛いんだな。僕はお兄さんになったつもりで一緒に病院まで行って、けんちゃんのことを応援している。そして病院から泣いて出てくるけんちゃんをわんわん!と励ましていると泣き笑いの表情でけんちゃんは僕を撫でてくれる。絶対に僕の方がお兄ちゃんだと思う。

 


この前の暑い日は久しぶりに車に乗った。また痛いことをされるのかと思ってどきどきしたけど、向かった先はおうちとは違うのにおうちみたいな建物だった。ホテルというらしい。けんちゃんの夏休みに合わせて旅行をしているらしい。僕の知らない世界はまだまだ多いようだ。そこには広いドッグランがあっていくらでも走っていいという。僕は楽しくてはしゃぎまわった。けんちゃんもいつもより広い場所でボールが出来て楽しそうだ。そんなところに2日間も行くもんだから僕は帰り疲れてしまった。でもけんちゃんも疲れていたみたいで僕たちは車の中で寝て帰ってしまった。楽しい時間はあっという間だ。

 


僕は人間の時間というものが分かってきた。桜が咲くころが春、暑い時が夏、葉っぱが色づいている時が秋、寒い時期が冬だ。そして僕は夏休みのある夏が好きで、寒い冬は嫌い。秋は僕をお祝いしてくれるから好きで、春は落ちてくる花びらを追いかけて遊ぶのが楽しい。一年はこの4つの時期で回っているらしい。ここまで気が付くのにけんちゃんの家に来てから三年もかかってしまった。



けんちゃんも小学校3年生になった。学校にもずいぶん慣れてきて、よく家に遊びに来る友達も分かってきた。友達も僕に慣れてくれている。



けんちゃんが学校に行っている間、お母さんはお料理や洗濯、掃除を色々している。お母さんというのも大変なもんだ。でもけんちゃんに忙しいところは全然見せないからお母さんはすごいと思う。



たまに一緒に散歩してくれるお父さん、お父さんは会社というところで働いているらしい。僕は入ることが出来ないからなにをしているか全く分からないけどよく疲れると僕に話している。大変なことをさせられているのだろうか。



けんちゃんは宿題が増えてきて僕となかなか遊べなくなった。それに友達と遊んだり、サッカーという習い事を始めたから僕とはあまり遊んでくれなくなった。ボール遊びなら僕だって上手にできるのにな。



 僕がこの家にやってきてから6回目の秋が来た。けんちゃんはもうけんちゃんとは呼ばれなくなっていた。小学校6年生になったらしい。来年からはランドセルを背負わなくなって、制服を着るらしい。制服ってどんな何だろう。そして名前も中学生になるらしい。中学生ってなんだろう。

 


そして春が訪れた。桜の咲くころ、けんちゃんはかっこいい服を着て出かけて行った。背もずいぶん大きくなったな。お母さんよりも大きくて、なんだか頼もしい。お父さんのことはさすがに抜いてないみたいだ。



心なしか低くなった声でお母さんに

「ネクタイどうやって結ぶの?出来てる?」

と鏡を見ながら直している姿はまだけんちゃんだ。



お母さんもお父さんも見たことのないような服を着ている。今日はみんなどこに行くんだろう?僕もそわそわしていたが、僕は置いて行かれてしまった。どうやら今日は中学校の入学式らしい。中学校は何をするところなんだろう。

 


中学校に入ると念願のサッカー部というところにけんちゃんは入ったらしい。帰りもいつも6時過ぎで帰ってくると疲れて眠ってしまう。僕とは遊んでくれなくなった。僕はお母さんと散歩に行くようになった。



でも、僕もなんだか今までの距離を歩くのが大変になってきた。今までみたいにボールを走って追いかけられないし、たくさん歩くと疲れてしまう。どうしてしまったんだろう。

 


中学生になると友達も連れてこなくなった。友達は違う部活とやらに入っていて時間が合わないらしい。部活というのはいろいろ種類があるのか。僕が中学生だったらボールを追いかけるのが好きだからもちろんけんちゃんと同じサッカー部に入りたいな。練習が大変だのレギュラーをとりたいだの僕にはわからないことが増えた。小学校のころのけんちゃんはいなくなってしまった。



寂しがってばかりもいられない。僕は最近ご飯が食べれなくなってきた。今まであんなにおいしくておかわりを何杯だってしたいと思っていたのに、一杯でも食べるのが精いっぱいだ。いつも痛いことをしてくる病院に行く回数も増えた。そしてなにもされないで帰ってくる回数も増えた。僕はもうすぐどこかにいかなきゃいけない気がしていた。



公園の桜が満開の頃、僕は猛烈な痛みに目が覚めた。どこが痛いかもよく分からないけどずっと叫んでいた。何かを訴えないといけない気がした。そして公園に連れて行ってもらった。きれいな桜の花びらだった。いい眺めだった。



僕はけんちゃんとお父さんとお母さんに見守られながらそっと呼吸を止めた。最後に見た景色はとても綺麗だった。たくさん思い出のある公園でみんなが目に涙を浮かべ僕がどこかに旅立つことをまるで知っているかのようだった。いつも知らないのは僕だけだった。まだけんちゃんとたくさん遊びたかった。いろんなことを知りたかった。もっともっとここにいたかった。



けんちゃんがまだ5歳だった時、僕は公園で拾われた。いつも遊んでくれて楽しい日々だった。小学校に上がったけんちゃんは少し大きいランドセルを背負って学校に朝から夕方まで学校に行っていた。でも決まって帰ってくると遊んでくれた。遊んでくれる時間は短くなったけどけんちゃんの友達とも遊べて楽しかった。夏休みには家族で旅行に行った。旅行はいつもと違うところに行けて違う景色を見れて楽しかった。たくさんお祝いもしてくれた。お祝いのケーキは年に数回しか食べられないけど、格別だった。けんちゃんはどんどん背が高くなってランドセルが小さく見えるようになると今度は毎日決まった服で出かけるようになった。中学校に通っているらしい。帰りは小学校の頃よりも遅くなって、ほとんど遊んでくれなくなった。でも毎日学校の様子を聞けて楽しかった。僕と遊んでいたころよりもっとボールを追いかけているらしい。楽しそうで少し羨ましい。僕も一緒に遊びたいな。



そして、僕はみんなに愛されながら生涯を終えるようだった。このまま呼吸が止まって息が出来なくなって、力が入らなくなったら僕はどうなるのだろう。そんなことはよく分からない。でもけんちゃんがみつけてくれてよかった。けんちゃんのおうちに飼われてよかった。僕はたまゆうという名前が大好きだ。



たまゆうの死から半年がたった。たまゆうはペット霊園に眠っている。家には一緒に遊んでいたころの遺影が飾ってある。3人ともたまゆうのいたころを忘れることはなかった。



初めの頃は思い出しては泣いていた。そんな3人も徐々に思い出として悲しみを受け入れられるようになっていた。



そして、新しく犬を飼った。今度はたまくん。次に買うならゆうちゃんらしい。そして、3人は気づくだろうか。たまくんはそう、僕なのだ。生まれ変わって同じ家に来れるなんて最高だ。



どうも犬の寿命というのは人間より短いらしい。でもまたこうしてけんちゃんのことを見守れるなんて本当に運がいい。また一緒にボールで遊ぼうね、けんちゃん。

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