第52話

 

 長いロングヘアを後ろで一つに縛った彼女は、無地のネイビーカラーのワンピースを着ていた。

 

 普段とは違う落ち着いた雰囲気。

 その姿も綺麗だと見惚れていれば、どこか顔色が悪いことに気づく。

 緊張したような顔つきで、先ほどからソワソワと落ち着かない様子だ。


 「どこか行くんですか?」

 「…お墓参り。母親の」

 「1人で行くんですか?」


 ゆっくりと彼女が首を縦に振る。

 いつもの赤色の口紅ではなくて、淡いピンク色の口紅を塗っているため、普段よりも儚く見えるのかもしれない。


 「……父親は来るわけないし…おじいちゃんとおばあちゃんも、どこで何してるのか分からないから」


 そっとましろの手を取って、優しく指を絡める。

 不安げに揺れる瞳を安心させてやりたくて、落ち着いた声色で言葉を零した。


 「…一緒に行ってもいいですか?」

 「え……」

 「私もましろさんのお母さんに会ってみたいんです」

 「……ありがとう」


 すぐに淡いベージュ色のブラウスに着替えて、ボトムスは黒色のロングスカートを選ぶ。

 近くの花屋で菊の花を購入してから、2人で電車に揺られていた。


 30分ほどして到着したのは、都内の主要駅の一つ。

 ショッピングモールや娯楽施設が立ち並ぶこの街に、墓地があるなんて知らなかった。


 戸惑いながら彼女の後を続けば、ましろが足を止めたのは見るからに高級そうな立派なマンションだった。


 「ここですか…?」

 「マンション型のお墓だから。中に色んな人の遺骨が収められてて…」


 一つの建物内に何人もの御遺骨が納められていて、自動搬送式で参拝の際に運ばれてくるシステムになっているようだ。


 寧々子の母親を含む猫ノ山家の猫族が眠っているお墓は郊外の墓場なため、かなりイメージと違う。


 中に入れば、ホテルのように綺麗なエントランスが広がっていた。

 鞄からICカードを取り出して、慣れたようにましろがカードを所定の位置にかざす。


 「右から二番目の参拝スペースだって。行こう」


 手を取られて、一緒に奥へと進んでいく。

 指定通りの場所に、御遺骨が納められた厨子が運ばれてきていた。


 購入した菊の花を供えてから、焼香の後に2人で手を合わせる。


 「今日ね、恋人も一緒に来てくれたの」


 そうやって母親に語り掛けるましろの声は、酷く優しいものだった。

 きっと彼女に似てとても優しくて、素敵な女性だったのだろう。


 同時に、幼いましろにとって唯一の心の拠り所だったのかもしれない。


 「……可愛いでしょう?おまけに優しくて料理も上手で…私のご飯も一緒に作ってくれるの…吸血鬼だから食べる必要ないのにね」


 少しずつ、彼女の声が震え始める。

 それに釣られて寧々子も目の奥がツンと痛んで、涙の膜が張り始めていた。


 「……運動会もお弁当作って持ってきてくれて…しかもどれも美味しくてさあ。血を吸われても嫌な顔せずに、幸せだなんて言うんだよ?」


 吸血鬼の彼女は義母から受け入れてもらえずに、ずっと酷い扱いを受けてきた。


 血液さえあれば生きていけるのだからと食事を作ってもらえずに、運動会でも一度もお弁当を作ってもらったことがないと泣いていた。


 酷い扱いを受け続けるあまり、吸血鬼である自分のことすら受け入れられなくなってしまっていたのだ。


 「いま、私幸せなんだ…お母さんがいなくなって、毎日生きるのも、息をするのも辛かったのに…生きるのが楽しくて、明日が楽しみで仕方ない。明日は寧々子とどんな日々を過ごすのかなって、考えるだけでワクワクするの」


 堪えきれずに、涙を一筋零れ落としてしまう。

 大好きな恋人の母親の前で、シャンと胸を張っていたいのに。


 「吸血鬼として産んでくれて…ありがとう。そのおかげで今こうして寧々子と一緒にいられる。もう、1人じゃないから…だから、心配しないでね」


 力強く目元を擦ってから、ギュッとましろの手を握る。

 彼女の方を見れば、寧々子と同じようにましろも涙を零れさせていた。


 「……猫ノ山寧々子です…ましろさんとお付き合いさせてもらっていて…」


 ボロボロと涙を流す寧々子の目元を、優しく微笑みながら拭ってくれる。

 だけど、彼女も同じように泣いてしまっていて、2人ともひっきりなしに涙を溢れさせていた。


 「もう、2度とましろさんを悲しい目に遭わせません。何があっても私が守るし……ぜったいに…絶対に心の底からましろさんを幸せにします…一緒に、幸せになります」


 深々と一礼をすれば、頭上からましろの声が聞こえてくる。


 「……ありがとう、寧々子」


 その短い言葉に、どれだけの想いが込められているだろうか。

 とても長い道のりで、ここまで来るのは決して簡単ではなかった。


 沢山苦しんで、もがいて。

 自分のことすら受け入れられなくなった時もあったけれど、今こうして一緒に笑い合えている。


 2人が零れさせている涙は、決して悲しいものではない。

 長い間憧れ続けた幸福を手にする喜びを噛みしめた、酷く温かいものなのだ。






 夕暮れ時の帰り道を、ましろと手を繋いで歩く。

 愛おしさを噛みしめていれば、ポツリと彼女が声を漏らした。


 「寧々子といると…怖くなるんだよね。幸せすぎて…寧々子がいなかった頃思い出すと、よく耐えられたなって思う」

 「これからもずっと一緒にいるから、もう辛い思いはさせません」 

 「こっちのセリフだし」


 泣きすぎたあまり、2人とも目を赤く腫れさせていた。

 普段より顔もむくんで可愛くないだろうに、ましろは酷く愛おしそうに寧々子を見つめてくれる。


 本当に好きな相手であれば、格好つけた姿でなくても自然と受け入れてしまうのだ。


 2人で笑い合いながら、ただ彼女の隣に居られる幸せをじっくりと噛みしめていた。

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