第50話


 暖かいホットココアを飲んで、ホッと一息つく。

 幼い頃、粉を溶かせば出来るココアを作ってと姉によく頼んだものだ。


 まだキッチンに入れてもらえなかったため、「おねえちゃんお願い」と強請って、母親の目を盗んでココアを作ってもらっていた。


 「美味しいね」

 「まあね、コツがあるのよ」


 16歳になっても尚、姉は寧々子のためにココアを作りたがる。

 何歳になっても、彼女にとって寧々子は小さい妹のままなのだろう。


 実家に冬服を取りに来たのだが、当然まっすぐに帰してもらえるはずもなく、こうして引き止められて一緒にココアを飲んでいるのだ。


 「ましろとはどう?上手くやってる?」

 「もちろん」

 「この前グランピングしたんでしょ?私も康太と行きたいよ」

 「聞いたの?」

 「写真沢山見せてもらったから」

 「ましろさんが……?」


 姉の仲良し6人組として一緒にいるときのましろは、デレデレとした表情は一切見せずクールな雰囲気を纏っているのだ。


 少なくとも、以前のましろは恋人とのデートを自ら惚気るようなタイプではなかった。


 「私の仲良い6人組ってさ、いつも花怜とケイと私が騒いで…悠と葵が宥めるって感じでさ。ましろはいつも、クールで1人だけ大人びてたんだよね」

 「うん……」

 「あんまり笑わなくて、いつもどこか遠く眺めてる感じで、仲良いんだけど本当に心は開いてくれてないのかなって…」

 「そうだったんだ…」

 「美人だから近寄り難いって言われて、クラスでも私たち以外と話してるところ殆ど見ないような…おとなしい子だったの。けど、最近のましろはちがってさ」


 少し沈んでいた姉の声色が、徐々に明るいものに変わっていく。

 浮かべる笑みは、どこか安心しているように見えた。


 「寧々子の話する時のましろ、いつも頬赤くさせて嬉しそうで…ニコニコして、自分から惚気てくるんだよ」

 「……ッ」

 「雰囲気も柔らかいし、前よりも明るくなってる。寧々子がましろを変えたんだよ」


 その言葉がどこか照れくさくて、ついはにかんでしまう。

 寧々子が彼女に救われたのと同じように、ましろにも前を向いてもらいたかった。

 

 側にいて寄り添うことで、確かに彼女の中で何かが変わり始めているのだ。


 「私にそんな力あるかな…?」

 「ましろが寧々子を変えたのと同じで、寧々子もましろを変えた。やっぱり好きな人の力って凄いね」


 ココアのマグカップを両手で抱えながら、目線を自身のつま先へ移す。

 ニマニマと笑みを抑えることができず、喜んでいることは一目瞭然だ。


 「他にも寧々子しか知らない、ましろの顔とかあったりするんじゃないの?」


 好奇心に満ちた目をする姉に向かって、そっと人差し指を自分の口元にあてる。

 どこかいたずらっ子のような気分で、「ないしょ」とだけ答えた。


 余裕のない表情も、時折見せる幼さも。

 全て恋人である寧々子だけが見れる特権だ。


 恋人だけが見られる彼女の一面を、今は独り占めしていたい。

 たとえ大好きな姉相手であっても、その秘密を簡単には教えたくないと思ってしまうのだ。






 両手に紙袋を抱えて帰宅すれば、丁度掃除機をかけ終えたましろに出迎えられる。

 赤色のエプロン姿も、寧々子だけが知っている姿。


 家事はあまり得意ではないと言っていたが、最近は積極的に手伝おうとしてくれるのだ。

  

 「おかえり、大荷物だね」

 「冬服取りに行ってたので…」


 玄関口に座り込んで靴を脱いでいれば、背後からギュッと抱きしめられる。

 彼女のロングヘアが頬に触れて、それがどこかこそばゆい。


 「どうしたんですか?」

 「…お腹すいた」

 「わかりました、とりあえず手だけ洗わせてください」


 コクリと頷いてから、ましろはずっと寧々子の後をついて回っていた。

 洗面所で手を洗っている間もジッと寧々子を待っている姿は、行儀の良い犬のようで。


 その姿があまりにも可愛くて、つい頬を緩めてしまう。


 寝室へ移動すれば、すぐにベッドに押し倒される。

 正面から覆い被されながら血を吸われるたびに、胸がキュンと高鳴るのだ。

 

 美味しそうに寧々子の体を求めて息を漏らす姿。

 

 「……んっ…あまい」


 このまま寧々子の血がなければ生きられなくなるくらい、夢中になって欲しいと思ってしまう。

 もう2度寧々子以外の血は吸わずに、彼女の命は寧々子が繋いでいきたいのだ。


 「……いい?」


 頷けば、そっと胸に手を添えられる。

 柔らかいそれを揉みしだかれる感覚に、無意識に甘い声を漏らしていた。


 唇を重ねられれば、吸血直後のため血の味がする。

 ましろは甘いと言っていたけれど、猫族の寧々子にはただ血生臭く感じるだけだ。

 

 この独特なキスの味も、寧々子に向けられる興奮の色を宿した熱の籠った瞳も。


 誰にも知られたくない。

 恋人として、この立場は絶対に譲りたくない。


 執着も独占欲もないに等しいと思っていたけれど、ましろ相手であればこんなにもこみ上げさせてしまうのだ。


 

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