第51話
カゴの中には愛用しているシャンプーやリンスの詰め替え。
他にもキッチンペーパーなど日用品が詰め込まれている。
スマートフォンに記した買い物メモ通り、次々とお目当ての品を見つけては買い物カゴに収めていた。
近所のドラックストアは2階建てで品ぞろえも豊富なため、訪れるたびに余計なものを買ってしまいそうになる。
今日は買う予定がないにも関わらず、リップクリームのコーナー前で足を止めてしまっていた。
「新しいリップ欲しいな……」
今使っているものはまだ残っているが、新発売のメープルの香りのリップスティックに興味を引かれてしまっているのだ。
買い物カゴに入れようか悩んでいれば、すぐ隣の商品も気になって手を取ってしまう。
「…なにこれ?」
リップスクラブと書かれた商品で、角質ケアが出来るらしくぷるぷるの唇になれると、商品横に手作りのPOPで紹介されていた。
なめらかな唇にというキャッチコピー。
スマートフォンで調べれば、かなりクチコミの良い商品らしく、巷でも有名になって一時期は在庫切れになってしまう程。
「……っ」
こっそりとそれをカゴへ入れてから、急ぎ足でレジへ向かう。
決して、下心があるわけではない。
キスをするとき、ましろに唇が柔らかいと思われたいなどと言う下心があるわけではなくて、あくまでケア目的なのだ。
一体誰に対して言い訳しているのか。
自分で自分に突っ込みをいれながら、会計の済んだ商品をいそいそとエコバッグに詰めていた。
就寝前に、洗面鏡の前で購入したばかりのリップスクラブを唇に滑らす。
どこかザラザラしていて、ほのかに甘い香りがする。
「お菓子みたい…」
舐めてしまいたい衝動に駆られるが、歯磨きをしたため我慢だ。
縦シワを埋めるようにリップスクラブを塗っていくが、初めて使用するため加減が分からない。
「どれくらい塗ったら良いのかな…?」
大は小を兼ねるとよく言うため、多めの方が効果も強いかもしれない。
悩んだ末に、普段リップクリームを塗るよりも多めにリップスクラブを唇に塗っていた。
用事を全て済ませてベッドルームに行けば、すでに恋人はベッドに横たわっている。
隣に寝転べば、優しく体を抱き寄せられた。
「…なんか甘い香りする?」
「き、気のせいかもしれないですよ」
リップスクラブを塗ったことは、恥ずかしくて黙ってしまう。
おしゃれに敏感なましろは人気商品であるこれを知っているだろうし、もしキスを期待していると思われたら恥ずかしいと思ってしまったのだ。
意識を浮上させると共に、寧々子は唇に違和感を覚えていた。
どことなく痛みがあって、咄嗟に唇に指を這わせてみるが血は出ていないようだ。
同じタイミングでましろも目を覚ましたため、心配で彼女に声を掛ける。
「あの、ましろさん…」
「んー…」
「私の口、変になってませんか?」
目を擦ってから、ましろがじっと寧々子の唇を凝視する。
「見た目は普通だよ?」
「皮むけたり、赤くなったりも…?」
「まったく。見た目はいつも通り」
彼女の言う通り、洗面鏡で姿を確認してみれば、いつも通りの寧々子の姿がそこにはある。
凄まじい痛みではないが、僅かにピリピリとする違和感は、間違いなく昨日塗ったリップスクラブのせいだ。
朝ごはんを食べ終えて、2人でテレビを眺めている間も唇が気になってつい指で触れてしまっていた。
「唇痛いの?」
「少しだけ…」
「アレルギーとかあったっけ?」
首を横に振って見せれば、ましろは心配そうに眉根を寄せていた。
「病院行く?」
「そこまでではないと思います」
「けど、痛むなら心配だよ」
「……た、たぶん刺激に負けちゃっただけで…暫くしたら治ると思います」
「どういうこと?」
僅かに低い声色に、ビクッと肩を跳ねさせる。
間違いなく、彼女は何かを勘違いしている。
唇が荒れた理由を、悪い方向に捉えているのではないだろうか。
咄嗟に言い訳を考えるが、こんなときに限って上手い言葉が浮かんでこない。
「そ、それは…」
「……昨日激しいキスしてないよね……他の子とキスしたの?」
「するわけないじゃないですか…!」
「じゃあなんで?」
恋人を不安にさせるか。
自分が恥を忍んで打ち明けるか。
どちらを選ぶかなんて、ましろの心情を考えれば答えは決まっている。
「……リップスクラブ使ったら、塗りすぎたみたいで荒れちゃって…」
「なんだ…それなら早く言ってよ」
「だって恥ずかしいじゃないですか…」
訳が分からないと言ったように、ましろが小首を傾げる。
「なんで恥ずかしいの」
「……ッ 」
「あ、もしかして私のために唇のケアしてるの、知られたくなかった?」
たった今気づいた様子の彼女を見て、自分が墓穴を掘ったことに気づいた。
ただリップスクラブを使って荒れてしまったと言えば良かったのに、下心があったせいで変な誤魔化し方をしてしまった。
そのせいで、結局こちらのやましい思考にも気づかれてしまったのだ。
「だって…ましろさんに気持ちいいって思われたかったなんて…恥ずかしいじゃないですか」
恥ずかしさで顔を俯かせれば、ギュッと体を抱きしめられる。
胸のふくらみの中心から、どきどきと心臓が高鳴る音が聞こえてきた。
寧々子と同じくらい、ましろも胸をときめかせているのだ。
「寧々子が可愛いから、こんなにドキドキしてるの」
「ましろさん…」
顔を近づけられて、そっと目を閉じる。
そのままキスをされるとばかり思っていれば、ましろは寧々子の唇を舌でペロッと舐め上げてきた。
「……ッ」
「あんまり刺激与えない方がいいかなって 」
「じゃあ、治るまでキスしないんですか…?」
一体いつまでお預けを食らうことになるのか。
ほぼ毎日口づけをしていたせいで、一日でも出来ない何て嫌だと思ってしまうのだ。
「ピクニックキスって知ってる?」
「なんですか、それ…」
「舌、出してみて」
恐る恐る舌をベッと出して見せれば、彼女の口内から伸びた舌が寧々子のものに触れる。
舌先同士をくっ付けられて、咄嗟に引っ込めてしまっていた。
「唇くっつけないで、舌だけ絡ませるキスのこと」
「そ、それ普通のキスより恥ずかしくないですか…?」
「じゃあ、キスできなくていいの?」
「でも……恥ずかしいし……」
「私はシたいよ?」
そんな風に言われたら、断れるわけがない。
寧々子だって、内心ましろとキスがしたくて堪らないのだ。
そっと舌を出せば、先ほどのようにましろの舌先と触れ合った。
ギュッと目を瞑りながら更に舌を伸ばせば、熱い感触に包まれていく。
いやらしく動くたびに下の裏をチロチロと擽られて、くすぐったさともどかしさでくぐもった声を漏らした。
「んっ…ンッ…」
口は開いた状態なため、唇の端から唾液が漏れてしまう。
勇気を出して寧々子も舌を動かせば、さらに彼女の舌の動きが激しくなる。
気持ちいいけど、やっぱり唇をくっ付けたいと思ってしまう。
その方が熱を感じられて、何より密着度が増して心地よいのだ。
「…んっ…ぅ…」
零れた唾液を舐め上げられて、熱を宿したましろの瞳をジッと見つめる。
優しくカーペットに押し倒されて、甘えるように彼女にしがみついた。
「……ましろさん…やっぱりいつものキスがいいです…」
「気持ち良くなかった?」
「そうじゃなくて…擽ったくて…いつものやつのほうが、ましろさんとくっついていられるから…」
だから普通のキスをしてと強請っても、ましろは首を横に振って受け入れてくれない。
「治るまでお預けね?」
「そんなぁ……」
この人は本当に優しくて、何より寧々子のことを考えている。
今欲望に流されて激しい口づけをして、痛みを悪化させないように大人な対応をしてくれているのだ。
足を持ち上げられて、ましろがいやらしく寧々子の太ももを舐め上げる。
どんどんと敏感な箇所へ近づいていく舌先に、期待で胸をドキドキと高鳴らせていた。
体を擽られて心地よいけれど、やはりキスがなければ物足りなく感じてしまう。
好きな人と体を重ねる快感も勿論大好きだけど、ましろの熱を深く感じられる濃厚な口づけが寧々子は何よりも好きなのだ。
翌朝目を覚ませば、唇に生じていたピリピリとした痛みはすっかりなくなっていた。一時的なものだったらしく、いつも通りの感覚にほっと胸を撫でおろす。
あれだけ我慢したのだから、今日は絶対にましろと唇を重ねたかった。
キッチンで朝ごはんの準備をしていれば、隣で牛乳を飲んでいたましろが「そういえば」と声を上げる。
「あのリップスクラブ使ってみたけど結構良かったよ」
「本当ですか?」
彼女の方へ顔を向ければ、唇に柔らかい感触が触れる。
昨日触れたくてしかたなかった感触に、体の奥底から喜びをこみ上げさせていた。
「ね?」
やはりきちんと用途を守って使えば何も問題はない商品だったのだ。
下心で沢山塗り過ぎてしまった自分が、改めて恥ずかしく思えてしまう。
「……それじゃ足りないです」
目線を外しながら甘えれば、唇に再びキスを落とされる。
割れ目から舌をねじ込まれれば、途端に心地よい感覚に襲われていた。
ましろの背中に手をまわしながら、深い口づけに溺れてしまう。
すっかりと彼女の舌の動きに翻弄されてしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます