第49話
高速道路を走り続けて1時間。
シャトルバスから見える景色はどんどん自然なものに変わってゆき、一般道に降りる頃には高いビルなんて一つもない。
キャンプ場に到着してバスから降りれば、透き通った綺麗な空気が漂っていた。
都心よりも気温は低く、夜になればもっと冷え込むだろう。
受付を済ませてから指定されたテントへ向かえば、とてもキャンプとは思えない程テント内は充実していた。
ベッドはもちろんエアコンも完備されていて、スタンドランプやラグが室内をおしゃれに演出している。
「すごい…」
幼い頃に家族でキャンプをしたときとは違うグランピングスタイルに、ついはしゃいでしまう。
ダブルベッドの他に中にはミニソファやテーブルも置いてあって、キャンプというよりはホテルのような空間だ。
「夜ご飯ってバーベキューだよね?」
「はい、テントの隣にあるグリルで焼いて、それぞれで食べるみたいです」
近くにはホテルもあって、グランピング施設の利用客も温泉を利用することが出来る。
何から何まで至れり尽くせりで、かなり快適だろう。
隅っこに荷物を置いたましろは、ワクワクしたように声を上げていた。
「温泉入りたい」
「早速ですね」
「ずっと座ってたから肩凝ったんだよ」
温泉施設へ向かえば、まだ15時ということもあって誰もいない。
貸し切り状態で、ましろと並んで湯船に浸かっていた。
明るい所で体を見られるのは恥ずかしいけれど、以前に比べればほんの少しだけ慣れてきた。
それでも羞恥心は拭えなくて、ましろの裸が視界に入るたびにドキドキしてしまうのだ。
「気持ちいいですね…」
そっと目を瞑れば、無防備な首筋を指でなぞられる。
咄嗟に口元を手で覆いながら、彼女に抗議の目を向けた。
「んっ…何考えてるんですか…こんなところで」
心を鬼にして軽く怒って見せれば、ましろはどこかぽかんとしていた。
寧々子だって気持ち良いことは好きだけど、公共の場で行うのはマナー違反だ。
叱られているにも関わらず、ましろはおかしそうに笑いだしてしまう。
「どうして笑うんですか…」
「流石の私も公共の場でエッチなことはしないから」
「じゃあ、なんで…」
「……吸血痕だらけだなって」
食事のたびにましろに吸われているため、寧々子の首筋は指摘通り吸血痕だらけ。
治る前に付けられてしまうため、一向に消える気配はない。
「……私のものって証みたいで、ちょっと優越感に浸ってた」
「じゃあ…私にも付けさせてください」
「ここで?」
「…夜になったら」
ドーム型のテント内は防音対策がされているか分からないため、大きな声を出すことは出来ないだろう。
酷くもどかしいかもしれないけれど、ましろとだったら我慢できる。
好きな人の裸を見て、何にも感じないほど子供じゃない。
夜を期待して、こっそりと太ももをすり合わせてしまうくらいには寧々子だって大人なのだ。
都心に比べて街灯が少ないせいか、夜になれば空には無数の星々が散らばっていた。
バーベキューをお腹いっぱいになるまで平らげた後、ドーム型テントの前にラグを敷いて、ましろと並んで横たわる。
秋の夜空のもとは冷え込むため、一つのブランケットに二人で包まっていた。
施設内に取り付けられた電飾がライトアップされているおかげで、女性2人きりでも安心して寛ぐことが出来る。
「バーベキューおいしかったね」
「…夏休みにも、お姉ちゃんたちと皆んなで行きましたね。懐かしい…」
「あの頃はまだ寧々子と付き合ってなかったのか…」
体を横向きにして、ましろと顔を見合わせる。
ライトが彼女の顔を照らしていて、普段より瞳がキラキラとして見えた。
伸びてきた彼女の手が、寧々子の首筋に触れる。
「…吸血痕だらけにしちゃったけど……やっぱり人の目とか、気になるでしょ?」
その瞳は僅かに不安そうに見える。
必死に前を向こうとして、実際良い方向へ進んでいるけれど、まだ不安は拭いきれていないのかもしれない。
「ましろさんの証みたいで嬉しいって言ったじゃないですか」
「…寧々子は本当に優しい……怖くなるくらい。どうしてそんなに…私のこと受け止めてくれるの」
不安げにゆらゆらと揺れる彼女の瞳。
ギュッと手を握って、安心させるように微笑みかけた。
「……好きだから。大好きなましろさんが私を褒めてくれたから…私は私を受け入れられた。だから、そのお返しをしているだけです」
顔を近づけて、触れるだけのキスを落とす。
リップクリームを塗ったばかりなのか、とてもしっとりしていた。
「私は、ましろさんが吸血鬼で良かったです」
「……ッ」
「吸血鬼だったから…吸血パートナー関係を結んで、ましろさんとの距離がグッと縮まって…今こうして付き合えてるから」
泣きそうな彼女の目元を優しく拭ってあげる。
大人っぽくて、誰よりも強く見えるましろだけど、実際はとても繊細で、臆病で。
そんな彼女が安心できるまで、愛の言葉を囁き続けたかった。
「それに…私の血、美味しいんですよね?」
「美味しい…血液パックとは比べものにならないくらい、甘くて美味しくて…」
「私の血がましろさんの生きる源になるなんて…こんなに幸せなことないですよ?好きな人を支えられるんだから」
体制を起こして、膝の上にましろの頭を乗せる。
幼子を慰めるかのように、さらさらと彼女の髪を梳いていた。
「沢山甘えてください。ましろさんが安心できるまで…全部受け止めますから」
目線を上げて、秋の夜空をジッと眺める。
しゃくりを上げながら涙を流している姿を、きっとましろは見られたくないだろうから。
声を押し殺して、苦しそうに。
それでも一生懸命に、前を向こうとしている。
深く傷ついた彼女の傷が少しでも癒えるように、寧々子は何も言わずに彼女の髪を撫で続けていた。
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